守るべきもの
学校への連絡を済ませたサラは、手作りのリースにニンニクの束を巻きつけながらハミングをしていた。
ぼくは楽しそうにしているサラ叔母さんを横目で見ながら肩をすくめた。
「ねぇジェイミー。ニンニクだけだと色味が悪いから、キッチンへ行って、唐辛子の束をひとつ持ってきてちょうだい」
「唐辛子もくっ付けるつもりなの?」とぼくは訊いた。
「ええ、そうよ。赤い色が入った方が、綺麗なリースが出来るでしょ。それに唐辛子って辛いから、吸血鬼(あの子)は苦手かもしれないわ」
しばらくの間、ぼくは言っても良いものかどうか迷ったけど、あいつの事を話した。
「サラ叔母さん。あいつはニンニクも食べるし、唐辛子だって平気だと思うよ」
「あらジェイミー!どうしてそう言い切れるの?」
サラは、ちょっと不満げな顔をしてジェイミーを見ると唇を尖らせた。
「前にティムと一緒に聞いた事があるんだ」
「あら、何を?」
「ニンニクも唐辛子も好きだって、あいつは笑ってた......」
「まあ......」
サラ叔母さんは一声もらした後、特製のリースを、ガッカリした顔でジェイミーに差し出した。
「捨てちゃうのは勿体無いから......玄関に飾ってきてちょうだい」
ぼくは魔除けのリースを玄関のドアに飾ると、キッチンに戻っていった。
「ジェイミー、十字架をもっともっと集めなくっちゃね。うんと大きいものを!」
サラは目を輝かせながら胸で十字を切った。
以前、あいつの首から十字架のネックレスがぶら下がっていた事は、サラ叔母さんには黙っておく事にした。
「サラ叔母さん......あいつは、この家の誰かが招待しない限り、この家へ勝手に入って来る事は出来ないから......」
サラ叔母さんの黒い瞳が、一瞬ぼくを捕えて離れた。ぼくがあいつに向けた乱暴な態度の意味を、サラ叔母さんは理解したようだった。
「私の部屋に銃が隠してあるの」サラは〝にこっ〟と笑うと、「いざという時の為に銃の手入れをしてくるわね」と言って、自分の部屋に消えた。
サラ叔母さんだけは敵にまわすのだけは、やめておこうと思った。
ふと、キッチンの窓から外へ目をやると、自転車に乗ってこっちへ来るティムの姿が見えた。
──ティムだ──
学校はどうしたんだろう?まだ早い時間なのに......
ティムは庭の隅に自転車を止めると、少しためらう様子を見せた後、ぼくの名前を呼んだ。
ドアを開けると、心配そうな顔をしたティムの姿があった。ティムの姿は元気が無い様に見えて、ぼくの心は痛んだ......
「よぉジェイ。しばらく学校を休むって聞いたからさ、何かあったんじゃないかと思ってさ......」
「うん......そう......なんだけどさ」
ティムの顔色が変わったのを見て、ぼくは慌てて言い訳をした。
「サラ叔母さんが勝手に決めた事なんだ......明日には学校へ行けると思う」
ティムはぼくの言葉に〝良かった〟という表情を浮かべながら、小さなため息をもらした。
「ティムの方こそ元気ないけど......あいつと何かあったのか?」
ぼくは訊いてみたものの、ティムが何て答えるのか怖くなって、思わず息をのんだ。
「別に......あいつとは何もなかったけど」
「じゃあローラは?ローラとあいつは......」
「ローラは元気そうに見えたぜ......ローラの事なら心配いらないさ。俺が気になってるのは、お前だよジェイ」
「クラスの奴が......」と言いかけて、ティムは一瞬ぼくから目をそらした。
「あいつが、お前ん家に行く所を見たって......そう教えてくれたから......さ。
心配になって......だから早退してきたんだ俺。......どうしても、授業が終わるまで待てなくってさ......」
ティムは照れくさそうな笑顔をぼくに向けてそう言った。
ぼくも照れ笑いを浮かべながら、ティムの(親友の)顔を見た。
「ありがとう......ティム」
ぼくは嬉しくなって、思わずティムの両手を握りしめた。
「さぁ、中に入れよ。サラ叔母さんが紅茶を用意してくれるはずだから」
「あぁ。サンキュー、ジェイ」と言った後でティムは玄関に飾ってあるリースに目を奪われた。
「なんでこんなもんを玄関に飾ってるんだ」
「それ......サラ叔母さんがさっき作ったんだ」
「なんか......魔除けみたいだな」
「うん、そうなんだ。魔除けなんだよ。効き目は無いと思うけど......気休めにはなりそうだってサラ叔母さんが」
ティムは魔除けの前で何かを考えていた。
ぼくは、あいつの事をサラ叔母さんに話した事を告げた。
ティムの顔に、ちょっとだけ驚きの表情が浮かんだ。
「おばさんが味方だと、百倍は頼もしいな」
「うん、そうなんだ。実に頼もしい!」
「オカルトマニアだしな」
「オカルトマニアだしね」
ぼくとティムは、お互いの拳を突き合わせて笑った。
ティムの声を耳にしたサラが部屋から顔を覗かせた。サラの手には小型の銃が握られていた。
