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Lost~従者と主人~

作者: ふぃあな☆彡.。

今回が初の投稿になります。素人故にところどころおかしく感じる部分があるかもしれませんが、予めご了承ください。

今日はとても爽やかな風が吹き、暖かな陽光が館を照りつけている。空いた窓から見える春を思わせる景色に、長かった冬もそろそろ終るのだろうかという思いが頭を過ぎる。と、私、レミリアことレミリア・スカーレットの部屋の扉を叩く音がした。

「お嬢様、おはようございます。紅茶をお持ちしました」

私の一日は紅茶から始まる。私ですらよくわからないが、紅茶のおかげで血液を摂る必要がなくなった。周りから見れば「ティータイム」だが、私にとっては立派な「食事」なのだ。でもさすがに紅茶だけというのも飽きるので、一応朝昼晩の食事は人間が食べるような料理を少量食している。

「ありがとう、入ってちょうだい」

「失礼します」

私の部屋の扉を開けたのは銀髪に青の入ったメイド服を着た少女だった。この子の名前は十六夜咲夜。十年程前に紅魔館裏の森をさ迷っているのを偶然見つけて紅魔館に連れてきたのだ。メイドにすると元々あった能力を発揮して、今では紅魔館のすべてのメイド妖精をまとめる「メイド長」にまでなった(メイド妖精は基本紅魔館の手入れをする妖精で、現在百ほど紅魔館に住んでいる)。私の愛すべき家族の一人である。

「そこに置いておいてちょうだい。今はちょっと外を眺めていたいわ…」

ベッドの近くの机を指さして視線を庭に向ける。私の部屋は庭に面しており、広大な庭園を見渡すことができるのだ。それを聞いて咲夜は頷く。

「分かりました。では私は朝食の準備をして参りますね」

咲夜はそう言うと、恭しく頭を下げて退室していく。私の部屋の窓枠に二羽の小鳥が並んで止まった。その愛くるしい姿に、私はしばらく見入るのであった。




お嬢様に紅茶をお持ちした後、私は朝食を作るべく紅魔館のキッチンに来ていた。

「今日は何にしようかしらね…」

とりあえず私はキッチンに取り付けてある大きな冷蔵庫を覗き込む。

(まぁ…一応食材はきらさないようにしてるし…迷うわね…)

と、私が冷蔵庫と睨み合っていると、キッチンに入ってくる足音が聞こえた。

「あ、妹様、おはようございます」

「ふわぁ…おはよぅ…咲夜ぁ」

とてもねむそうに目を擦りながら妹様がキッチンに入ってくるところだった。吸血鬼は本来夜行性だが、妹様が「お姉様が起きるなら私も起きる」と言って聞かず、最近はこの早い時間に起きるようになっている。そこで私は思いつきで妹様に聞いてみることにした。

「妹様、本日の朝食は何が食べたいですか?」

すると妹様は少し悩んでから言った。

「フラン、目玉焼きが食べたい!」

「ふふっ、そうですか。分かりました。本日は目玉焼きと、少しおかずをつけましょう」

私は妹様の笑顔に思わず笑がこぼれるのを感じた。お嬢様と同じのカリスマを持っていらっしゃる…。私は棚に卵があるのを確認し、調理に取り掛かる。お嬢様曰く、幻想郷に越してきてからの食事の内容は大きく変わったそうだ。日々現在進行形で変わる食事に伴って私も料理の学習をし、今では日本食に西洋食に、幅広く作れるようになった。

(さぁ、始めますか…ん?)

と、ふと妹様に目を向けると、ふらふらとキッチンを出ていくところだった。私はその様子に二回目の笑をこぼし、朝食の準備を始めるのだった。




紅魔館のダイニングにて。ここには紅魔館の妖精メイド以外の紅魔館の住人全員が集っていた。

「それじゃいただきましょう」

紅魔館の主として、私は言う。

「いっただっきまーす!」

真っ先にフランが食べ始めた。よっぽど待ち遠しかったのか、目の前の目玉焼きに食い付いて、咲夜の目玉焼きが相当美味しいのか可愛らしい笑を浮かべている。それだけでダイニングの空気は明るくなった。さすが私の妹だ。すると、咲夜が言った。

