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08-04 レッツ・クッキング!(2)


 アルバートには、やっぱり〝お楽しみケーキ〟の店で会えた。


 ケーキが販売開始される時間に合わせて店に行くと、カフェのイートインスペースはガラガラだった。美味しいケーキを売っている店が他にあるのに、わざわざ奇天烈なケーキを食べたいという人はそうそういないんだろう。それはそうだ。私もいらない。


 私とカルラとニコルの三人で店に入り、あえてアルバートたちの隣の席に座る。私とカルラがソファー側に並んで、ニコルはその向かいだ。アルバートと一緒にいた騎士二人の空気がちょっとピリッとしたけれど、アルバートは笑顔で私たちに目を向けてきた。


「やあ、君たちもここのケーキを食べに来たのかい?」


 それにニコルが微笑を返す。


「ええ、どんなケーキなのかなと興味を引かれまして。売り切れやしないかと時間に合わせて来たのですが、空いていたので驚きました」


 ゲームでいつも見ていたような穏やかな笑み。これは対人用の営業スマイルなんだろう。カルラが唖然とした表情でニコルを見ていたので、肘で突っついた。そんな顔してたら怪しい。


「そうかそうか、ここのケーキは面白いぞ。アイデアがいい」


 アルバートは楽しそうに笑ったけれど、一緒にいた少年と少女は微妙な顔で視線を交わらせる。この間もアルバートと一緒にいた二人だ。アルバートの設定にあった、魔族との戦いの中で亡くなった幼なじみの騎士というのは彼らなんだろうか。きっとこの子たちもアルバートに振り回されて大変なんだろうなあ。心の中で「おつかれ」と呟いた。


「珍しい料理がお好きなんですか?」


「まあそうだな。先日話していた甘い豆とやらのレシピを教えてくれるのか?」


「ええ、お望みとあらば。他にも珍しい食材や調味料などもご用意できますよ。ただ、一つお願いがございまして――アルバート殿下」


 ニコルがアルバートの名前を発した瞬間、騎士二人がガタッと腰を浮かせた。けれどニコルは穏やかな笑みを崩さずに、両手の指を胸の前で組む。アルバートはきょとんとして首を傾げた。


「どこかで会ったか?」


「以前、聖都で行われた式典にご参列いただきました。お忘れとは思いますが、僕も教団の人間として参列していたのですよ」


「ああ、そういえば一人だけ子供の司祭がいると思ったな。あれは君か」


「……」


 一瞬ニコルの額に青筋が浮いた気がしたけれど、やっぱりニコルは笑顔を維持していた。さすが人間の前だ。今のセリフを口にしたのが私やカルラだったら、確実に睨まれているだろう。


「ということは、巷で噂の慈愛の聖者というのは君のことかな」


「はい。過分な二つ名を頂いております」


 騎士の二人が顔を見合わせる。少年騎士かがニコルに視線を移した。


「それを証明いただくことはできますか」


「そうですね、こういった形はいかがでしょう?」


 ニコルは手を広げると、両手の平の上で白い炎を作り出した。少年騎士は少女騎士とまた視線を交わらせ、浮かせた腰を椅子に戻す。


 白い炎を扱えるのが聖職者だけだってことは、人間にとっては常識なんだろうか。私もカルラもニコルから聞くまで知らなかったけれど。


「それで、お願いというのは彼女たちのことです。彼女たちの暮らす里にも強い魔族がたびたび出るらしく、旧式の魔力封じの腕輪では追いつかないのだそうです。そこで新型の腕輪を譲っていただけないかと」


「そうかそれは大変だな。いくつ必要なのだ?」


「五十個ほど」


「ふむ」


 ニコルの言った数は適当だ。なにせ仕様も何もわからないので、想像で話をするしかない。ただ、旧式の腕輪の二、三倍の性能らしいという噂をもとにはしている。


「ちょっ、殿下!? だめですからね!?」


 アルバートの隣に座っていた少年騎士が慌ててアルバートの腕を引く。向かいにいた少女騎士も何度も頷いている。


「しかし、彼女たちも困っていると言うし……」


「だめです! どうしてまだ他国に販売していないのかよくお考えください!」


「そうは言うが……」


 困り顔でアルバートがニコルを見る。その視線を受け止めたニコルは小首をかしげた。


「実演でもいいと仰っていましたよね。キッチンをお借りできるのでしたら、彼女たちが郷土料理の数々をお作りしますよ」


「ぜひ頼む」


「で、ん、か!!」


 今度は少女騎士が腰を浮かせてアルバートに詰め寄った。少女を見上げたアルバートは、少女に向かって片手を上げる。


「しかしだ、カノ。実演してくれるというなら調理用の衣類が必要だろう。彼女たちに着せる服をお前が選ぶというのはどうだ?」


 ん? なんだそれ? エプロンのこと??


 顔を見合わせた私とカルラを、少女騎士が真顔で見つめてくる。ちょっと立ってもらえますかと言われて、頭の上に大量のハテナを浮かべながら私もカルラもソファー席から降りた。しばらく考えていた少女騎士が、真面目な顔でアルバートに向き直る。


「……わかりました。私も協力します、殿下」


「カノ! 君ならそう言ってくれると思ったよ!」


 なぜかがっちりと握手をしたアルバートと少女騎士の横で、少年騎士が「頼むからお前たちは自分の欲望より国益を優先してくれ……」と両手で顔を覆った。


 そうか、いつも振り回されている常識人は彼一人だけだったのか。二対一では大変なんだろうな。かわいそうに。



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