時に逆らう者たち
十月十三日。この日に墓に行けば、必ず彼等は現れると......墓守りのロンじいさんが私に言った。
うっそうとした木々の間を抜けて、葉のおい繁る間に身を隠した私は、ひたすら彼等を待ち続けた。静けさは墓を......ここは墓場なのだと私に再確認させ、風が頬を何度も冷やかに撫でつけてゆく度、私の背中に恐怖が走り抜けていった。闇が墓を覆い隠そうとした、その時、彼等は姿を現した。
〝リアン〟と呼ばれた少年が振り向いて、私と視線を合わせた。
......なんて......美しい少年なんだ。
私の恐怖は、一瞬にして吹き飛ばされ......少年の美しさに心を奪われていた。
少年が〝ジェイ〟と呼ばれた男の方に顔を向けると、耳元で何か囁いた。微かに残る灯りの中で、少年の髪が揺れているのが分かった。
男がちらっっと、私の方へ視線を投げてきた。私は意を決して、二人の前へ姿を現した。少年が意外そうな顔をして私を見た。そしてうす灯りの中で少年の緑色の瞳が私を捕えた。
──なんて美しい少年なんだ──
私の心が、そう言っているのが聞こえた。手を伸ばして、少年の金色の髪に触れてみたいという欲求に耐えていると、男が私を見て笑った。
「リアンの美しさに見とれていないで、こちらへ来たらどうですか」
その言葉に反応するかの様に、少年が男を睨んだ。私は赤面しながら足を一歩前へ出そうとしたが、出せなかった。私の足は、私の意志に逆らって、ぴくりとも動こうとしない。
──足が動かない──
私の体中に、恐怖が溢れ出してきた。言葉を失った私は、彼等をじっと見つめ続けた。私の目からは、哀願するかの様に涙がこぼれ落ちてきた。
途端に、魔法が解けて、私の足は前へと一歩を踏み出した。少年と目が合った瞬間、私の背中をまたもや恐怖が走り抜けていった。私の恐怖を感じ取った男が、少年に視線を送った。
「ぼくはジェイ。この少年はリアンです。こんな場所で待ち伏せするからには......よほど大事な用があるんでしょうね」
私の口の中はカラカラに乾いた状態で......言葉を口にする事が出来なかった。気付くと私の視線は......言葉を発するよりも先に......少年の姿を追っていた。
男は、私を見てため息を漏らした。男のついたため息と同時に〝リアン〟と呼ばれた少年の鋭い視線が私の体に突き刺さった。
「......リアンの事が、そんなに気になりますか」
私は緑色の瞳から、慌てて目をそらした。
この少年は......リアンは......とても美しい。けれど......もし私が近づきすぎたら......この少年は......私の体を容赦なく引き裂き......私の心を狂わせてしまう事だろう......この少年からは......とても危険な匂いが漂ってくる......とても危険な......香りが。
「今日は息子の命日なので、誰にも邪魔はされたくなかったのですが......」
男の顔には、哀しみしか感じ取れなかった。私は凍りついた笑顔を男に向けると、慌てて謝った。
「本当にすみません......今日が息子さんの命日だと知っていて......あなた達を待ち伏せしました。本当に申し訳ありません」
彼等は何も言わずに、ジョニーの墓の上に視線を落とした。そこには、彼等の手によって置かれた小さな花が供えられていた。それと同じ二つの花束は、まだ男と少年の手に握られたままだった。彼等が手にしている花は......誰の為なんだ?
私の横をすり抜けて、彼等は別の墓へと向かった。彼等が花を手向けた墓石には............
ティム・コナーズという名前が刻まれていた。ティム・コナーズは、ジョニーと同じ年の十二歳で亡くなっていた。私は反射的に男の方を見た。
男の年は確か......!ティム・コナーズと同い年のはず。一九五八年生まれのティムが、まだ生きていたとしたら......六十はとうに超えているはず......なのに、私の前で墓の前に立つこの男の横顔はどう見ても、二十代後半から三十歳位にしか見えない......
ジェイと呼ばれた彼と私が、ほとんど同じ年齢に見える事に気付き、膝が震えだした。
......ロンじいさんから聞いたあの話は......本当だった。私は『ゴクリ』と唾を飲み込んだ。そして、男の横に立つ少年の顔を、食い入る様に見つめた。
リアンと呼ばれた少年の肌は......透き通る程に白くて......とても美しかった。私が見ている事に気付いた(とっくにだが)少年が、口の端を上げて笑った。私は咄嗟に俯いた。俯いた先に見える靴を見つめながら、「何て愚かなんだ私は......」と心の中で呟いた。
そして私は、少年の美しさに惑わされ続ける自分に腹を立てていた。けれど......顔を上げると......そこには私を見つめる少年の瞳があって......私は何の抵抗をするでもなく......また少年の美しさに魅入られてしまうのだった............