「本日は非常に良い天気ですし、久しぶりに皆でピクニックに行きませんか?たまには羽を休めるのも良いかと思いますよ」

「そうねぇ…私もあまり外に出ないのは体に悪いかしら。いいわね、その話乗るわ」

一番に引きこもりのパチュリーが賛成した。日頃からは想像もつかない意見だっただけに、私は内心吃驚していた。

「フランも皆とピクニックいきたーい!」

「そうですね、最近お嬢様も働き詰めですし、いいと思いますよ」

フランと美鈴も賛成した。

「ではお嬢様、どう致しますか?」

そう咲夜が笑顔で問いかけてくる。

「分かったわ、皆が行きたいなら行きましょう、ピクニック。場所は…そうねぇ…確か博麗神社の奥の方に大きな平原があったはずよ。そこでいいかしら?」

そう言うと皆嬉しそうに首を縦に振る。仕事が残っていない訳ではなかったが、たまには皆と過ごすのもいいかもしれないと思った。

「それじゃあ朝食を食べ終わったあと、各自準備をしてくださいね。お昼前に出ますからね」

そう咲夜がこの話を締めくくった。皆ピクニックが楽しみなのか、皆の笑顔は期待に満ちていた。それは私も例外ではなく、この先待っているであろう楽しみに思いを馳せた。




「ふぅ、つきましたね」

隣で咲夜がそう言う。

「そうね、とっても広い平原ね、紅魔館の裏の森よりも広いんじゃないかしら」

ここには普段は来ないので、その広さに私は圧倒される。隣を歩くフランは日傘を差していないが、私とフランはパチュリーに日光を遮断する魔法をかけてもらっているので、差さなくても大丈夫なのだ(それでも私は差しているが)。と、平原を一緒に探索しようとしていたフランとパチュリーに咲夜が声をかける。

「お二人共、先ずは昼食にしましょう。本日は【サンドイッチ】を作って参りましたよ」

そう言って咲夜はひとつ指を鳴らす。すると一瞬でシートの上に乗ったお弁当が柔らかな草の上に現れた。と、初めて見たサンドイッチに興奮しているのか、駆けてきたフランが目を輝かしながら言う。

「これ【サンドイッチ】って言うの?凄く美味しそう!」

フランは初めて見るが、ほかのみんなは食したことは幾度かある。

「へぇ…さすが咲夜さんですね。とても綺麗な仕上がりですね。私もこれくらい上手に料理ができればいいんですけど…」

美鈴も目の前の美味しそうなサンドイッチを見て咲夜を褒める。やはり咲夜は完璧なメイドだ。プロ顔負けの綺麗な仕上がりになっていると、料理が素人な私にも分かった。…いずれできるようになるもん。

「では皆さんいただきましょう」

皆がそれぞれサンドイッチを手に取り、頬張る。卵、ハム、とんかつ…実にいろんな種類がある。私は卵サンドを一つ手に取り、食べる。ほのかな甘みがゆっくりと口の中に広がった。




あれから少し経った。今はお嬢様と日陰で休んでいた。少し離れたところで、妹様と美鈴とパチュリー様がバレーをして遊んでいる。妹様はみんなでするバレーに夢中になっていらっしゃるようだ。美鈴はさすがの巧みな体捌きでどんなボールも拾い上げている。パチュリー様は日頃の運動不足が響いているのか、一つ一つのボールにつまずいて、二人に笑われている。と、隣で同じくそれを穏やかな表情で見ていたお嬢様が口を開いた。

「咲夜、ちょっと私もバレー、してくるわ」

私は少し驚きながらもそれを外面に出さず、微笑んで返す。

「はい、行ってらっしゃいませ」

お嬢様はそれを聞くと、三人のいる方へ駆けて行った。お嬢様も最近変わった気がする。私がまだ紅魔館に来たばかりの頃は、たとへ身内であっても自ら集団に入っていくようなお方ではなかったと、幼いながら理解していた。

「珍しいわね、あんた達がこんな所に来るなんて」

と、後ろから話しかける声があった。

「あら、霊夢。さっきからの気配はやっぱり貴方だったのね。今はピクニックに来ているのよ。お嬢様は最近働きすぎって思ってね。私が提案したのよ」

「あんたねぇ…他人より先に自分の心配をしなさいよ。五人の三食とレミィとフランの紅茶を作る、すべてのメイド妖精の指示、食材の買い出し、フランの遊び相手、レミィの仕事の補佐…諸々あんたが全部一人でしてるのよ。今もずっと周りに警戒してたでしょ。もっと自愛なさい」

