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水偵ノ再設計ヲ提言ス

 1939(昭和14年)6月

 川西航空機・鳴尾工場


 横浜を出港した貨客船シャルンホルストは、極東航路の最終寄港地である神戸に到着した。

 フォークトがドイツで積み込んだ大量の貨物は、海軍が通関を強引に通して台船に移され、大阪湾を東進して武庫川河口に位置する川西航空機・鳴尾工場に届けられた。

 海辺に面したこの工場では九七式飛行艇を量産中であり、たまたま工場前の砂浜に引き出されてきた完成機に、貨物の荷受に立ち会っていたフォークトが目を向けた。


「ほう、とても優美な機体ですな」

「フォークト先生にお褒めいただき光栄です。わが社の自信作です」


 完成機は浜のスロープを降りて海面に浮かぶと4つのエンジンを順番に始動し、海上を長く滑走してゆっくり飛び立っていった。


「だが、これで満足していては時代に取り残されますぞ。

 失礼ながら、高翼パラソル・双尾翼形式では高速化が難しい」

「実は……いや、ご忠告、肝に銘じます」


 このときすでに川西航空機は次世代機を開発中であった。十三試大型飛行艇、後の二式大艇(H8K)である。前年夏に開発が始まり、高翼パラソルと双尾翼を廃して現代的な形状をもつ飛行艇が設計室で産声をあげていたのだが、軽々しく軍事機密を明かすわけにはいかず、川西の接遇役は言葉を濁した。



フォークトは貨物に視線を戻し、ドイツから随伴してきた工員に指示を下した。


「さあ、荷解きして急いで組み立ててくれ。一刻も早く、これが飛ぶ姿を日本人に披露するのだ」


貨物の中身は、船内に収まるように分解されたBV141Aとその治具である。フォークトはこの機体の売り込みを諦めていなかった。そのためには、実際に飛行する姿を見せ、機体性能を証明する必要がある。


 ◆ ◇ ◆


 翌週、フォークトは工場内で十二試三座水偵のモックアップ(※実物大模型)の前に立ち機体外観を検分していた。川西が作成した二機の試作機は横須賀の海軍航空廠に引き渡し済みであり、工場に実機は残っていない。


 新開発の三菱金星エンジンの直径にピッタリ合わせてカウリングした機首から操縦席に続く胴体は、空気抵抗を極力減らすために徹底的に絞り込まれている。操縦席から後方は直線的なラインを描いて細くなってゆき尾翼に繋がっている。

 主翼は折り畳み機構を備えたテーパー翼で、折り畳み側にはエルロン、胴体固定側の下面には二段フラップを備えている。この二段フラップは当時最先端技術であり、野心的な設計の機体である。


「フォークト博士、気になる点はありますか?」

「美しく引き締まった機体だ。意欲的に新技術を取り入れている。問題は、性能を追求しすぎて設計上の余裕を削ぎ落としてしまったことで、手直しや発展性の余地を潰していることである」


 その指摘に設計班員の顔が引きつった。

 海軍の性能審査で明らかになった高速域における主翼フラッター発生や飛行安定性の悪さに対し、設計班は構造材の補強や尾翼の大型化で対応を検討しているが、余裕を無駄とみなして極限まで削ぎ落としたことが仇となり、設計に一箇所手をいれると、他の箇所の修正も必要となり、それがさらに他の箇所へと波及して手が付けられない状態になっていた。


「すでにお伝えした問題を解消したいのですが、ご助言をいただけませんか」

「ドイツから日本まで一ヶ月の船旅の間、渡された設計図や計算書をじっくり検討したが、フラッターには主翼形状の見直しと補強、飛行安定性については胴体後部の形状見直しが必要である」


 根本的に解決するには、フォークトの指摘通り機体全体の設計見直しをすべきだが、それには膨大な空力計算、強度計算のやり直しを伴う。計算尺による手計算しかないこの時代では、どうしても人員と時間がかかる。川西にも海軍にもそのような余力や時間がなかった。そこでなんとか小手先の改修で解決すべく、フォークトの知見に期待するところが大であったのだ。


「形状の再設計ではなく、部分改修でなんとかしたいのですが」

「残念ながら、余裕のないこの設計では困難である」


 問題の根本原因を見抜くフォークトの力量には感嘆したが、手直しの余地なしと死刑宣告されことで絶望的な気分となった設計班の面々であった。


 部屋に気まずい沈黙が漂う中、廊下からバタバタと足音が近づいてきた。




 勢いよく扉を開けて入ってきたのは、川西財閥総帥の川西清兵衛である。

 部屋の中をさっと一睨みして空気を読むと、大声で喝を入れる。


「なんや、設計陣が雁首揃えて辛気臭い顔しよって。しゃっきとせい!」

「お祖父様、いきなりお目玉なんて」


 後から入室してきた飛行服姿の若い女性が、川西総帥をたしなめた。

 工場に搬入したBV141Aの組み立てが完了して展示飛行(デモフライト)の準備が整ったので、フォークトが川西総帥を呼び出したのであるが、予期せぬオマケが付いてきた。


「フォークト先生、これはわての孫や。女だてらに飛行機乗りのジャジャ馬で、先生がドイツから持ち込んだ偵察機の展示飛行を見たいと付いてきよった」

「あら、お祖父様。()()()のではありませんわ。()()()()のです」

「アホか、そないなこと許さへんぞ。ほら、フォークト先生に挨拶せい」


 彼女はフォークトの前に進み、カタコトのドイツ語で挨拶する。


「はじめまして、フォークト様。私は川西かつ江です」

「はじめまして、川西嬢。リヒャルト・フォークトである」


 川西嬢は、手に持っていた飛行帽を頭に被った。


「フォークト様。飛行機の操縦席へ私をエスコートしてくださいませ」

「承知した。我がBV141Aにて、貴女を空の旅にお連れしよう」


 通訳を介して両名の会話を聞いた川西総帥が、慌てて怒鳴った。


「こら、かつ江!許さんぞ」


川西の令嬢は史実モデルがいない、創作キャラです。

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