おへその海
こんにちは、地球にいるおじいちゃん。元気ですか?
ぼくは次の15日で10才になります。
ぼくの街では10歳になると、おへそを海にします。
小さいけれど、本物の海です。
その中には、目に見えないくらい小さくした魚や貝などの生き物やその卵、海藻の種などもいれて、育てるのです。
生きた海は生きた大地にしかつくれないから、おへそなのだそうで、位相空間しゅく小転移とかいう技術だそうです。
小さな海に新鮮な空気があたるように、街の人たちはおへそが出る服を着ます。
おじいちゃんの住むところは寒いから、おへそを出しっぱなしにはできないそうですね。
でも、ぼくたちの街は海を育てるために、暖かくしてあるのです。
ときどき、海で魚が跳ねます。
この間は、ママのおへそで7㎝ぐらいのイワシが跳ねました。まるで、銀色の光がおへそから飛び出したみたいでした。
飛び出た魚は、その人が立っていても、下を向いていても、走っているときでも、必ずおへそに引き寄せられるように落ちるのです。それに、おへそから出ると魚は元の大きさに戻り、海に戻るときには、魚はまた小さくなります。
位相空間しゅく小転移における重力場のナントカだそうです。
でも、いくら説明をきいても、おへそから魚が現れ、また吸い込まれていくようで、魔法みたいに不思議な感じがします。
ママのイワシはつかまえられませんでしたが、この街のひとたちは、魚を食べたいとき、自分のおへそを見張っていて、飛びでてきた魚を網ですくって捕まえます。
おへそでとれた魚は、とっても新鮮でおいしいです。
パパのおへそからは、イシダイが出てきたことがあるそうです。
「めったにない大物」で、パパの部屋に、そのイシダイとパパと、お腹の大きなママが一緒に写った写真が飾ってあります。
ぼくが生まれるちょっと前の写真です。
ママのお腹にぼくがいた時、ぼくがいるせいでおへそがでっぱってしまって、海がはいるくぼみがなくなったそうです。
そういう時は、保健センターで海を預かってくれます。
「お腹の中と外、両方いっぺんに海を持てたらよかったのだけど」
とママは言います。
どういう意味? と聞いたら、
「お母さんのお腹の中には、赤ちゃんが育つ海があるからよ」って。
おへそは赤ちゃんの時、栄養をもらうために、お母さんの身体とつながっているところだよね? ということは、元々おへそは海につながっているってことなのかな?
おへその海には海の様子を観察して、順調に育っているかを見るためにカメラを取り付けます。
「きみの海の調子はどう? ぼくの海にはサンゴショウがきれいにできたよ」
と、海を見せ合ったりもします。
ひとによって、おへその形が違うので、同じように海をつくっても、それぞれに異なったものになるのだそうです。
ぼくの海はどんな風になるだろう?
ぼくが大人になった頃、今行われている「惑星改造」により、荒地ばかりのこの惑星にも、本当の大きな海が生まれます。開発を始めてから、500年がかりです。それでも早い方だそうですが、魚が泳ぎ、海藻がゆれる海にするには、もっともっと時間がかかるので、今のうちからおへそで小さな海を育てているというわけです。
この手紙が指向性通信にのって地球に届く20年後、おじいちゃんは112歳になっていますね。
その頃、ぼくのおへそで育った魚たちが、大きくて、青くてキラキラした海で泳いでいるかもしれないよ。
先月、地球から星間帆船が着きました。
その船が積んでいた記憶メディアの中に、海洋汚染についての最新ドキュメンタリー映画がありました。船に乗ってくるひとたちは、人工冬眠してくるからあまり齢をとってないけど、50年前の地球のことだよね。
見たらなんだか心配になっちゃったんだ。
生き物でいっぱいの、きれいな海をつくるのはとても大変だよ。大事にしてね。
<了>
同時にアップするのが童話なので物足りないと思うので、正統派っぽいSFもあわせてアップです。
現在の地球の状況を思うと、おへそで海ぐらい育ててもいいんじゃないかと思います。
安定した安全な海産資源の供給ができるし、現物の海は少し休ませられるし。
自分のおへそで育てた…はともかくアイドルが育てたタイやヒラメなんて高値がつきそうですしね。
なんて妄想を炸裂させながらの昼下がり。ではまた明日!