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4章 盾の巫女と亡国の騎士

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04-06 可愛い読書友達(3)


 いつもより少しだけ早く食堂に行くと、ジュリアス以外は全員揃っていた。食事の配膳は終わっている。


 屋敷の使用人たちは私の前に姿を見せないし、会いたくないのかなという気がして、食堂には時間ギリギリに着くようにしていた。ジュリアスもたぶん同じだろう。


「おはようございます」


 真っ先に私に視線を向けて笑ってくれたのはフィオネで、ヘイス、レオンも朝の挨拶をしてくれる。私もおはようと返した。すぐにジュリアスも食堂に来て、それぞれに朝の挨拶をしていた。レオンが立ち上がって私たちの方に歩いてくる。何だろうと思っていたら、レオンはジュリアスに向けて頭を下げた。


「昨夜は声を荒らげてしまい、大変失礼をいたしました」


「気にしておりません。どうぞ顔をお上げください」


 ジュリアスはちらりとレオンを見てから自席に座る。レオンの口調が敬語に戻ってしまったことに心の中で口を尖らせながら、私もジュリアスの隣に腰を下ろした。顔を上げたレオンが踵を返す。その背にジュリアスが再び視線を向けた。


「……あの。レオン殿さえよろしければ、昨夜のような砕けた態度で接していただけた方が嬉しいです」


 レオンが目を丸くして振り返る。私もびっくりしてジュリアスを見た。え? え? なんだ? どうした? 私とレオンを順に見たジュリアスが、気まずそうに並べられた食事に目を落とした。


「……その、何でもありません。忘れてください」


「あっあっ待って! 私もレオンと仲良くなりたいなあ! タメ口嬉しいなあ!!」


 せっかく立ったいいフラグが折れそうで、慌てて手を上げた。ジュリアスの考えていることはわからないけれど、このチャンスを逃したら次はない気がする。


「ジュリアス、急にどうしたの?」


「ディアドラ様が友好関係を築こうと努力されているようにお見受けしたので、見習おうかと思って言ってみただけです。……あの、すみません本当に忘れてください」


 ジュリアスは腕を組んで目を強く伏せる。心なしか頬も少し赤い気がする。レオンは困り顔で私たちを見比べてから、ヘイスとフィオネに顔を向けた。ヘイスは何も言わず、フィオネは両手を握りしめながら何度も頷いている。レオンはしばらく眉を寄せて考え込んでいたが、一つ息をついてからジュリアスに向き直った。


「客人に気安い態度はどうかと思う。……が、できるだけお二人のご希望に沿って対応するようにという命も受けている。砕けた口調が希望だと言われるなら努力しよう」


「……ありがとうございます」


「い、いやったああ!!」


 思わずばんざいをしながら立ち上がってしまい、その場にいた全員から怪訝な視線を浴びた。「あっ、ごめん」と言って慌てて腰を下ろす。でも心の高揚も口元に浮かんだ笑みも抑えきれなかった。


 だってゲームでのレオンとジュリアスの会話イベントなんてごく僅かだったのだ。ゲームの終盤になってようやく信頼関係は築かれたものの、レオンの口数が少ないこともあって、ほとんど話はしなかった。まあ今もフィオネを取られそうなレオンが一方的にジュリアスを敵視している気もするけれど、ゲームに比べれば微笑ましいレベルだ。レオンとジュリアスにはぜひこの流れに乗って仲良くなってほしい。


 そろそろ食事を始めませんかとヘイスが言って、私たちはようやく朝食に手をつけた。レオンとジュリアスはどんな会話をしてくれるのかなとウキウキしながら待っていたけれど、二人ともなかなか口を開かなかった。


 なんでだよ! 喋ってよ!!


 フォークを握りしめてみたところで、ジュリアスとレオンを喋らせる話題など私には思いつかない。フィオネも、レオンとジュリアスを時々ちらちらと見ているだけで何も言わないところを見ると、私と同じなんだろう。


 食事を半分くらい食べ終わったところで、もう諦めた。まだこの国への滞在期間は残っている。次の機会に期待しよう。一度ナイフとフォークを置いてから、持ってきていた本をフィオネに見えるように持った。


「フィオネ、この本とっても面白かった!」


 それはフィオネが貸してくれた本の一つで、〝アリストリアの獅子〟というタイトルの本だ。ドラゴンにさらわれたお姫様を騎士が助けに行くという、あらすじだけにすると古ささえ感じるほどの王道ストーリーだ。けれどお供の鳥や各キャラクターが個性豊かで面白かった。助けられたお姫様が騎士に猛アタックし、騎士が逃げ出す展開が個人的にはお気に入りだ。


