リアン
季節は移り変わり時は穏やかに過ぎていった。
ジェイにとってジョニーとの暮らしは、かけがえのない物となっていき、当時七歳だったジョニーはもうすぐ十三歳の誕生日を迎えようとしていた。
書斎の窓を少しだけ開けて、木の葉が風に浚われていく様をジェイは眺めていた。ドアの後ろで、ジョニーの呼ぶ声が聞こえてくる。ジェイは後ろを振り向き笑顔を見せた。
ジョニーもジェイに笑顔を返した。
「ねぇ父さん。ぼくの友達を家に連れて来ても良い?」
ジェイはぎこちない笑みをジョニーに向けた。父親が他人を家に入れたがらない理由を、ジョニーは知っていた。
それでも......ジョニーは、新しく出来た友達を、父親に紹介したかった。
「ねぇ父さん、いいよね」とジョニーは言った。
「リアンは、とても綺麗な子なんだよ」
「ジョニー、その子はお前のガールフレンドなのか?」
ジョニーは暫く間を置いてから言った。
「リアンは......男の子だよ。綺麗な顔をした男の子なんだ」
ジョニーの言葉に一瞬、息をのんだジェイは襲いかかる不安に身を縮めた。
「ジョニー......その子の話は......今度聞こう」
「父さん、一度でいいんだ......父さんに、リアンを紹介したいだけなんだ」
二人は沈黙の中で互いの目の奥を覗きこんだ。ジェイは短いため息をついて頭を振った。
「ジョニー......お前の気持ちは分かった。だが、父さんの気持ちも分かって欲しいんだ」
「父さん、そんなのズルイよ!」
ジョニーは勢いよくドアを閉めて走り去った。ジェイは取り残された書斎の隅で、じっと立ちつくした。
ジョニー分かってくれ......誰も家に入れてはいけないんだ。頭を抱え込む様にして、ジェイは何度も何度も、そう呟いた。そう......
誰も、家に入れてはいけない。
ジェイの直感が、そう囁いた......
吸血鬼を家に招き入れてはならない。
招かなければ......この家に入って来られないのだから────
翌日から、ジョニーはだんまりを決めこんだ。
ジョニー、ポテトのおかわりはしないのか?ジョニー今夜は父さんが腕によりをかけてご馳走を作るからな。何か食べたい物があったら、父さんに言ってくれ。ジョニー、明日父さんと出掛けないか?ジョニーこのゲームは面白いな、父さんと一緒にやらないか。ジョニー......ジョニー......
ジョニーのだんまりは何日も続いた。
「ジョニー......父さんはもぅ......」
ジェイは重い足取りで、子供部屋へと続く二階の階段を登って行った。
ジェイはドア越しに声をかけた。
「ジョニー......父さんの負けだ。何か......一言でもいいから喋ってくれないか......」
ドアが静かに開けられ、ジョニーは、勝ち誇った笑みを父親に向けて言った。
「リアンは、転校生なんだよ」
父親の顔が青ざめたのを、ジョニーは見逃さなかった。ジョニーは父親が、転校生を恐れている事を知っている。七歳の時、この家に来てからずっと、聞かされていたから。ジョニーは父親の反応を見守った。
「リアンはね、おばあちゃんと二人暮らしなんだよ。リアンが小さかった頃、父さんと母さんが亡くなって、今はおばあちゃんの家に住んでるんだ」
「......ジョニー......」
ジェイはやっとの事で口を開いた。
「お前は、その子の事をまだ何も分かってないんだろ」
「父さん、心配しないで。リアンはとっても良い子なんだ。父さんが心配してる様な事は、何も起こらないから」
......ジョニー。
ジョニーお前は......何も分かっちゃいない......
ぼくの知っている転校生は......ぼくの大事な二人の命を奪って......姿を消した。
もしかしたら......
あいつは......まだこのぼくを......いやジョニーを......狙っているかもしれない。
もそも、ジョニーの言っている〝リアン〟という少年があいつだったら────
ジョニーはひたすら〝リアン〟の事を喋り続けていた。
......ぼくはどうすればいい......
......ティム......
ぼくは......どうすればいいんだ......
「リアンはね、とても綺麗な男の子だから、クラスの女の子達は皆、リアンの事が大好きなんだよ」
ジョニーが言った。
ジョニーはもうすぐ十三歳になる。ジョニーは......十三歳にしては......少しばかり幼いかもしれない。ジョニーは......他人に対して、余りにも無防備すぎる......ぼくが心配しているのは......ジョニーが人を疑う事を知らないと言う事だった。
ジョニーは何の疑いも無く、人の心に入りこんで行く......それは、余りにも無防備だ。
......もしもリアンがあいつだったとしたら!?
「リアンはね、父さんに会いたがっていたよ。リアンが、父さんによろしくって言ってた」
ジェイの脳裏に少年の顔が浮かんだ。
「リアンはね、父さんに会えるのを楽しみにしてるんだよ。だからぼく、リアンに父さんを会わしてあげたいんだ」
ジェイは倒れてしまわない様、よろめく足に力を入れて両手を壁に押し当てた。
「父さん、どうかしたの?」
ジョニーが心配して父親の側にやってきた。ジェイの思考は不安にあおられて、行き場を失くしていた。
......まさかリアンは
......リアンはあいつなのか......?
「父さん......大丈夫?」
「......ジョニー」
振り向いたジェイは、壁を背にして崩れ落ちた。ジョニーは茫然として、父親の姿を眺めた。父さん────
「......父さん......ごめんなさい」ジョニーは唇を少しだけ噛んだ。
「ジョニー......父さんなら大丈夫だ......少し休めば良くなる......お前が謝る事はないんだ」
「......」
ジョニーは淋しそうな顔で父親を見た。
「ジョニー......リアンの話は」
「うん......分かってるよ父さん。リアンには......ちゃんと伝えとくから」
「そうか......」
ジョニーに背を向けて、ジェイは部屋から出て行った。静まりかえった部屋の中で────
ジョニーは膝を抱えて泣いた。
......リアン......
......リアン......
リアンの事を想うと、ジョニーの胸は痛んだ。痛みを忘れる為、ジョニーはもっと強く膝を抱えて身を震わせた。