指先までの距離
寝そべって
腕を伸ばす
光にかざされた
指の紗幕
眼から指先までの
片腕ぶんの距離
他人ほどにも遠い
自らの末端
子どもの頃から不思議だった
動けと思うまでもなく
指はいつのまにか動いている
脳と呼ばれる中枢から
指令が飛んでいるはずなのに
飛脚の存在を感じさせない
指はなにものの命も受けず
自ら動いているように見える
わたしの身体はわたしよりも位が高く
わたしの意識によって統御などされていない
指はわたしをたびたび裏切る
ましてわたしの言葉など
指は意に介しもしない
言葉が生まれるよりも先に
身体はすでに動いている
その言葉の遅れには
なにか意味深いものがある
死歿に遅れて開かれる
弔いの儀式のような鈍さ
もしも脳が破損して
伝達の処理速度に異常を来したら
透けていた飛脚が顔を現す
動けと念じ
言葉を浮かべ
一拍遅れ
ようやくに指先は動いてくれる
ここにおいて従属は明らかだ
そのとき脳は
主人面して勝ち誇るか
神経網のほつれを嘆くのか
その悲喜劇を
身体に置いていかれたわたしはどう感ずるか
いまはまだ
わたしの指先は自由に振る舞う
山巓を周回する鳥のように
光の雨に湯浴みしている