 フィオネがぱあっと顔を輝かせ、少し身を乗り出してきた。


「本当ですか? それ、私も大好きな本なんです」


「でさ、この本に出てくる騎士って、ちょっとレオンに似てない?」


「ディアドラ様もそう思われますかっ?」


 ますます嬉しそうになったフィオネは、本当にこの本と、兄であるレオンが大好きなのだろう。物語に出てきた騎士は、獅子に似た髪色を持つ寡黙な騎士だった。まさにレオンのような。フィオネは頬に手を当てながらうっとりとした表情を浮かべる。


「その本を読んでいると、まるでお兄様がご活躍されているような気がして心が踊ると言いますか……あっもちろん、純粋に物語としても面白いのですけれど」


「わかるわかる! 騎士がドラゴンと対峙するシーンなんてほんと格好良かったよね」


「ですよね!」


 ちらとレオンを見ると、彼は若干困ったような視線をフィオネに向けていた。まあでもある意味では妹からの好意の表れと取れなくもないわけで、満更でもなさそうだ。


「あっ、この本、シリーズ化されていて続きがあるので、またお持ちしますね!」


「本当っ!? それならこれと続きを買って帰りたいから、後でお買い物を頼んでもいいかな? 代わりに他の本を貸してほしい」


「もちろんです!」


「ありがとう!」


 そうそうこういうの! こういう話ができる友達が欲しかったのだ。やはり好きな作品を語れる友人がいるのはいい。ナターシアでも誰か小説を好きになってくれる友達が見つかるといいのに。


 アリストリアの獅子の話を皮切りに、私とフィオネは朝食の間ずっと本の話で盛り上がった。フィオネに借りた本のどういうシーンやキャラクターが良かったという話を私がすると、それならばとフィオネが別の本のタイトルを挙げてくれる。もちろんフィオネの推しポイント語り付きで。私もフィオネの話を聞いてピンときた小説のタイトルを挙げた。キルナス王国への滞在期間はあと数日だけれど、今後もぜひフィオネとは仲良くしたい。


 夢中で話していたら朝食なんてすぐに終わってしまい、午前の会議の時間になった。いつもどおり向こうの参加者が読み上げられていくけれど、昨日までと違って一気に人が減っている。外務系の役職の人しかいないようだ。


 不思議に思ってジュリアスを見ると、彼は表情を変えていない。理由はわかっているということなんだろうか。まあ分からないことは後でジュリアスに聞こう。そんなことを考えている間にも、ジュリアスとキルナス王国の人たちとの会議は進んでいく。


『我が国からの派兵は一切無し、逆にそちらからは必要に応じて兵を貸してくださるということでよろしいか』


「異存ございません。ナターシアにおいては個々の力のみで判断しますので、女性や子供も戦力に数えますが、派遣する者に条件は必要ですか?」


『状況に応じて随時調整としたい』


「承知いたしました」


 昨日までより話がポンポンと進んでいる。お父様と女王陛下が話をしたことで、いい方向に向かったのかな? これは安心して本が読めそうだ。


 部屋の隅で持ち込んだ本を開き、しばらく小説に夢中になった。けれど急に通信の向こうからバタンと大きな音が聞こえてきて、私はびくっと肩を跳ね上げる。


『何事だ、騒々しい』


『多数の魔獣と魔族が王都に向かっているとの情報を得ました! 今すぐお逃げください!』


『何だと!?』


 私とジュリアスはさっと顔を見合わせる。窓に駆け寄って外を覗いてみたけれど、よく見えない。窓を開け、背中の羽根に魔力を込める。服の背を破いてしまったけどこの際仕方がない。


 いつも通りの魔力を込めても飛び上がれない。あれ? と思いながら背中の方に顔を向けたけれど、羽が出ていないわけではなかった。


 そういえば、魔力を抑えるという腕輪を着けているんだっけ。いつもの倍くらいの魔力を羽に込めると、私の体はようやく浮いた。


 屋敷の屋根より上に昇って見回してみると、いくつもの小さな影が王都の方に飛んでいくのが見えた。何がいるかはよくは見えないれど、周囲の地面からも土ぼこりが舞っている。出てきた窓に戻って中を覗いた。


「ジュリアス! 早く行かなきゃ!」


「わかっています。緊急事態ということで、これは外させて頂きますよ」


 ジュリアスは腕に着けていた黒い環に触れる。黒い環はシュンと音を立てながら大きくなってぽとりと落ちた。フィオネたちが息を呑むのが視界の端に映った。私も自分のそれに目を落としたけれど、外し方がわからなくてジュリアスに手を伸ばす。


