08-05 船影(2)
「えっ、人間が攻めてきたってどういうこと!?」
たくさんの兵士の乗った船団がナターシアに向かってきていると、ジュリアスから連絡があった。
私はびっくりしたけれど、ニコルは「思ったより早かったですね」と冷静に受け止めているし、カルラも「まあ武器もアイテムも品薄やったしな」と私ほど驚いていない。ヤマトとユラは表情が変わらなかったので、何を考えているのかわからなかった。
ニコルが通信用の魔道具に手をのばす。
「四カ国が参加しているとなると、船や兵の数も相当だと思いますが……よく内密に輸送しましたね」
『気にはなりますが、今その方法を考えても意味はありませんし、時間が惜しいので議論するのはやめましょう。カルラ様、ディアドラ様、ナターシアに戻ってきていただくのにどれくらいかかりますか』
ニコルが通信機をカルラに向かって投げ、カルラがそれを受け取った。
「うちは全力で走っても半日近くかかるな。お嬢は?」
「う、ん……わかんない。でも、全力で飛べばカルラより速いと思う」
カルラはすごく足が速いけれど、地面を走る限りは障害物や地形の影響を受ける。それに海を渡るためには地下通路の開閉だってしなきゃならない。でも空を飛ぶなら障害物はない。せいぜい鳥にぶつからないよう気をつけるくらいだ。
「よし。お嬢のほうが速そうやし、手に入った腕輪はお嬢に持たすわ。お嬢だけ先に戻す」
『わかりました』
「うちはどうしよ。城には戻らんと、直接人間と戦闘しに行こか?」
『いえ、カリュディヒトスとリドーに備えたいので城に戻ってきてください。人間の対応は、必要ならザークシード様にお願いします』
「フィオデルフィアに散ってるうちの子たちは呼び戻す?」
『そのまま食料と物資の調達を継続してください。どう転んでも食料は必要です』
ジュリアスとカルラはどんどん話を進めていくけれど、ただ急いで戻るだけでいいんだろうか。同盟の盟主はトロノチア王国。今私がいるのはトロノチア王国の首都。この場所でできることはもうない?
今回は向かってくる敵を全員倒せばいいわけじゃない。人間と魔族が殺し合ってしまえば、人と仲良く共存したいっていうお父様の夢の実現が遠のいてしまう。もしかしたらリドーやカリュディヒトスとは戦わなくちゃいけないのかもしれないけれど、私も人間とはできるだけ戦いたくない。
「あのさ、アルバート……王子に軍を引いてってお願いできないかな」
私が声を上げると、ニコルもカルラもこちらを向いた。
「腕輪を買ってもらうのとは違います。第一王子とはいえ、軍を止める権限が彼にあるとは思えませんが」
とはニコル。
「あの少年との交渉に使えそうなもんは、うちにはもう思いつかんぞ?」
とはカルラ。
二人の目を見返して、私は頷いた。
「わかってる。でも、何もせずに諦めたくない」
交渉材料なら一つだけ思いつく。アルバートの興味を引けそうなもの。それでもニコルの言うとおりアルバートに軍を動かす権限はないのだろうし、うまくいくかなんてわからないけれど。
カルラが眉を寄せながら頭の後ろをかいた。
「お嬢さ、自分の立場わかっとる? グリードはんがあの状態やから、今うちらの中で一番強いのはあんたや。それにグリードはんにはお嬢を見捨てるって選択肢は取られへん。万一お嬢が捕まったら、うちらは一気に不利になるで」
「う、うん。わかってる……つもり」
もう一度頷くと、カルラは少し考えてから通信機に目を落とす。
「ジュリアス。お嬢がトロノチアの王子と、兵を退いてくれるよう交渉したいて言うてる。普通やったら止めとるとこやけど、お嬢なら何かやりそうな気もするし、行かせたってええか。腕輪はうちが届けるわ」
「!」
ぱっとカルラを見上げると、カルラはにいと笑って私の頭をぽんと叩く。少しの間のあとジュリアスからも『わかりました』と肯定の返事があって、頬が熱くなった。大した説明もしてないのに、二人は信じてくれたんだ。
『カルラ様も、ディアドラ様も、通信は繋ぎっぱなしにしていただけますか』
「了解」
「うん、わかったよ」
自分の通信機を取り出して繋いでから、カバンに入れるより持っていたほうがいいかなとポケットに入れておく。カルラも同じように通信機をズボンのポケットに押し込んでいた。
「よしヤマト、馬車は任すで。あと、みんなが勝手せんようまとめといて」
「俺がですか!? あいつら長の言うことしか聞きませんよ!?」
「うちの命令やって言うとけ。ジュリアスはそれで買い出しとか回しとるわ。そんで、ユラは――」
「私は長と行きたいです」
一歩前に進み出たユラを見つめたカルラは、なぜかちょっと眉を寄せる。カルラはしばらく視線をわきにやってから、ユラに顔を向けた。
「次はうちの言うこと聞きや」
「……はい」
頷いたユラに、カルラが腕輪の入った箱を渡している。次って何のことだろう。ユラはカルラの命令なら何でも聞きそうだけれど、ユラでも命令違反をしたことがあるんだろうか。
ニコルがカルラを見上げた。
「あなたの速度についていけそうにないので、僕はヤマトと馬車で待っています」
「何言うとんの? 強化魔法を使えるんはニコルだけやん。一緒に来てもらうで」
「どうやって?」
不思議そうな顔をしたニコルに対し、カルラはにいと笑った。カルラはまず、荷物でも抱えるみたいにユラを肩に担ぐ。それから逆側の腕でニコルを小脇に抱えた。
「こうや!」
「人を荷物みたいに扱うのはやめてもらえます!?」
「口閉じとかんと舌噛むぞー」
ニコルはなんとか抜け出そうと暴れていたけれど、ニコルが力でカルラに敵うわけがない。そのうち諦めたのか、ふてくされた顔で大人しくなった。
「ほなお嬢、またあとでな。気いつけや。困ったらヤマトを頼ったらええわ」
「うん。カルラたちも気をつけてね」
「あいよー」
扉から出ていったカルラの大きな足音が遠ざかっていくのを聞きながら、私は窓に目を向けた。
正規ルートでアルバートに会うなんてまず無理だろうから、目立つのを覚悟でアルバートの部屋まで飛ぼう。王宮のどこにアルバートの部屋があるのかは知っている。ヤマトも私に一礼してから部屋を出ていったので、急いで羽を出せる服に着替えてから、私は空に飛び上がった。