ティムは驚いて一歩後ずさりしたが、すぐに両手を上げて「おばさん、ぼくを撃たないで!」とおどけてみせた。
「まぁ、ティム来てたのね」
サラは嬉しそうな笑みを浮かべると、「こっちに来て!」とティムを手招きした。
「今ね、銃の手入れをしていた所なの。いざという時の為にね」
サラは手入れの終わった銃をテーブルの上に置いた。
ぼくとティムは、テーブルに置かれた銃を見つめた。短い沈黙を破って、ティムがサラ叔母さんに言った。
「おばさん......銃を使った事あるの?」
「ないわよ」
サラ叔母さんの返事にぼく達は〝ほっ〟として顔を見合わせた。おばさんなら使っていそうな気がしていたからだ。
「でも、銃の使い方なら良く知ってるわよ。兄にしっかりと教え込まれたから」
サラはテーブルの上に置かれた銃を手に取って、自慢げな笑みを浮かべた。
「二人に銃の使い方を教えとくわね。ちょっと早い気もするけど、いい機会だから......」サラは言った。
ぼくは背中に冷気を感じて身震いをした後、(多分ティムも)ごくんと唾を飲み込んだ。
ティムを見ると、緊張の余り棒立ちになっていた。そして目だけが、サラ叔母さんの手にしている銃の方へ向けられていた。
「まずはティム、あなたからよ!」
サラ叔母さんは抵抗するティムの体を、無理やり庭へと押しやった。
ティムの視線がぼくに助けを求めて、合図を送っているのが分かったけど、ぼくにはどうする事も出来ないから、見て見ぬふりをした。サラ叔母はかなり強引な所があるから、無駄な抵抗はしない方がいい。
ぼくは心の中で、ティムごめんなと思った。
庭に押し出されたティムの姿を、ぼくはキッチンの窓から見ていた。
サラ叔母さんは、並べられた三つの缶に銃を向けると〝バァーン〟と口で言った後、ティムの方を振り向いた。
とびっきりの笑顔だった。
ティムは〝弾が入ってなくて良かった〟という仕草をぼくにしてみせた。
「おばさん銃の撃ち方上手いの?」
「もちろんよティム!」
「さっきも言ったけど、ジェイミーのお父さんに教え込まれたのよ。これで大切な人を守りなさいってね......」
サラ叔母さんの低くて囁く様な声がジェイの耳に届いた。
サラ叔母さん......
「兄は〝銃は人を撃つ為にあるんじゃないよサラ。大切な人を守る時にだけ使いなさい〟って......そう言ってたわ」サラは言った。
父さん......
サラ叔母さんの言葉に、ぼくの心臓が反応してドクンと大きく脈を打った。
ティムがサラ叔母さんに向かって、手を差し出すのが見えた。
「俺にも......銃の撃ち方を教えて下さい......」
ティムは初めて手にした銃を構えて、庭に立っていた。そのティムの真剣な顔は、いつになく大人びて見えた。
「ティム......嬉しいわ。本気になってくれて。どうせやるなら、銃に弾を込めた方が良いと思うんだけど。どうかしら?」
ティムはおっかなびっくりした顔で「勘弁してよ、おばさん」と言いながらも、
手にした銃をしっかりと握りしめていた。
もしあいつが......あいつが普通の人間だったら......あいつを殺そうとしているぼく達はただの人殺しだ......
もしあいつが......吸血鬼だったとしたら......銃で撃たれたら......やはり死ぬんだろうか?
ぼくの心は、つかの間言い様のない恐怖に捕らわれた。サラ叔母さん......やりすぎだよ。十三歳の子供に銃を持たせるなんて......
ティム......サラ叔母さん......そんな事......もうやめてよ............
ジェイの声にならない声は、サラによってかき消された。
「ジェイミー休憩よ。三人分の紅茶をお願いね。カップを温めるのも忘れないでね」
サラ叔母さんのはずんだ声と、ぼくに向けられた笑顔が恐怖を追い払っていった。
ぼくが紅茶を淹れ終わった頃、ティムとサラ叔母さんは連れだってキッチンに入って来た。
二人の姿が何故だかぼくには眩しく写った。
「どうしたのジェイミー?」サラが言った。
「ううん、なんでもないよ。二人の姿が......ちょっと眩しかっただけだから」
「まぁ、ジェイミーったら......」
そう言ってサラ叔母さんはぼくに近づくと、ぼくの頬を両手で挟む仕草をした。
ティムが笑いを堪えているのを見て、ぼくは頬を赤くしながらサラ叔母さんの手を払いのけた。
「ジェイミー、乱暴はやめてね......男の子はいついかなる時も紳士であるべきよ」
ぼくはサラ叔母さんに見つめられてドギマギした。サラ叔母さんの目からは、優しさと、意志の強さが伝わって来た。
「はいはい、二人ともそこまで。折角の紅茶が冷めちゃうだろ」
ティムがぼくとサラ叔母さんとの間に入ってそう言った。
「ティム、あなたもいたのね。すっかり忘れていたわ」
サラ叔母さんは笑みを浮かべて言った。ティムは〝やれやれ〟という仕草をした後、ぼくの隣に大人しくおさまった。