745/919
いま、ひとりの作家に熱中していて
いま、ひとりの作家に熱中していて
もとから好きだったけど
いまは誰よりも興味がある
もう死んでいる
もう亡くなっている
水のなかをもがくような文体
笑っていいのかわからない異様な滑稽さ
戦争の死、近親の死、伴侶の記憶の死
すべてに異様な視線を注いで
笑いながらはにかんでいるような
晩年まで異様なまま書きつづけた
言葉が遅れてやってくるような理解しがたさ
その向こうから透ける優しさなのかわからない異様な光
おめおめと生きて、なにかいいことがあるかといえば
わからないものをわからないまま
その魅力だけはわかるようになったことは
生きていてよかったといえそうだ
いま、ひとりの作家に熱中していて
その言葉を読むために生きている気がする




