サラ叔母さんの涙
家の庭先で誰かと話をしているサラ叔母さんの声が聞こえてきた。
なんであいつがここにいる。
ぼくの家がどうして分かったんだ。
ぼくの姿を見つけたサラ叔母さんが手を振ってきた。
「ジェイミーおかえりなさい。お友達が来てるわよ」
「そいつは......友達なんかじゃない」
「あら、ジェイミー。お友達じゃなくても家に来てくれたんだから、お茶でも飲んでいってもらったら」
サラ叔母さんは嬉しそうな声でそう言った。
「何しに来たんだお前!」
ぼくはあいつの顔を思いっきり、睨みつけた。
「きみが落として行った忘れ物を届けに来たんだ」
あいつはそう言って、ぼくの手の中にティムが手作りしてくれたキーホルダーを落とした。
ティムが作ってくれた大切なキーホルダーに触るんじゃない!ぼくの心は叫び声を上げた。
それに、それにぼくが......ティムから貰った大事なキーホルダーをなくすはずがないんだ............!!
「──帰れよ早く」
「あらあらジェイミー。何があったか知らないけど、もうそれくらいにしてあげたら」
サラ叔母さんはあいつに向かって微笑んだ。
「彼は、忘れ物を届けに来てくれただけよ」
彼だって?こんなガキの事を、彼なんて呼ぶなよ叔母さん......
「ごめんなさいね。せっかく来てもらったのに」サラは微笑んだ。
「今度家に来る時は────」
「来るんじゃない!」
ぼくは叫んでいた。突然の大声にかき消されて、サラ叔母さんは最後まで言葉を言えなかった。
再び「また、今度──」と言いかけたサラ叔母さんの言葉を遮り、「二度と来るな!」と言い捨てて、ぼくは玄関に走り、ドアを荒々しく閉めた。
自分の部屋の窓から外を覗くと、あいつの姿はもうどこにもなかった。
その日の午後、サラ叔母さんは妙に緊張した様子で、キッチンを行ったり来たりと落ち着かなかった。
ぼくのせいなのは分かってたけど......ぼくは素直に〝ごめんなさい〟と謝る事が出来なかった。
サラ叔母さんが......余りにも緊張していて......いつもと違って見えたから。
ぼくもサラ叔母さんの目から見たら、きっといつものぼくとは違って見えていたんだろう。
ぼく達二人は、重苦しい空気の中で食事をすませた。サラ叔母さんは、黙って皿をキッチンまで運んだ。いつもなら食事の後、皿を運ぶのはぼくの役割だったし、今日は金曜なのでぼくが皿を洗う当番だった。
けど、サラ叔母さんは何も言わずに、自分で皿を洗っている。
ぼくは「ごちそうさま」とサラ叔母さんに声をかけて、そのまま二階へ上がって行った。
翌朝、目を覚ますと、ぼくのベッドの上にサラ叔母さんが腰かけていた。
サラ叔母さんが顔を近づけてきたので、ぼくの顔にサラ叔母さんの赤くて長い髪が覆いかぶさった。
「わあっ」
奇妙な声を上げて起き上がったぼくは、サラ叔母さんの顔を見た。
「おはようジェイミー」
涼しげな顔で、サラが言った。
「驚かさないでよ、サラ叔母」
「ああ、そうだったわねジェイミー。あなたが怖がりさんの、淋しがり屋だって事を忘れていたわ」
サラが笑った。
サラ叔母さんの笑い声は〝気持ちいい〟とぼくは思った。
「淋しがり屋だけ余計なんだよ。昨日の事......もぅ怒ってないんだね」
ぼくは、おずおずと昨日の事を切り出して、サラ叔母さんの反応を見た。
「あら、ジェイミー。私は何も怒ってないわよ」
「だって!サラ叔母さん昨日はずっと黙ってたし......ぼくとは口もきかなかったし、だから......」
サラは目をしばたかせながら、「ああ、そうね。そうだったかもしれないわ」と
言って微笑んだ。
「昨日はね......あれから色々と考え事をしていたの」
サラ叔母さんはそう言いながら立ち上がってぼくの肩に両手を置いた。
「ジェイミー......あなたの事を考えていたのよ」
サラは、小さなため息を漏らした。そしてベッドへ再び腰を下ろして、両手を膝に戻すとサラは言った。
「学校で、何かあったのね」
サラ叔母さんの真っ黒い瞳が、ぼくの瞳をじっと見つめて、何か聞き出そうとしている。
「何も......特にないけど」
「じゃあ、あの子の事は?何であの子にあんな酷い言い方をしたのか教えて」
サラ叔母さんの容赦ない言い方が、ぼくの胸を絞めつけた。
「............」
「ジェイミー。だんまりを決めてもだめよ。話をしてくれるまで、この部屋から出て行かないから」
「じゃあ、ぼくの方が出て行くよ」
サラ叔母さんは〝しまった〟といった顔でぼくを見ると、いきなり両腕で抱きしめてきた。
「サラ叔母さん離してよ!」
ぼくは必死でもがいた。
「ジェイミーが話してくれるまで離さないわ」
サラは、更に力をこめて抱きしめた。
「ジェイミー......お願いだから、このままで聞いてちょうだい。あなたの事が......とても心配なの。私はあなたの父さんに、あなたの事を頼むって言われたのよ......それなのに......私はあなたの事を何も分かっていなかった。昨日の事で、それが良く分かったの」
そう言って、サラ叔母さんはぼくを抱きしめていた腕の力をぬいた。
「ごめんねジェイミー......一人で悩まないで。私にも話を聞かせて。少しは心が軽くなるはずだから......」
サラ叔母さんは涙のいっぱいたまった目で、ぼくの顔を見つめてきた。小さい時から......ぼくはサラ叔母さんの涙に弱かった。
「涙を拭いてよ......サラ叔母さん」
ぼくがティッシュを手渡すと、サラ叔母さんは涙を拭いた後で、思いっきり鼻をかんだ。
ぼくは思わず吹きだした。サラ叔母さんて黙ってると、とても知的で美人に見えるのにと思いながら、ぼくはもう一度ティッシュをサラ叔母さんに渡した。
「ありがとうジェイミー」
サラ叔母さんは、ティッシュを手に取るともう一度鼻をかんだ。今度は優しく、
そしてぼくを見て微笑んだ。
「サラ叔母さん。昨日の夜、ぼくは二階の窓を開けて寝てたんだ」
「まぁジェイミー、だめよそんな事をしちゃ......夜窓を開けてはいけないって、あなたの父さんに言われてるのに......」
サラ叔母さんは情けない声を出すと、ぼくから目線を外し、うつむいた。
「うん、分かってるよ。でもぼくは......(あの時の様に)小さな子供じゃないから......」
サラ叔母さんは、ぼくが窓を開けて寝た話を始めてから、急にそわそわし始めた。
ぼくは夢であいつに会った事を、サラ叔母さんに話して聞かせた────