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名前の世界
名前の世界はきょうも平常運転
わたしが垣間見た名前のない世界は
すべて幻だったとでもいうように
けれどわたしは確かに見た
人にも物にも
名前なんかなかった世界を
ベンチに座って
家に帰ろうとする人を眺めながら
あの人はなぜ、こちらの建物ではなく
あちらの建物に向かうのだろうと
不思議に思った
こちらの建物はあの人の家ではなく
あちらの建物があの人の家だからだ
そう思い込んでいるからだ
そう決められているからだ
なぜそうなのだろう?
不思議だった
不自然に思えた
でもなにが不思議なのかを
他人に伝える能力はなかった
いまも
名前の世界はきょうも予定調和
わたしはそれを信じたふりを
いつかやめることができるのだろうか




