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第三話 高き技―ハイ・テクノロジー

この作品は作者が舞氏のHP、「ARCADIA」と自分のHP「たわごと御殿」に掲載しているものを再度投稿したものです。

 例えどんなに年月を経ても変わらないものがこの世にはある。


 有史以来、我ら魔狩人の聖なる戦いが途絶えたためしはない。

 また、我らの宿敵である闇の眷属の性質が変わった事もない。

 夜を支配する悪鬼たちが日の出と共に邪悪な力を失う事。

 『奴ら』が日中、不浄の寝床で眠る必要がある事もまた不動の事実だ。

 太陽が天に輝く時こそ我ら人類の反撃の時。

 故に妖魔たちは昼間、自分の身を守るために住み処に引きこもる。

 数え切れない罠と守護者で守られた妖魔の巣穴はまさに難攻不落の要塞と言って良いだろう。

 しかし、私たち魔狩人は現代科学が培った高きハイ・テクノロジーの助けを得てついに敵の寝所に侵入する事に成功した!


 もちろん、それは容易な道行きではなかった。

 標的ターゲットの寝所は古城の隠れ蓑を被った恐るべき魔窟の最深部に隠されていた。

 私たちは目的地に至るために、古城の側にキャンプを設け、少しずつ魔窟を掘り進んだ。

 守護獣ガーゴイルどもを刺激しないように、魔族のホルモンを体に塗った。

 床や壁に仕掛けられた罠を発動させないように、天井に簡単な足場を設けた。

 全ての作業にかかった時間はたったの二日半だったが、その内容は過酷を極めた。

 密度で言えば世界最高峰、エベレストの頂上を十回往復する事に匹敵したかもしれない。

 やっと標的の寝室に侵入した時、私たちの顔には十年分のシワが刻み込まれていた。

 とまれ、私たちはついに目的地に到達した。

 後は、短くも過酷な仕事の仕上げをするだけだ。


 眼下には悪鬼の寝床、大理石で作った棺がある。

 蓋の重量だけで五百キロは超えていそうな巨大な棺おけ。

 蓋を開けるためには最低でも立派な体格の成人男性が五人は要りそうだ。

 そして、少しでも蓋を動かせば凄まじい音が轟き、敵の心臓に杭を一センチ打ち込む前に私たちは魔窟の守護獣に引き裂かれる事になるだろう。

 狡猾な妖魔が施した周到な防御手段だ。

 しかし、敵の住処を調べ尽くした私たちはこの石の棺を攻略する術をすでに準備していた。


 私は足場から飛び降りた。

 目の前に巨大な棺桶が迫る。

 しかし、棺の蓋にぶつかる前に、体につけたワイヤーで宙吊りになった。

 天井からぶら下がりながら、蓋と棺の繋ぎ目にプラスチック爆弾を丁寧に塗る。

 それから、棺の蓋にワイヤー付きのフックを引っ掛けた。

 フックのワイヤーは足場に据え付けられたモーター付きの滑車に繋がっている。

 モーターの側には垢で真っ黒になったスティーブが私を見守っていた。

 予定では私がプラスチック爆弾を起爆した後に、スティーブが滑車を使って蓋を棺から引き剥がす手はずになっている。

 そして、スティーブの隣りに控えたヤンがRPG-7対戦車榴弾を改造した特大の杭打ちで悪鬼に止めを刺すのだ。

 聖人の灰と炸薬をたっぷり篭めた杭型榴弾は必ずや人類の敵を二度も蘇れない地獄の底へ葬り去るだろう。

 最後に、私たちは一回だけ視線を交わした。

 年齢も、出身も、人種すらも違う私たちだったが、この胸に宿る想いだけは同じだった。


 生きよう。

 生きよう。

 生きよう。


 周到に練った計画も、果てしない苦行も全ては悪鬼を倒した後に生きてこの魔窟を脱出するため。

 私たちは死ぬためにこの場に来たのではない。

 生きて次の戦場に赴くためにここで一瞬の死闘を演じるのだ。


 仲間に全幅の信頼を置いて、私はプラスチック爆弾のスイッチを押した。

 スティーブが滑車を使って、巨大な蓋を引き剥がした。

