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フォークト博士ト面談ス

 1939(昭和14年)2月

 ハンブルガー航空製造、応接室


 リヒャルト・フォークト博士はハンブルガー航空製造の筆頭技師だが、日本と縁がある人物である。


 1922年までシュトゥットガルト大学の航空機/自動車システム研究室で研究助手をしながら博士号を取った後、1923年に28歳で来日して以後十年間、神戸の川崎航空機にて航空機設計を指導していたのだ。


 同時期に来日したのは、三菱航空機[*1]にアレクサンダー・バウマン教授、中島飛行機にアンドレ・マリー技師とマキシム・ロバン技師、石川島飛行機[*2]にグスタフ・ラハマン博士である。フォークトを含むこれら航空技術者の招聘は日本政府の国策であった。

 当時のドイツは、ヴェルサイユ条約により空軍保有禁止・軍用機製造禁止などの規制下にあり、日本の招聘はドイツの航空技術者にとって魅力的であった。その後1933年にナチス政権により空軍再建が始まると、フォークトはドイツ本国に呼び戻され、現職であるハンブルガー航空機製造筆頭技師のポストが与えられた。


 フォークトは、訪ねてきた日本の海軍武官と友好的に接し、日本の川崎勤務時代の思い出を語った後、川西航空の水上偵察機開発への指導を武官が要請すると、快諾した。


「宜しい、日本へ行こう」

「ありがとうございます。こちらのお仕事に差し支えはないですか?」

「数ヶ月間ぐらいなら構わんよ、弟子たちもそろそろ独り立ちさせねばならんしな。そういえば川崎時代の弟子だった土井君は元気に仕事をしておるかね?」

「川崎航空機の土井武夫技師は、陸軍の戦闘機を開発しております」

「日本で土井君の仕事も見たいし、できれば我社の飛行機を日本に売り込みたいですな。サンプルを船便で送っても良いかな」

「万事、取り計らいます」

「問題の水上偵察機開発については、我社と川西航空が技術提携する形とすれば良いのだな?」

「はい、本国からの指示ではそうなっています」

「契約条件については社長と話してくれ。私は飛行機が作れれば良い」


 フォークトは根っからの技術者であり、権力や金銭には執着しないタイプである。飛行機バカの類なのだ。


「ではハンガーへ行き、我社の飛行機を見ていただこう」


 この時期のフォークトは六発大型飛行艇と単発偵察機の開発を手がけていたが、偵察機の採用が怪しくなっていた。その機体を見せながら武官に愚痴をこぼした。


「RLM(ドイツ航空省)のバカ共は、このデザインの合理性が理解できんのだ」

「これは……斬新なデザインですね」


 武官は、見せられた飛行機の奇天烈な形に度肝を抜かれた。

 低翼単葉で機首にプロペラを配置した単発機だが、ゴンドラ状の操縦席が()()()()()()()()()

 これが世に名高い非対称機BV141である。


「単発機はプロペラトルクとプロペラ後流の処理が厄介だが、この非対称デザインはそれをスマートに処理できるのだ。トルクによる左ローリングを右翼操縦席の重さで均衡させ、後流による左ヨーイングを右翼操縦席の空気抵抗で抑える」

「なるほど……」

「空中だけではないぞ、離陸時も当て舵が不要となり双発機のようにスムーズだ。まさに一石二鳥である」

「素晴らしい……ですね」

「これは私が長年温めていたアイデアでな、数年前に特許申請[*3]もしておる」


 RLM(ドイツ航空省)の開発要求は『良好な視界を持つ単発三座偵察機』である。

 非対称デザインはこの要求にうってつけで、胴体に邪魔されず前後上下に良好な視界を得ることができた。見た目から心配される空中安定性や操縦性についても良好であり問題はなかった。

 フォークトにとってBV141は会心の作品だったが、RLMの反応は芳しくなかった。


 この開発要求にはフォークトのハンブルガー社の他にフォッケウルフ社とアラド社が名乗りをあげ、三社の競争試作となっていたが、RLMはフォッケウルフ案の採用に傾いていた。フォッケウルフFw189は速度・航続距離ともにBV141より劣っており、しかも双発機である。単発という要求を満たしていないのだ。

 それは道理が通らぬとフォークトは憤慨していた。


「要求仕様を満たし性能も勝っているのに、RLMのバカ共は何を迷っておるのか!」

「このデザインを受け入れられない、頭の固い役人には困ったものですね」


 武官はお愛想を言いつつ、RLMの担当者に心底同情した。航空力学的に正しい形状であっても、この形は見るだけで不安になる。絶対に乗りたくない。

 そんな武官に対してフォークトは軽い気持ちで提案をした。


「そうだ、君もこれに乗ってみるかね」

「えっ」

「よし今から飛ばそう、三人乗りだから君は座っているだけで良い」


 武官はひきつった笑顔を浮かべたまま、操縦席に連れ込まれた。


 --------------------------------------------------------------------

 *1 「三菱航空機」は、後に三菱造船と合併して「三菱重工」になりました。


 *2 「石川島飛行機」は、後に「立川飛行機」と改名しました。


 *3 ドイツ特許第685480号 Flugzeug mit einem oder mehreren Motoren

  1935-05-16出願、1939-12-18登録

  https://patents.google.com/patent/DE685480C/


史実におけるフォークト博士来日年は1923年説と1924年説の2つがあります。

本作ではwikipedia記載の1923年説を採っています。

https://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Vogt_(aircraft_designer)


BV141(A型)が実際に飛行している様子が下記の動画です。

空中安定性や操縦性が良好であることがわかります。

https://www.youtube.com/watch?v=V9GqxOAofio


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