呆れたようにそう言う霊夢に、私は微笑んで返す。

「あら、霊夢、よく私のことを見ているのね」

「なっ、そんなんじゃないわよ。あんた殴るわよ?」

慌てる姿がとても可愛くて思わず小さな笑いをこぼした。

「ふふっ…いいのよ、私は。私がお嬢様に貰った恩はとても大きいの。だからお嬢様になにかできればって思う。それに、紅魔館のみんなと過ごすだけでも、とても楽しいわ」

「まぁ…あんたがそう言うならいいけど…」

そこからは私たちの間にしばしの静寂が訪れた。二人でお嬢様の加わった四人のバレーを眺める。今お嬢様がボールを取り損ねて転んでしまった。するとバレーをしていたほかの三人の笑い声が聞こえてくる。と、霊夢が微笑して言う。

「…とても楽しそうね」

「えぇ、そうね。霊夢…私、何があってもこの景色を守り抜いてみせるわ。必ず…。霊夢にも感謝しているわ。幻想郷に済ませてもらってね」

「なっ、何言ってるのよ!ほら、あんたも入ってきなさい。せっかくピクニックに来たんだから思いっきり遊んできなさい。警戒は私がしておくから。ま、今この幻想郷に警戒するほどのものはないけどね」

ほんと霊夢は素直じゃないんだから困ったものだ。霊夢はなんだかんだいって優しい。

「えぇ、行ってくるわ。ありがとう、霊夢」

私は霊夢に見送られながら四人の輪にかけていく。今、今度はパチュリー様が転んでしまった。




日が大分傾き、そろそろ山に沈みそうだ。まだあれから全然経っていない気がするのだが、やはり楽しい時間は早く過ぎてしまうのだと実感した。少し寂しさもあったが、私は四人に声をかける。

「それじゃあそろそろ帰りましょう。片付けるわよ」

するとフランが唇をとがらせてこっちを見てくる。

「えー?もう帰るの?フランまだ遊びたい!」

「フラン、そんなこと言わないの。気持ちは分かるけどもう帰らなきゃ。また遊んであげるから、ね?」

「…うん…」

なんとか納得してくれたようだ。楽しかった時間が終わってしまうのが寂しいのはフランも同じなのだろう。と、私はあることを思い出した。

「咲夜、さっきの木の下に日傘を置きっぱなしにしていたから取りに行ってくるわ。荷物をまとめていて頂戴」

「はい、分かりました」

そうして私は皆の元を離れる。日の沈む山の方角を見ると、少し遠くの空を二羽の烏が並んで飛んでいる。私の真上の空にはうっすらと白が彩られ、日に近づくほどその白に赤を混ぜていた。ふと朝に見た小鳥のことを思い出した。

(長く生きられない生き物なのに…こんなにも愛おしく見えるなんて…私も変わったわね)

そんな思いに耽っていると、先刻の木の下に辿り着いた。私は日傘を見つけると、それを手に取る。と、私は木の根元に光るものがあるのを偶然見つけた。

(…何かしら…これは…)

よくよく見ると、それは球体状の水晶みたいだった。それが夕日に照らされて光っていたのだ。私はそれを拾い上げる。するとそれは突然一瞬だけ強い光を放ち、私の手から綺麗に消えてしまった。その瞬間、私は視界がぐらつくのを感じた。脱力感が襲い、立っていられなくなる。しかしそれもすぐに収まった。

(何かしら、久しぶりに体を激しく動かして疲れているのかしら)

私は不思議に思いながら先程の水晶玉を探したが、終に探し当てることはできなかった。

「お嬢様~、出発の準備が整いました」

遠くから呼ぶ咲夜の声に、私は水晶玉探しを諦めることにした。とても不思議な体験をした、後でフランにでも話してあげようかしら。そんなことを思いながら私はみんなの元に小走りで向かった。もう日が沈む。昼はこんなに晴れたのだ。今夜は美しい月が見えるだろう。