 ヤンが特大杭打ち機を奴の心臓に―――


 その時、棺の中にいる『ひょっとこ』と眼が合った。


 そう、『ひょっとこ』だ。

 私の故郷で、歌舞伎の役者が滑稽な踊りを踊るために被る口をすぼめた不細工な男のお面。

 それを被ったマネキン人形が夢にまで見た標的の代わりに棺の中に横たわっていた。

 そして、人形の体には大きな布が一枚被せられていて、あろう事かその布の上には……



 『残念! ハズレ! また挑戦してねっ♪』 



 「「「なんじゃそりゃああああ――――!!!」」」

 もはや一心同体となった私たちの怒声が地下の寝所に木霊した。

 いや、一心同体と言うのはちょっと違うか。

 スティーブは弾みで滑車のボタンを殴ってしまったし、ヤンは怒りのあまりRPG-7でマネキンを撃ってしまった。

 石棺の蓋が床にぶつかって砕ける音と榴弾の爆発する音が轟き渡る。

 私は泣きそうな顔で二人の仲間を見た。

 スティーブとヤンはもう泣いていた。

 私たちの騒音に応えるように魔窟に守護獣たちの雄叫びがあがった。



 *** 



 三人の魔狩人が泣きながら、決死の逃避行を始めた頃。

 上空三千メートルを飛ぶ旅客機の中で、一人の老人が闇一色に染められた窓の外を見ながら溜息をついていた。

 彼が千五百飛んで四回目の溜息を吐いた時、隣りの席で何かのゲーム機を弄くっていた少年が話し掛けてきた。

「お爺さん、どうしてそんなに溜息を吐いているのですか?」

「ああ、私はこの世界の未来を心配しているのだよ。科学は確かにわしらに多くの恩恵を与えたが、同時にそれ以上の災いをもたらした。地球の温暖化は進み、世界では毎日紛争で止む日はなく、政治家たちの腐敗は止まる事を知らない。こんな調子では、私たちの世界はどうなってしまうのだろう?」

 少年はゲーム機で口元を隠しながら、くすりと笑った。

「そうですか? 僕は世界の未来はきっと明るいと思いますよ。科学技術は素晴らしいものです。ところで、お爺さんもこのゲームで遊んで見ませんか? きっと気が晴れますよ」



 ***



 隣りの席に座った温血人ウォームは無愛想な口調で僕の申し出を断った。

 皺だらけの口で、「最近の子供は仮想現実と現実の区別がついてない」とか何とかブツブツ文句を言っている。

 もし、僕が実は五倍以上も年上だと分かったら、あの若造はどう思うだろう?

 ついでにこの飛行機が航空会社ごと僕の所有物で空の上なら人間一人、行方不明させる事なんて造作もないと教えてやったら?


 でも、僕は温血人の若造の無礼を許してやる事にした。

 この外見のせいで、人間たちから子供扱いされる事にもう慣れてしまったのだ。

 それに不味そうな年寄りの温血人を相手にするよりもずっと面白い事がある。

 手に持った汎用情報端末の画面の上で敵と味方を表すアイコンが目まぐるしく動いている。

 驚くべき事に、侵入者たちは僕が仕掛けた罠を全て素通りし、守護獣たちを避けながら入り口まであとちょっとの場所にたどり着いていた。

 流石は僕の見込んだ狩人たちだ!

 回りくどいやり方で情報を流して、昔の寝床に誘い込んだだけの価値はあった。

 そろそろ、今回のハイライトである巨大鉄球と極悪触手モンスターを出す時かな?

 でも、殺さないように気をつけないと……。

 吸血鬼の人生は死ぬほど長い。

 こんな愉快な遊び相手がいなくてはきっと退屈で死んでしまう。

 本当の事を知ったら彼らはきっと怒り狂うだろうけど、万が一僕の本当の寝床を突き止めても今回みたいに簡単に襲撃はできない。

 さっきも言ったが、文明の利器ハイテクという本当に素晴らしい。


 飛行機で地球の裏側へ飛び続ける限り、僕の夜には決して終わりが来ないんだからね!


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