フォークト博士、再ビ来日ス
1939(昭和14年)5月下旬
横浜港
フォークト博士は大量の貨物とともに極東航路の貨客船シャルンホルストに乗船してドイツを発った。フォークトにとって六年ぶりの日本再訪である。
船はハンブルグを出港後、オランダ、英国、イタリアに寄港し、スエズ運河を抜けてコロンボ、シンガポール、香港、上海と進み、5月23日正午に横浜に入港した。この貨客船シャルンホルストにはその後に数奇な運命が待ち構えているのだが、ここでは語らない。
「フォークト先生、ようこそ日本へ。
我が川西航空との技術提携、ほんま有り難いこっちゃ。
滞在中に不自由なことがあったら言うてや。酒でも女でも何でも用立てまっせ。
この清兵衛にまかせなはれ」
下船するフォークトを出迎えた初老の男は、つかつかと歩み寄り一気に関西弁でまくしたてた。大阪実業界の大物、川西財閥総帥の川西清兵衛である。通訳を介して挨拶内容を理解したフォークトは日本語で挨拶を返した。
「セイベイサン、ハジメマシテ」
「おや、日本語がお上手でんなあ」
「ニホンゴ、ムズカシイ。スコシ、ワカル」
「それだけわかれば十分や。ほな、長旅でお疲れのところ悪いんやけど、場所を移して仕事の話をしよか」
一行は車に乗り込むと、港からほど近いホテルに向かった。
川西総帥はせっかちである。フォークトがホテルにチェックインして旅装を解くと、さっそく会議を始めた。
「技術提携の内容を確かめたいんやけど」
「現在開発中の水上偵察機について、私、フォークトが技術的助言を与える。
さらに、我がハンブルガー社が開発した航空機のライセンス生産を提案したい」
「ほう、どんな機体や」
フォークトは書類鞄から大量の写真と青焼き図面をテーブルに拡げて説明する。
「まずはHa139。世界最大の水上機である。逆ガル翼、四発、双フロート機で全長20m全幅29m、航続距離は4900km。アゾレス諸島とニューヨーク間の大西洋横断飛行に成功した」
「ふむ。その大きさならば飛行艇の方が良いのではないか?」
「飛行艇にするとカタパルト発進が出来ないので、水上機にしたのだ」
「なるほど」
川西総帥は軽く流したが、艦上からカタパルト発進する四発大型機というコンセプトがそもそもオカシイ。
「次に、Ha140。水上雷撃機である。二発、双フロート機で全長17m全幅22m、航続距離1150km」
「先のHa139を小さくしたような機体やな。雷撃機となると、海軍さんの注文次第やなぁ」
「次に、BV138。三発、双胴の飛行艇で、全長20m全幅29m、航続距離は4000km」
「三発目の中央エンジンの配置が無理矢理やないか」
「当初は二発の計画だったのだが、予定のエンジンが開発遅れで、やむなく既存の別エンジンにしたところパワー不足だったので三発に設計変更したのだ」
「わてらもエンジンに泣かされることが多いですわ」
二発が三発になったらもはや別の機種である。フォークトの設計能力があればこその無茶といえる。実は中央エンジン配置が失敗した場合に備えてP.111という代案機も設計していた。それはエンジンを右翼に1つ、左翼に2つ配置した非対称機である。それがBV138となった可能性もあったのだ。
「次は、BV222。超大型飛行艇である。単葉高翼、六発、全長37m全幅46m、設計は完了しており建造中である。航続距離は6000kmを予定している」
「こ、これは……」
あまりの巨大さに川西総帥は絶句した。当時現役の九七式飛行艇は全長25m全幅40m、後の二式飛行艇でも全長28m全幅38m、米国の大型爆撃機B-29の全長30m全幅43mと比べてもひと回り大きい。超大型飛行艇はBV222以外にも多数が計画・試作されていたが、まともに飛行でき、第二次大戦で実戦投入された飛行艇としては本機が世界最大である。
「両翼の補助フロートの設計に注目いただきたい。フロートを縦に二分割し、左右に分離して主翼に引き込み格納する」
「はぁ……空気抵抗を減らすにはそうするのが一番だろうが、そこまでしなくても」
「このフロート機構は特許申請中である[*1]」
フォークトご自慢の機構だが、はた目にはとんでも系のギミックである。
「最後はBV141。偵察機である。単葉中翼、単発だが操縦席は右翼上に設けて視界を確保した」
「……これはほんまに飛びまっか?」
「無論である。試作機を船の貨物で運んできたので、後ほど飛行する姿をお見せしよう」
「う、うむ」
かくしてフォークトのプレゼンは終わった。
ライセンス生産は一件も成立しなかった。
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*1 米国特許2,204,457 Float system
1937-07-12出願、1940-06-11登録
https://patents.google.com/patent/US2204457A/
https://patentimages.storage.googleapis.com/cf/ce/ef/37920b3a9a2458/US2204457.pdf
ドイツ兵器のジョーク
【こうするしかなかったのはわかるが、そこまでしてやる理由がわからない】
フォークト博士が設計した航空機はだいたいそんな感じ。