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時に逆らう者  作者: 森島小夜
11/20

父さんの手の平

ここは......どこだろう......


ぼくを優しく包みこんでくれるこの光は......なんて......温かいんだろう......


この手は......誰のもの......?

この手は温かくて......優しくて......とても気持ちがいい......そして、ぼくを安心させてくれる......




優しい手のぬくもりが、ぼくを永い眠りから目覚めさせた。

「ジェイミー......」


ローラ......なのか?

ローラがぼくの名前を呼んでいる......

ぼくは目を開けてローラの顔を見た。


「ジェイミー!気が付いたのね......良かった......」

ローラの青い瞳が、涙で溢れている......ローラの手はぼくの手をしっかりと握りしめていた。

ローラの手のぬくもりが伝わってきてぼくはローラの手を食い入るように見つめた。


そうだ......サラ叔母さんと......ティムは?どこ?


ローラは美しい顔を曇らせて、悲し気に首を振った。


そうだ......そうだった。


二人はもぅ......


何処にもいない............



ぼくは現実から逃げる為に再び目を閉じた。

「ジェイミーだめよ!お願いだから目を開けて......」


「ジェイミー!」



ローラ......お願いだから、大きな声を出さないでよ。ローラ......ぼくは眠りたいんだ............

眠りたいんだ────────





その後──

ぼくが学校へ戻る事はなかった。ぼくはもう何もかもがどうでもいいと思う様になっていた。ぼくは心を病み、病院で一年間を過ごした。


その時の事は、よく覚えてはいないけど......

しばらくして父さんが、ぼくを病院から連れ出してくれた。


「こんな所に......お前をいつまでも置いとくわけにはいかないからな......」そう言って、父さんは父さんの知人が働いている、病院へと再入院させた。


「ここでなら、お前も自由に動けるだろう」

「父さん......ありがとう」

ぼくは心から父さんに「ありがとう」と言った。よく覚えてはいないけど......もう二度とあの部屋へ戻るのは嫌だった。


あの病院にいたら、ぼくはどうにかなってしまいそうだった......から......



新しい病院に移ってから、ぼくの心は少しずつだけど落ち着きを取り戻していた。

あんな事があったのに......ぼくの心は今、とても穏やかだった。


知らないうちにぼくの目から涙がこぼれ落ちた。


ぼくはパジャマの裾で涙を拭うと、ベッドからおりて、窓へと近づいた。

窓を開けようとしたぼくの手は震えていた......


この窓を開けたら、ピーターパンが入ってくるんだろうか............


あの日の様に窓から......


だけどあいつは、ピーターパンなんかじゃなかった。あいつは......ぼくから全てを奪い去ろうとしている者。あいつは今でも、ぼくをネバーランドへ連れて行こうとしている......


ぼくが淋しさに負けて、手を差し出すのを............あいつは


あいつは待っているんだ────




誰かが部屋に入って来た。

「初めましてジェイミー。今日から貴方の担当をする事になったセイラよ」

私の事は()()()と呼んでね。とその人は言った。


「うん、()()()よろしく......」


セーラはぼくの手を両手で包みこむと、優し気に微笑んだ。ぼくはセーラの手を離すと、窓の外を見つめたまま動かなかった。

「ジェイミー。窓を開けたいの?」セーラが訊いてきた。


「うん......窓を開けないと......ピーターパンが部屋に入ってこられないから」


セーラは、ぼくの事をかわいそうな子供だと思ったかもしれない。でももう......

そんな事どうでもいい......とぼくは思った。

「そう......ピーターパンを待ってるの」セーラは笑わなかった。


「......待ってるんじゃないんだ。ピーターパン(あいつ)がぼくを迎えに来るんだ」


どうしてそんな事を言ったのか、ぼく自身にも分からなかったけど......セーラは笑顔で、「そう......来ると良いわねピーターパン」と言って、ぼくと一緒に窓から外の景色を眺めた。

それからセーラは、ぼくにベッドへ戻る様に言った。


「今から体温と血圧を測るわね。それが終わったら、また窓を見てて良いわよ」


ぼくの部屋の窓は......ぼくが窓を開けない様にしっかりと固定されていた。

ぼくは......まだ信用されていないんだな......医者も父さんもセーラも、ぼくが窓を開けて飛び出すんじゃないかと心配してるんだ......


ぼくが窓を開けるのは......ピーターパンの手を掴む為。ぼくは──


どうして......こんな事ばかり考えてるんだろう。ぼくはおかしくなったんだろうか。

だったら......おかしくなったままでも、良いかもしれない......


ぼくにはもぅ、何もないんだから────────



数ヵ月後、ぼくは父さんの待つ家へと帰った。まだ病院へは通っていたけど、ぼくは目に見えて良くなっていると父さんは言った。

ぼくは嬉しくなって、父さんに抱きついた。父さんは照れくさそうにぼくの体を抱きしめた。


父さんの体は......びっくりする位細くなっていた。ぼくは思わず、父さんから体を離した。

「どうしたジェイ?もっと父さんの事をハグしてくれないか」

「うん。分かったよ父さん......」


ぼくの腕の中で、父さんの痩せた体は壊れてしまいそうだった......


「父さん......ごめんね」

「ジェイ......何を謝ってるんだ。お前は何も悪い事はしていないだろう」

「そうじゃないんだ父さん。そんなんじゃないよ......今まで、父さんに心配かけてごめんって......意味なんだ......」


父さんは何も言わずに、ぼくの頬を両手で挟んだ。


ああ......これって......



あの日、サラ叔母さんに両手で頬を挟まれた事を思い出して、ぼくの心が震えた。


「サラ......叔母さん......」


「......サラ叔母さん......ティム......ティム......」

「ティム............」


父さんは何も言わず、ぼくの体をきつく強く抱きしめた。




「......父さんティムは......ぼくの友達は、最高に良い奴だったよ......ぼくにはもう、ティムのような友達は二度と出来ないよ」


父さんは抱きしめていたぼくの体を、そっと離すと大きな手の平で、ぼくの頭を優しく撫でた。

「心配するなジェイ、ティムは」

ティムはいつだって、お前の(ここ)にいるだろう。

父さんは自分の胸に親指を押し当てて、笑ってみせた。


「ジェイ......これからは父さんがついてるから、お前は何も心配する事はないんだ......お前はもう大丈夫だ。父さんがお前の事を守ってやるからな」


父さんは痩せ細った体にぼくを引き寄せると今度は、優しく抱きしめた。


「父さん......父さん......」


ぼくは父さんの優しい腕の中で目を閉じた。

父さんは何度も、何度もぼくの耳元で囁いた。


「大丈夫だ......ジェイ」


お前はもう大丈夫だ......


......もう......大丈夫......だと。

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