風が攫っていったもの
────闇の静けさを破る様にして、庭に落ちた木の葉がカサコソと動き出した。
闇の中でうごめく者は、灯りのついた部屋の真下に佇み〝名〟を呼んだ。
木の葉が音を立て、何者かが近づいて来た。
「リアン......!どうしてここにいるの」
闇の中に浮かぶリアンの顔を見て、ジョニーは思わず後ずさった。
その顔は、ジョニーが今まで見た事のないリアンの顔だった。リアンが冷たく言い放った。
「きみこそ......どうしてこんな真夜中に?」
ジョニーはとっさに、庭をうろついていた訳を考えた。
「......犬が......隣ん家の犬が鳴いてたから......」
「ぼくには犬の鳴き声なんて、聞こえなかったけど」と言って、リアンが口の端を上げて笑った。
リアンは、もう、いつもの顔に戻っていた。
「あっ......ごめん。それって嘘なんだ......ちょっと眠れなくて......それで庭を散歩してた」
「暗闇の中を散歩?」
リアンの口の端が、また少しだけ上がった。
「リアンこそ......どうして真夜中にぼくん家の庭にいるの?」
ジョニーが心臓をバクバクさせながら言った。リアンはジョニーから灯りのついた二階の部屋へと視線を移した。
「彼に会いにきた」
「えっ!」
ジョニーを一瞥したリアンの、ダークブラウンの瞳がジョニーの瞳を捕え、妖しく光った。
リアンのダークブラウンの瞳は、赤みを増して妖しい光を放ったままジョニーの魂を捕えて離さない。
「......きみ......は誰なの?」ジョニーはそう言って少しだけ足を動かした。
リアンは妖しげな笑みをたたえていた。
「きみは......リアンなの?それともきみは......父さんの言ってたあいつなの............」
「ぼくに名前は存在しない」
風が、リアンの声を庭に落ちた木の葉と一緒に攫っていった。
「じゃあ......ぼくは......」とジョニーは言った。
「ぼくはきみの事をなんて呼べばいいの......」
ジョニーの声は、庭に落ちた木の葉と一緒に風が攫っていった。
「リアンは......父さんの事が好きなの?」
庭に落ちた木の葉がカサコソと聞き耳を立てている。
「ぼくは......リアンの事が好きだよ」
「......ぼくが好きなのは彼だ」
庭に落ちた木の葉が、カサコソと音を立てて逃げ出した。
「......リアン」ジョニーの目から、涙がこぼれ落ちた。
ジョニーの流した涙をリアンが指先でひろった。
「ジョニー、彼に会いに来た事は内緒だよ」リアンがいつもの、優しい笑顔をジョニーに向けて言った。
「リアン......」
「じゃあね、ジョニー。早くベッドに戻った方がいいよ」
「待って......リアン。行かないで。ぼくも連れて行って............」
ジョニーの声は木の葉のざわめく音によってかき消された。夜の闇に支配されてしまった庭から忽然と姿を消したリアンを追って、ジョニーは外へと飛び出した。
「ぼくも連れてって......リアン......リアン!」
ジョニーの声は涙でくぐもった。
暗闇の何かがうごめき、一瞬動きを止めた。その瞬間ジョニーは闇の中へと消えた。
リアンの名前を必死で叫んだ。
「リアァ──────ァン......」
ジョニーのリアンを呼ぶ声を聞いたジェイは、窓から身を乗り出して闇の中に目を凝らした。
「ジョニー!」ジェイは夜の闇に向かって叫んだ。
ジョニーを呼ぶジェイの声は、激しく軋むブレーキ音によってかき消された。激しい不安と恐怖に駆られながら、ジェイは夜の闇が支配する外へと駆け出していった。
闇の中でうごめく者は、ジョニーの顔を暫く見つめた後......その手でジョニーの目を閉じると静かに闇の中へ消えていった。
トラックの中から降りてきた男は、道路の脇に横たわるジョニーの姿には目もくれずに、少年の消えた闇の先を、声を出す事も動く事も出来ないまま、じっと見つめていつまでも立ち尽くしていた。
数日後──
庭で......リアンとジョニーは何を話していたのだろう......何も見えない漆黒の闇の中で......少年は庭から窓を見上げていたのだろうか。
ジョニーはどうして......庭にいたのだろうか。一体どうして......こんな事になってしまったんだろうか............
ジェイは溢れだす涙を拭おうともせずに空を見上げた。この空は......余りにも広くて遠い。
ジョニーが、この空の下に立つ日は、もう二度と訪れない......
私の大事なジョニーは......ジョニーはもう............どこにもいないのだから......
十二歳と八カ月......
ぼくの息子ジョニーは、十二歳と八カ月で、命を落とした。
ぼくの親友だったティムは......十二歳と十カ月で命を落とした。
サラ叔母さんも......もう何処にもいない。
父さんも......母さんも......息子も......もう何処にもいない......
ぼくは......とうとう独りぼっちになってしまった。ぼくの人生は、あの少年に操られているのだろうか。リアンと呼ばれたあの少年............
あいつに......
最後にあの少年の姿を見たのは、ジョニーの葬式の日だった。あいつの顔が、悲しみで歪むのを見た。
ぼくに気付いたあいつは、いつものあいつに戻って、ぼくの心を氷の刃で貫くと、一陣の風と共に姿を消した。