時刻は零時を回っていた。私は自室のベッドの上から、硝子を通して見える月を眺めていた。今日は綺麗な緋をしている…長い夜になりそうだ。緋が見せる幻想的な景色に、私は眠れずにいた。紅はいい。私の全てを包み込んでくれるような情熱的な紅は、私を現実の時間から引き離して癒してくれるようだ。眠れずにいた、と言ったが、吸血鬼が夜に眠るとは実に滑稽な話だと自身でも思う。でも夜は霊夢も誰も起きていなく、とてもつまらないから仕方ないのだ。今は一人で月を眺めているが、部屋に一人でいる訳ではない。私の膝の上ではフランが天使のような笑顔で幸せそうに眠っている。フランが私と久しぶりに沢山お話したいと言い出したので私の部屋で話してたのだが、そのまま眠ってしまったのだ。私はその天使の頭を撫でる。それに伴ってフランの口元が僅かに緩んだ。私はその様子に思わず声を出さずに笑う。


こんな穏やかな時間がずっと続けばいいと思っていた―――続くんだと信じてやまなかったーーーーーー


突然その出来事が、この部屋の静寂が破った。先ず紅魔館が激しく揺れた。いや、紅魔郷「そのもの」が揺れている。私がその事態に固まっていると、紅魔館前の野原が突然割れた。それは一本の線ではなく、ひとつの地点を中心にしてヒビが入っており、その中心が盛り上がってきている。そこから黒いもやが…なにか良くないものが這い出してきていた。私は依然としてその事態が飲み込めずにいた。膝の上で寝ていたフランも驚いて飛び起きる。

「な…なに…?お姉様…フラン怖い…」

「大丈夫よ…私がいるわ」

怯えているフランを抱きしめてそっと言う。ヒビの入った地点を見ると、先程言った「何か」が地面から依然として這い出していた。しかし先程よりスピードが速い。周りの木がなぎ倒され、そこにとまっていた鳥たちが一斉に空へ飛び上がる。そして漸く地震の元凶が姿を見せたようだ。私は最初その姿が信じられなかった。しかしここはすべてを受け入れる幻想郷。何が起こってもおかしくないのだ。私が見たその姿はーーー



その姿を一言でいうならば「ドラゴン」だろう。しかし、普通のドラゴンと違い、「それ」には実体が無いように見えた。なにか黒い煙が集まって出来ているような、そんな体を持っている。

「お嬢様!ご無事ですか!」

突然開け放たれた扉から姿をあらわしたのは、咲夜だった。

「えぇ、私は大丈夫。咲夜は妖精メイドの避難を誘導してちょうだい」

しかし、私の指示を躊躇っているのか、咲夜はそこから動こうとしなかった。

「…私は大丈夫よ。行きなさい」

「…はい。お嬢様…ご無事で」

そうして咲夜は走って私の部屋から出ていった。今はドラゴンはまだ顔しか出ていない。とするとこの揺れは…ドラゴンが今度は胴体を出そうとしているというのか。

(くっ…完全に出てこようとしている…いや、それよりも…もうこの館は限界ね…)

ドラゴンによる揺れで、紅魔館は崩れ始めていた。

「フラン、私にしっかり捕まっていなさい」

私はそうフランに言うと、右手に魔力を収束させた。そしてそれを形作る。

「グングニルッ!」

私は槍の形に作ったそれを部屋の天井に投げつける。その後上へ投げられた槍は外まで大きな穴を穿った。空では綺麗な星が空の紅を照らしながら瞬いている。緊迫した事態に似つかわしくない穏やかな空だ。しかしそれどころではない。私はフランを抱きしめて、天井の穴から空へ飛び上がる。上空から改めてドラゴンを見ると、その大きさに圧倒される。顔の大きさからして、胴体は紅魔館から博麗神社まで楽に届くのではないかと思うほどだった。それの持つ大きな牙でさえ、一つ一メートルはありそうだ。眼下では紅魔館が地震の影響を受けて揺れている。私は皆の避難が間に合っているように祈りながら、目の前のものに目を向ける。

「お姉様、フラン飛べるから大丈夫だよ」

腕の中におさまっているフランが私を見上げて言う。

「…そうね、おろすわよ」

そう言って私はフランを優しくおろした。するとフランは綺麗な虹色の羽を広げて滞空する。そして不安そうにドラゴンを見やった。私はドラゴンについてもうひとつ知りたいことがあった。それは…

(このドラゴンに敵意があるのかどうか…)

もし敵意があるなら、紅魔館の主として皆を守る責務がある。私は幻想郷に来て変わった。自身の力を誇示しないようになった。他人と明るく接することができるようになった。弱者を護りたいと思うようになった。そして…すべてを愛でるようになった…このドラゴンも…