「私のも外してよ」


「無理ですね。それは外せる者を事前に設定しておくものですので」


「えっ!? ジュリアスは自分で外したじゃない」


「私は着ける前に自分を設定しておきました。ディアドラ様は私が触れるより先に着けてしまわれたので外せません」


 それは困る! 確かに腕輪を着けた時、ジュリアスが何か言いたそうにしていたけれど、そんなこと事前に言ってもらわなければわからない。


「大丈夫ですよ。そんなもの、ディアドラ様が全力で魔力を開放すればおそらく壊れます」


 ジュリアスは事も無げに言うと、自分も窓から外に出てきた。ジュリアスに翼は無いけれど、薄っすらと緑色を帯びた風が彼の周りで踊っている。


「お待ち下さい、わたくしもお連れください!」


「俺も行く!」


 窓から身を乗り出してきたフィオネとレオンが私たちに向かって叫ぶ。私とジュリアスは顔を見合わせた。


「わたくしは盾の巫女として、この王都を守らなければなりません。お願いします!」


「で、でも……」

 

 ふと、この国に来る前に見た悪夢が脳裏に浮かぶ。ディアドラの前で、魔族に蹂躙された王都の中心で、レオンがフィオネの亡骸を抱いていた。あの夢は、あのイベントだけは、現実にしちゃ駄目だ。


 フィオネは待っていた方がいいのではと言いかけたけれど、夢なんて止める根拠としては弱すぎる。どうしよう? どうしたら――


「少し手荒にしますよ」


 ジュリアスがそう言って、フィオネとレオンに手を向ける。強い風が吹いたかと思うと、カーテンを引きちぎりながらフィオネとレオンの身体を巻き上げた。風が二人を包み込むようにぐるぐると二人の周りを回っている。


 フィオネが慌てて己のスカートを押さえたのを見て、レオンがフィオネを横抱きにした。いわゆるお姫様抱っこというやつで、これなら下から見えたところで膝までだ。


「どちらにお連れすればよろしいですか?」


「王都の中央、王宮の裏に神殿のような建物がありますので、そこにお願いします」


「承知しました」


 先に王都に向けて飛び出したジュリアスたちの背を慌てて追う。どうしよう? たぶん私ならジュリアスたちを追い抜いて先に着くこともできる。フィオネを受け取って私が送り届ける? でもあの夢の光景のように、王都の中央部にフィオネとレオンと私が揃うのは怖い。


 王都の上空に突然青白い光が浮かんだかと思うと、その光はドーム状のベールのように王都を包んでいく。それを見て、ジュリアスがフィオネに視線を向けた。フィオネは一つ頷くと、青白いドームを指で示す。


「巫女の補佐たちだと思います。入る方法はありますので、あの半球に近付いてください」


「わかりました」


 私たちが飛ぶ間にも、青白いドームの壁はあちこちの方角から魔族や魔獣の攻撃を受けている。防護壁が時折赤く光ったり、ぶれて見えたりするのを見て、壊れやしないかという不安が頭をよぎった。


 ゲームではこの盾がディアドラの襲撃を防ぎきれなかったから、この国は滅んだんじゃないだろうか。私に今できることがあるとしたら、とってもとっても怖いけれど、一つしかないんじゃないだろうか?


 まだ魔族の攻撃を受けていない辺りの壁までたどり着くと、フィオネが青白い膜に手をかざした。たちまち人が入れるほどの穴が開く。遠くに見える魔族たちは私たちに興味がないのか仲間だと思っているのか、寄っては来ない。


(……やれる? ううん、やらなくちゃ)


 私は一度手を強く握り締めてからそれを開いた。片腕を横に上げ、空中に火球をいくつも作り出す。いつも通りの魔力では小さな火球しか作れなかったので、また普段の倍近い力を込めた。


 ジュリアスが私を振り返る。


「ディアドラ様?」


「……行って、ジュリアス。魔族は自信ないけど、魔獣なら何とかする」


 フィオネが私を呼ぶ声を聞きながら、今も攻撃を続けている魔族に目を移す。この間はうまく戦えなかったけれど、今回はやらなくちゃ。大丈夫、ルシアの町を守ったときだって全部撃ち落とせたのだから。あの時みたいに、相手の顔を見ないように極力遠くから撃てばあるいは……たぶん……。


「あっ、で、でも、ちゃんと助けに来てよね!? 私、結構怖いんだからね!?」


 慌てて付け足すと、ジュリアスはふっと口元に笑みを浮かべた。


「……ご武運を。すぐに戻ります」


「うん。フィオネのこと、守ってね」


 三人が入った穴が塞がるのをちらりと見てから、火球を空の影に向けて放つ。私の左手にはまっていた腕輪が強く光って、バチッと音を立てた。




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[一言] > 助けられたお姫様が騎士に猛アタックし、騎士が逃げ出す展開が個人的にはお気に入りだ。 …王道ストーリーとは(汗)
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