ぼくを呼んだのはきみだ
夜の闇の中で、あいつはぼくの事を見ていた。
あいつが漆黒の闇の中で、ぼくを見てるのを感じたから......だからぼくは、昨日の夜、窓を開けた。あいつがこの部屋に入って来たかどうかは分からないけど......
ぼくは夢の中であいつに会った。
夢はぼくの夢の様でもあり......あいつの記憶の様でもあった。遠い日の記憶の一部を見せられている様な気分だった。
あれは......ぼくの本当の記憶だったのかもしれない。そんな風に......ぼくには思えた。
六歳になるぼくが部屋の中にいて......あいつは開け放たれた窓から入って来た......そしてあいつがぼくに言った。
──ジェイ、ぼくと一緒に行こう。ぼくと一緒にネバーランドに行こう
──だれ......?きみはピーターパンなの?
──ああ──そうだよジェイ。ジェイ。さあ......ぼくの手を取って
「あいつは......小さなぼくの手を取って、窓から飛び出そうとした。あの時ぼくがピーターパンだと思ったのは......あいつだったんだ」
サラの目が大きく見開かれた。
ぼくはサラ叔母さんの顔を真っすぐに見つめながら言った。
「あの時......六歳のぼくが見たあいつの姿は、今のあいつと同じ姿をしている。
あいつは......ちっとも年をとっていない......」
「まぁ......なんて事......」
サラは、言いながら顔を歪めた。
「......ジョーイが亡くなったあの夜の事は......決して忘れないわ。あなたの父さんも母さんも悲しみが大きすぎて......小さなあなたを少しの間だけ、独りぼっちにしてしまった。あなたは二階にいて、何故か窓を開けて闇を見つめていた。夜の闇の中に潜んでいる誰かに......話しかけているみたいだったって......あなたの母さんは言っていたわ」
「闇の中に潜んでいたのは......あいつだったんだ」
ぼくは唇を噛みしめた。あいつは、あの時ぼくが見たあいつとそっくり同じ姿で......再びぼくの前に現れた。いったい......何の為に......
「ジェイミー......本当にあの子だったの?あの子に間違いはないの?」
ぼくはサラ叔母さんの目を見つめたまま頷いた。
倒れそうになったサラ叔母さんの体を、ぼくは両手で受け止めた。
「まさか......そんな事があるなんて......」
とても信じられないけど......本当の事なのねジェイミー......サラはそう言って否定するかの様に左右に頭を振った。
「ぼくだって、信じられなかったよ。だけど夢から覚めた時......はっきりと分かったんだ。六歳の時窓からぼくを連れ去ろうとした少年とあいつが同じ人物だって......」
二人の間を沈黙が支配した──
「夢の中であいつは言った。きみがはじめにぼくを呼んだんだって......だからぼくはきみの部屋に入る事が出来た......って......」
「それって......吸血鬼みたいね......」
「うん......サラ叔母さん。あいつは間違いなくバンパイアだ──────」
「あの子が......吸血鬼だなんて」
サラは恐怖をゴクッと飲みこんだ。
「ぼくだって、はじめは信じられなかったけど......」
ジェイは、あいつに初めて会った時の事をサラに話した。
あいつが突然、ぼくとティムの前から姿を消した後、一匹のコウモリが森へ飛び立つのを見たんだ。あのコウモリはあいつだったのかもしれない──
その後も、ぼくが保健室で眠っていた時......コウモリが部屋に入って行くのを見たってティムから聞いた。きっとあいつが、コウモリに姿を変えてぼくの所へやって来たんだ。
────ぼくの首に、噛まれた痕があった事はサラ叔母さんには言わない事にした。
「でも、あの子がコウモリに姿を変える所を見た訳じゃないんでしょ......」
サラが念を押す様に訊いた。
「そうだけど......あいつの側に、いつもコウモリが現れるのは、偶然なんかじゃない!」
ジェイは、サラがあいつの事をかばっている様に聞こえて思わず声を荒げた。
「それに......あいつは年をとらない」
「そうねジェイミー......あの子は吸血鬼──────」
ジェイとサラは、沈黙の中で顔を見合わせた。
その静けさの中で、目覚まし時計の音が大きく鳴り響いた。
目覚ましの音とほぼ同時に「あぁ──大変、ジェイミー!学校の時間だわ!」と
サラが叫んでいた。
「サラ叔母さん、まだ間に合うよ」
「ううん。早く学校へ連絡しなくちゃ。あなたは悪質な風邪をひいてて、当分の間、学校へは行かれないって、事にしてもいいかしらジェイミー?」
そう言ってから、サラ叔母さんはぼくに、片目をつぶってみせた。
そしてサラ叔母さんは転がる様にして、二階の階段を降りて行った。ぼくはひとり、部屋に取り残されて、あっけに取られていた。
「......まったく!サラ叔母さんらしいや」
あいつが〝吸血鬼かもしれない〟って事より学校に遅刻しそうな事に驚いてるサラ叔母さんて......ほんとサラ叔母さんらしいや......
ぼくは急いでパジャマから、パーカーとパンツに着替え、軽い足取りで下に降りて行った。
「サラ叔母さん」
ぼくはサラ叔母さんの後ろ姿に声をかけた。
「今日学校を休むってのはいいけど、明日もって訳にはいかないから」
「あらどうしてなの?」
サラ叔母さんは、ぼくの両手をにぎりしめながら「当分の間よ」と言って笑った。
「さぁ、忙しくなるわよ─、ジェイミー。あのこの正体が分かったからには、何か手を打たなくっちゃね。吸血鬼って......確かニンニクが苦手なはずよね」
ぼくは苦笑いしながら、パタパタと動き回るサラ叔母さんの姿を見ていた。
何故だかサラ叔母さんは、とても嬉しそうだった。ぼくが危ない目にあうかもしれないっていうのに......サラ叔母さんだって危険な目にあうかもしれないんだし......まったく。
あいつが吸血鬼だと聞いて驚かなかったのは、きっと嬉しさの裏返しもあるんだろうな......ぼくは小さな声で呟いた。
これだから嫌なんだよな、オカルトマニアって。
「ねぇジェイミー、知ってた?」と言いながらサラ叔母さんがぼくに近づいてきた。
「吸血鬼に止めを刺す時は心臓に杭を打ち込むよりも......銀の玉を込めた銃で眉間を狙った方が確実なのよ」
ぼくは〝ギクッ〟としてサラ叔母さんを見つめた。
サラ叔母さんなら......あいつの額めがけて銀の玉を打ち込む事が、出来るかもしれない......でもぼくは......あいつに銃を向ける事が出来るだろうか......ぼくには......出来ない......それはぼく自身が一番良く分かっていた。
ぼくには出来ない。
でもぼくは、サラ叔母さんの事を、ティムの事を、守らなきゃいけないんだ。
何とかしなければいけない......手遅れになる前に。
............ローラを......守らなければ────