(平和的に済めばいいけど…)

でも敵対してきた時はその限りではない。私はみんなの命を優先することを選択する。ついにドラゴンがその姿すべてを現した。その姿は霊峰に住まう雷龍を思わせる荘厳な姿で、近くではこれは何か判別できないくらい巨大だ。体を作る闇の黒は、奥の景色の薄ら明かりをすべて飲み込んで、暗闇におとしている。そしてドラゴンは大きな雄叫びをあげて、視線をこちらに向けてきた。その目に浮かぶのは、共生や仲間意識のそれではなかった。こちらに純粋な敵意…いや…何故だろうか、多くの怒りや悲しみ、恨みまで感じ取れた。私にはそれが理解できなかった。私はこのドラゴンを見たことも、会ったことも無いのだ。そんなものに恨まれたりすることは無いはずだ。なぜ悲しんでいるかも一切分からなかった。すると突然、ドラゴンの周りに多数の障壁が現れ、動きを制限した。その業の主はーーー



「これは…怨霊よ…千年も前のね」

そう言ったのは、いつの間にか隣を浮遊していたパチュリーだった。片手に魔導書を持って、障壁を制御している。

「私は以前、ここの土地に紅魔館が移ってくる前に、元々何があったのか調べたことがあったの」

それを聞いて私は虚をつかれたと思った。今までここに何があったのか考えたこともなかったのだ。怨霊がいる…その観点だけで、私は答えをひとつに絞ることができた。その時、私たちの下で館が大きく崩れた。そのとても大きな音で何も聞こえなくなる。木々がなぎ倒される音、鳥達の悲鳴、地の割れる音…そのすべてが。そして、その音が収まった時にパチュリーがその答えを口にした。

「…封印よ。それも、何千万という人間の悲しみ、恨み、怒り…それによって出来てしまった異形の…ね…」

パチュリーは悲しそうな顔をしてそう言った。眼下では館は完全に崩れ落ち、形を残している建物はもはや無かった。かつて館を構成していたものが、互いに重なり合ったり、庭に散乱していたり、湖に音を立てて沈んでいったりしている。私は館にいたみんなの身を案じながらもパチュリーの話に耳を傾ける。

「人の悲しみ、怒り、恨みとかを負の感情っていうんだけど、負の感情は普通自然に消滅するものなの。でも自然に消滅しないものもある。その時は聖職者が祓うことになってる。でも…祓うことが出来ないくらい強くなってしまったものもある。それに対する唯一の方法が封印よ。封印はその対象を地に縛り付けて、長い時間をかけて浄化する方法なの」

そしてパチュリーは体にまとわりついている障壁を壊そうとしてもがくドラゴンを見やる。その体の闇はほかの怨霊と比較にならない位黒く…冷たく…深かった。

「…これはあまりにも力が…負の感情が強すぎたから、広大な広さを持つ地に、二重に封印され、一つの鍵は別の地に移された。でもある日、あることをきっかけにここにあった片方の封印がとけた」

「…それが私たちってことね…」

その言葉にパチュリーは頷いた。つまり、こういうことだ。元々この場所…正確には今の紅魔館の目の前だが、そこには強い怨霊が封じられていた。そこに私たちが館ごと幻想入りしてきた。幻想入りする場所は選ぶことができず、私たちは幻想入りする時の反動で運悪く封印を「壊して」しまったようだ。でも私にはまだ一つ分からないことがあった。

「でも…今の話を聞く限り、片方の封印がとけたとしてもあれは出てこないんじゃないかしら?パチェは最初、この怨霊は千年前のものだって言ったでしょ?」

パチュリーは頷いてから答えた。

「私も最初そう考えてた。数千年たってるなら放っておいても害はないと思ってたの。事実、ある程度昇華もしているし、外面的に見れば、既にひとつの封印でも抑えられるくらいに力は弱まっていたんだけど…どうやら片方の封印が強力すぎてそう見えてただけみたいだったのよ。もちろんこちらの封印も十分強力だわ。でも怨霊の意思が片方の方に自身を隠していたみたい。きっと私たちがもうひとつを壊してくれるだろうって…巫女に悟られて再封印を施されないようにって…ね。それでなんで今出てきたか、さっき調べてみたんだけど、どうやらもうひとつの封印が解かれていたみたいなのよ」

