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時に逆らう者  作者: 森島小夜
14/20

ジョニー

シンディと別れて、五年目を迎えた冬の日の朝──


ジェイはまどろみの中、電話の鳴る音で、うっすらと目を開けた。腕を伸ばして取った受話器の向こうで、シンディの声が聞こえた。久しぶりに聞くシンディの声は、切羽詰まっていた。


......ジョニーに......何かあったんだろうか?


「ジェイ私......シンディよ。久しぶりね......朝早くに悪いんだけど、玄関まで降りてきて欲しいの......」

ぼくは驚いてベッドから飛び起きた。カーテンを開けて二階の窓から下を覗くと、一台の白い車が道路の脇に止まっているのが見えた。


「シンディなのか?」


ぼくは慌ててパジャマの上から上着をはおり下の階まで降りていった。ドアを開けた瞬間......男の子の姿が目に飛びこんできた。

「ジョニー......なのか......?」

男の子は一言「そうだよ......」と言って黙った。


驚きの余り、ジェイの心臓は激しく脈打った。


ジェイは大きく目を見開き、目の前に立っている男の子の顔を見つめた。

「......ジョニー......」

「......ねぇ、中に入れてくれないの」とジョニーが言った。

ジェイは玄関のドアに手を掛けたままの状態で、戸惑いを隠しきれないといった顔をしてジョニーを見た。


「......ジョニー、母さんはどこだ」


ジョニーは黙って、白い車を指さした。白い車の中から、シンディが降りてきて、ジョニーの隣に立った。

「......ジェイ、この子をお願い......」

シンディがジョニーの背中に手をまわしながら言った。ジョニーの体が、一瞬ぴくりと反応した。


「ジェイ......あなたしかいないの......」

「シンディ、どういう事なんだ?」

「ジェイ......私に代わって、ジョニーを育ててほしいの......」

「なんだって......!」


シンディは青白い顔をジェイに向けると「お願い......ジェイ。あなたはこの子の父親でしょう」と言って顔を歪めた。


「......シンディ」


「ごめんね......ジョニー......」


シンディはジョニーの小さな体を抱きしめ震えた。シンディの腕の中で、小さな体は沈黙を守っていた。


「シンディ、ちゃんと話が分かる様に説明してくれないか」

「ごめんなさい......ジェイ」

シンディの背後で、クラクションを鳴らす音が響いた。その音を耳にしたシンディは、目にいっぱいの涙をためて駆け出した。


......何がどうなっているんだ......


ジェイは、シンディへの疑惑と怒りが入り混ざった顔で、車の運転席に座る男を見た。

あの男は一体誰なんだ?


男は、シンディがドアを閉めると同時に車を発進させて走り去った。ジョニーの視線が、走り去る車を目で追った後、ゆっくりとジェイの方へ向けられた。


......ジョニー......こんな時、ぼくは君になんて言葉をかけてあげれば良いんだろう......

ジェイが言葉を口に出しかけた時、ジョニーが言った。


「あの人は......母さんの恋人だよ」

「......そうなのか」

ぼくは間の抜けた返事を返した。


「......中に入っても良い?外は寒いから......」

ジョニーは表情のない顔を、ジェイに向けて言った。


「ああ......ごめん。遠慮しないで中に入ってくれ。今日から......ここがお前の家だ」


ジェイは精一杯の笑顔をジョニーに向けた。


ジョニーは一瞬だけ、はにかむ仕草を見せると、父親の後から部屋へと入って行った。部屋に足を踏み入れた途端、ジョニーは目の前の光景に驚き、立ち止まった。


その部屋は、ジョニーの写真で埋め尽くされていた。壁一面に貼られたジョニー......

赤ん坊のジョニー。はいはいし始めたジョニー。つかまり立ちするジョニー。公園で遊ぶジョニー。泣き顔のジョニー。笑っているジョニー。食べながら眠ってしまったジョニー。庭ではしゃぐジョニー。髪を短く刈り上げたジョニー......


ジョニーは父親の顔を見上げると「どうして......ぼくの写真がこんなにいっぱい飾ってあるの?」と訊いた。


「シンディに......いや......君の母さんに送ってもらってたんだ......息子の育っていく姿を......私も見てみたかったから......」

ジェイは側にあるテーブルの上から写真立てを手に取り、ジョニーに渡した。


「これが......父さんの一番お気に入りの写真だ」


そこには、初めて生まれた我が子を愛おし気に見つめる父の姿と、父を見つめる赤ん坊の姿が写っていた。


ジョニーはその写真を、しばらく見つめた後「......ぼく、父さんの顔は覚えてないけど......でも声は覚えてる......時々だけど......ぼくにはジョニー元気かって言ってる......父さんの声が聞こえてたんだ......」と言った。


ジョニーは父親の手に写真立てを渡すと、「父さん。ぼくの部屋はどこなの?」と言って微笑んだ。


ジェイの潤んだ瞳の中で、ジョニーの姿はゆらゆら揺れて、涙の中に消えていった。

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