私はこの少年の魔法にかかってしまったのだろうか?この魔法が......このまま消えないで、私の中に残ってしまったら......私は一体どうなってしまうのだろう。その時、私の中で(頭の中で)少年の声が聞こえた。きみは......と、その声は囁いた。
......きみはジェイに似ているね......
その声は......私の事を彼に似ていると言った後再び囁きかけてきた......
......きみは......と、その声は囁いた。
......きみは大人になりたくなかった子供......
──ああ......そうだ......
きみの言う通りだ......
ぼくは......けれど......私はこうして大人になった。私はもう子供には戻れない......
私は暫くの間、少年と心の中で話を続けた。男がふいに少年の腕を掴み「リアン......やめるんだ」と言うまで、少年は私に囁き続けた。男の一言で、魔法が消えた。
魔法が解けた瞬間......私に孤独が襲ってきた。
「話したい事がないのなら......帰ってもらおうか」男の瞳には、微かな敵意が宿っていた。私はもう一度、彼等に謝るとこの場所に来た本当の理由を話した。
「私の名前は......ロバート・キャンベル。母の名前は......ローラ・キャンベルです」
「ローラ」という言葉を聞いて、最初に反応したのは男の方だった。少年の口の端が少しだけ上がって私の方を見た。口の端を少しだけ上げて微笑むのは......この少年の癖なんだろうか?そんな事を、頭の隅で考えながら私は話を続けた。
「母は......まだ私が子供だった頃に亡くなりました。その母の墓石に......花を手向けに毎年やって来るあなた達に......私はどうしても会いたかった......会ってみたかったんです。母があの頃、恋をしていたという少年の顔を......母が好きだったと言っていた少年の顔を......私はこの目で見てみたかった............」
話し終えた時、少年は子供の顔で私を見て笑った。この少年には......こんな顔も出来たんだ......
そうか......だから母さんはこの少年に恋をしたのか......と思いながら私は男の方を見た。
男は私に微笑みかけると「あなたのその髪は......母親ゆずりなのか......ローラもとても綺麗な髪をしていた」と言った先から、心を遠い過去へと飛ばしていた。
この男の人が────
母さんの好きだった人......私にはこの男を好きになった母さんの気持ちが分かった様な気がした......
母さん............
私は思わず涙ぐみ......二人の視線の中で涙をぬぐった。男がポケットからハンカチを取り出し私に渡した。数分前まで、穏やかな目をして私の事を見ていた少年が、急に威圧的な態度で私の前に立ちはだかった。
「きみの思い出話に付き合っていたら、朝を迎えてしまいそうだ」
少年の冷やかな視線と、威圧的な態度に私はたじろいだ。
「......リアン」男が少年の名前を口にした。
「さぁ行こう......ジェイ」少年は男の手を取り微笑んだ。
......あぁ......そうだったのか......少年が愛していたのは......
闇の中で美しい少年の横顔が、男の顔を愛おし気に見つめていた。少年が愛していたのは......母さんではなく......彼だったんだ。
──私は──
私の前から永遠にいなくなってしまうだろう彼等の後ろ姿に向かって、言わなければならないと決心してきた言葉を発した。
「私が......私があなた達をここで待っていたのは......私が待っていた本当の理由は......」
その言葉に、少年は振り向き──私の中で囁いた──
......きみを連れていく事は出来ない......
......きみはまだ......本当の絶望を知らない......
......きみはまだ......本当の孤独を知らない......
暗闇の中から囁きかける少年の声が......だからきみを連れていく事は出来ない......と言っていた。闇の中で、見えないはずの少年の顔が、悲しみをたたえながら、私を見ているのが分かった。
「私は......また置いてきぼりをくらうのか............」
私の言葉に男の足音が止まった。
男は瞬きするよりも速く、私の側にやって来ると、私の耳元で囁いた。
きみの中の少年は──
リアンの美しさに心を奪われた。
......いつの時代も......
少年は少年に
恋をするものだ────
そう囁いた後、男と少年は漆黒の闇の中へと姿を消した。
もう......どこにも、彼等の気配は感じ取れない。もう......どこにも。
私は闇に向かって語りかけた。もしも......私が、またこの場所で......彼等に会う事が出来たとしたら............彼等は今と同じ姿をして、この墓の前に立っている事だろう。
十年後......二十年後......三十年後......四十年後......五十年後......もし。
もし......彼等に出会う事があったなら......
その時は────
その時は、今と変わらない姿のままの......
彼等と出会う事になるだろう......
彼等は時に逆らう者達。
時に逆らって生き続ける............
者達なのだから。




