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第一話 神獣の鏡―ミラー・オブ・ビースト―

この作品は作者が舞氏のHP、「ARCADIA」と自分のHP「たわごと御殿」に掲載しているものを再度投稿したものです。


 透き通った遠吠えが身をくねらせながら、天へと昇っていく。



 夜の子供たち(ナイト・チルドレン)の雄叫び。

 そして、子供たちの主人である『奴ら』が姿を現す先触れであった。

 俺の、そして人類の敵である『奴ら』は様々な名前を持つ。

 ストリゴイ、クドラク、キョンシー、ヴァンパイヤー。

 歴史の大海に浮んでは消えた数百の国が数千の言葉で『奴ら』を呼ぶ。

 如何なる名前で呼ぼうとも、俺の敵の本質が変わることはない。

 夜の支配する魔性たち、血を啜る悪鬼どもめ!!

 だが、今宵『奴ら』が餓えているのは無垢なる者の生き血ではなく、生きているものですらなかった。

 『奴ら』が渇望の的となっているのは、俺が懐に抱いた一枚の銅の円盤だった。

 円盤の上には緑青が浮き、裏側には何かの獣と思しき彫刻が施されていた。

 幾千年経たのかわからない程古びたこの金属片にどんな意味があるのか、それはまだわからない。

 しかし、この銅板が『奴ら』にとって、とてつもない意味を持っている事だけは間違いない。

 そうでなければ、今闇の中から押し寄せてくる無数の赤い瞳をどうやって説明すればよいのだ?



 まず、一番槍として飛び出したのは『奴ら』の使い魔となった野犬たちだった。

 哀れな獣たち……。

 彼らに罪はないが手加減する事は出来ない。

 野犬たちは俺のいる場所、広々とした見晴らしの良い草原の中央目掛けて全速力で駆け寄ってくる。

 だが、草原を半分も走りきらないうちに大地が火を噴いた!

 何千発と言うベアリング弾を発射するクレイモア対人地雷が犬たちの体を引き裂き、空に撒き散らす。

 雄叫びは悲痛な鳴き声に変わり、再び大地にたどり着く前に全て大気に溶けて消えた。

 野犬の群は全滅したが、すぐに次の攻め手が押し寄せてきた。

 草原の南端にある森が汚水でできた津波の如く生きる屍、グールどもの群を吐き出した。

 生き死人たちは地雷を全く恐れず、手足を千切られても臓物を引きずりながら、少しずつにじり寄ってくる。

 俺はすかさず、空いた手の中に握りこんだ三つのスイッチの一つを押した。

 モーターの唸り声が十万人の援軍の叫びのように雄雄しく響く。

 続いて草原の中央に置いた超大型の噴霧器が霧状になった大蒜のエキスを死人の群に吐きかけた。

 破邪退魔の力を宿した大蒜の液体に触れた途端、グールたちを動かしていた不浄の魔力は消え、死体は安らかな眠りについた。

 残り半分となったグールの群を黒曜石の刃のように切り裂きながら、何十もの影が飛ぶような速さで走ってくる。

 例えガスマスクで牙を隠そうとも、ゴーグルで赤い瞳を隠そうとも、その凍てつくような妖気だけはごまかしようがない。

 配下の不甲斐なさに忍耐の限界に達したのか、ついに『奴ら』が自ら攻めてきたのだ!

 ガスマスクやゴーグルで守られていても、大蒜エキスの効力を完全に防げるわけではない。

 しかし、妖魔たちは皮膚が爛れるのもかまわず、一目散に突き進んでくる。

 あまりの速さと迫力に一瞬手遅れになりかけたが、俺はなんとか二つ目のスイッチを押す事に成功した。

 電動の援軍が再び鬨の声をあげる。

 俺の背後に置かれた巨大な照明塔が光の槍を妖魔たちに放った!

 B級ホラー映画に出てくる紫外線ライトのような玩具とはわけが違う。

 これは光ファイバーの地下ケーブルによって地球の裏側から導かれた本物の太陽の光なのだ!

 百歳に届かない新生者たちは瞬時に灰となって散り、それ以上の年長者も体の芯まで貫く激痛に膝をついた。

 俺はスイッチを投げ捨て、十年以上ともに戦いつづけた心強い味方、M-16A2カービンを手に取った。

 弾倉には曳光焼夷弾と一緒にこの日のために作らせた特製の硝酸銀弾が敵に牙を剥く時を待ち構えている。

 銅盤を持った左手でM-16A2を支えながら、右手で引き金を引いた。

 赤いレーザーのような光の軌跡を残して曳光焼夷弾が『奴ら』の体に突き刺さって火をつける。

 そして、悶え狂う敵に必殺の硝酸銀弾がトドメをさした。

 一人また一人、闇の眷属たちが自ら跳びこんだ罠の中で真の死を迎えていくのを見ながら、俺の心に小さな希望が芽生えかけた。

 このままなら勝てるかもしれない。

 この途方もない夜を乗り越え、再び朝日を目にする事が叶うかもしれない。

 全ては、『奴ら』を罠の中に誘導したこの銅盤の……。

 次の瞬間、狼の遠吠えよりも良く通る声が俺の希望を打ち砕いた。



 『地よ!!』

 突然、さっきまで不動だった地面が不機嫌な獣のように体を震わせた。

 無数の亀裂が地表を走り、地下ケーブルが断ち切られ、ライトが消える。

 『水よ!!』

 ふいに襲ってきた地震は静まったが、今度は黒雲が頭上に集い天の星をかき消していく。

 滝のような雨が大地にある全てのものを打ち、大蒜のエキスを押し流した。

 『火よ!!』

 今まで俺の心強い味方だった発電機とモーターがオレンジ色の火炎を吹いて戦死した。

 だが、彼らが断末魔の如く放った最後の光が、大敵の姿を照らし出した。

 草原の彼方、盛り上がった丘の上に『奴』は立っていた。

 まるでオベリスクのように黒々とそそり立ち、太古の司祭の如く両手を月に向かって差し出している。

 千年以上の時を生き、四大元素すら支配する妖魔の中の妖魔。

 よもや伝説の中に生きる大古老メトセラまでも姿を表すとは!!

 月明かりの中に浮ぶ影が獲物に襲い掛かる獣の如く背中をたわめる。

 俺は残った最後のスイッチを足で踏みつけた。

 俺を囲むように仕掛けたナパーム弾が火炎の壁をとなって立ち上がる。

 だが、防壁が完成する前に風よりも、音よりも速く走る影が全てをすり抜けて目の前に立った。

 M-16A2を構える。

 痛みを感じる暇もない速さで銃を握った右腕を切り落とされた。

 もはや罠の種は尽き、武器も腕もなくした。

 絶望が黒く心を塗りつぶそうとするのを必死に堪えながら、手にもった銅板を敵に突きつける。

 そして、信じられない事が起きた。

 俺の心臓を抉り出そうと構えていた奴の爪が銅板に触れそうになった瞬間、慌てて手を引っ込めたのだ。

 その顔に走る隠しようもない怯えの表情を見て、俺は確信した。

 この銅板は唯の『宝物』ではない。

 『奴ら』を滅ぼしうる武器なのだ!

 モーターから噴出す火が銅板を照らし、その裏に刻まれた文字を浮き上がらせる。

 俺は声を張りあげて、その文字を読んだ!

「神なる獣を宿す鏡よ! 今こそ闇の中に住まう者の姿を現したまえ!」

 銅板を覆う緑青が吹き飛び、眩い光が煌煌と草原を、累々と横たわる屍を、そして最後に残った『奴』を照らし出す。

 叫ぶようにもう一度呪文を読んだ。

 そして、大敵が真の滅びを迎えるのを見るために目を見開き―――




 ―――奴が嘲笑を浮かべながら、こちらを見返すのを見た。




 刹那、鮮血色の痛みが俺の首を一文字に走りぬけた。



 ***



 激しい抵抗の果てに狩人はついに地に伏した。

 切り落とされた首が当惑と疑問に満ちた視線をこちらに投げ掛けておる。

 わらわは死のショックで硬直した指を一本ずつ銅鏡から剥がしながら狩人に話しかけた。

「哀れな狩人よ。察するにそなたはこれの使い方を勘違いしておったようだな。この鏡の真の名は陰陽照魔鏡、今風呼ぶなら三角縁神獣鏡か。もとは大陸に君臨していた帝王が我が血脈の母たるヒミコさまに友好の証として贈ったものだ。もちろん武器ではないし、私のような夜の住人以外には無用のもの。その本来の使い方は―――」

 続く言葉は感嘆の声に飲み込まれた。

 鏡とその表面に映るものが妾から言葉を奪ったのだ。

 懐かしさと数え切れぬ想いがよく研いだ杭の如く我が心を貫いた。

 血の涙が目の縁に盛り上がり、次々に頬を流れ落ちる。

「おお、妾よ……。どれほどそなたに会いたいと願った事か……」

 血を糧とする夜の眷属は鏡に映らない。

 それは闇の世界でも広く知られた常識だった。

 しかし、ここに、この世で唯一つの例外が存在する。

 妾は震える指を懐に差し入れた。



 千を超える屍が横たわる草原の中心。

 浩々と冴え渡る月に見守られながら……。

 女吸血鬼は銅鏡を使って、一千年振りの化粧直しを始めた。



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