「もうひとつの…封印…」

「そうよ。一つはここにあった地縛用の封印。もうひとつは一つ目の封印を補助して、遠くからそれを封じる…とても強力な水晶の封印。水晶の封印はどうやら強い力を流し込むことでとけるようになっているみたいなのよ」

その時私はひとつの言葉に引っかかった。

「…水…晶…強い…力…」

そうだ、思い出した。確かあれはピクニックから紅魔館へ帰る準備をしていた時のことだった。私は日傘を忘れて取りに行ったんだ。そこで不思議な出来事が起きた。

(もしかしたら…私が力を…)

そこで私は頭が真っ白になった。私が…この状況を招いた…そんなぼやけた確信が私の中で渦巻いていた。

「…お姉様……?」

フランが私の様子を不思議そうに見つめてくる。

「…私…っ」

次の瞬間、私はドラゴンに向かって全力で飛行していた。

「レミィ!?」

そんなパチュリーの驚いた声がすぐに遠くなるのを感じながら、私は無数の弾幕を作り出していた。私は紅い槍を手に持ち、作った弾幕をひとつ残らずドラゴンに向けて撃つ。

(私がっ!私のせいでこんなことに…っ)

あの時私は不思議な水晶を手に取った。あの水晶こそ鍵だったんだ。私は生まれつき魔力が強かった。その魔力を、あの水晶は取り込んだのかもしれない。そのせいで今のような事態になってしまったのだ。

私の弾幕がドラゴンに迫り…そのすべてが当たったーーーー

「っ!?」

弾幕は私の確信にも近い予想に反して、すべてがドラゴンの体をすり抜けた。次の瞬間、ドラゴンは大きな咆哮をし、ついにパチュリーの障壁が破ってしまった。ならばと私は瞬時に槍を正面に構え、迅速の如くドラゴンに突っ込んだ。

「はぁぁぁぁぁっ!」

私が起こしてしまったものは…私がなんとかしたかった。たとえこの身が滅びようとも、皆を守りたいーーーー


「二重結界っ!」


ドラゴンにぶつかろうとする瞬間、突然声が聞こえたと思ったら、ドラゴンを囲むようにできた見覚えのある結界が出現した。そして、突然横から私を抱き抱え、離脱する者がいた。私は予想外の事態に戸惑いながらも、私をお姫様抱っこするその人を見やった。

「霊夢…」

それは、普段の巫女装束に身を包んだ博麗の巫女だった。



「ばかっ!あんな怨霊に突っ込んでいくなんて何考えてるの!?あのまま私が助けに入ってなかったら、あんた今頃怨霊に取り憑かれてるわよ!」

そう霊夢は私に叫ぶ。

「あんたは一人じゃないの!皆を守りたいって気持ちはわかるけど、それを先走らせないの!…分かった…?」

その時、私は霊夢のおかげで大分冷静さを取り戻していた。そして自分がやったことがどれほど愚かな事だったのか思い知った。

「ごめんなさい、霊夢。気をつけるわ。あと…ありがと…」

お礼を言うのが照れくさくって、私は霊夢から顔を逸らし、小声で言った。すると霊夢の表情が和らいだ。

「お嬢様!大丈夫ですか!?」

「お姉様!」

「レミィ!何突然突っ込んで行ってるのよ!何があったっていうの?」

咲夜とフランとパチュリーが後ろから追いついてきた。咲夜は途中で霊夢と合流したのか、霊夢が飛んできた方角から近づいてきた。妖精メイドの避難誘導は終わったようだった。

「皆、ごめん。私…ちょっと我を忘れてたみたい。でももう大丈夫よ」

私は霊夢の腕から出て、そう言った。パチュリーは少し疑っているようだが、なんとか納得したようだ。

「お姉様っ」

と、フランが目にうっすらと涙を浮かべて抱きついてきた。そのフランの頭を優しく撫でる。突然飛び出して行った私が不安だったのだろう。その様子に私は二度と先走らないようにしようと思った。

「ほんとに…。とりあえずよかったわ。それで、霊夢?このドラゴンはどうすればいいのかしら?弾幕は当たらず、生身で触れようとすると取り憑かれ、私の障壁を破るほど力が強い…」

パチュリーがドラゴンを険しい顔つきで睨んで言った。今、ドラゴンは新たに現れた結界の中で暴れている。先程より体の闇が濃くなっている。おそらく今も地面に取り残されている自身の一部をひとつ残さず取り込んでいるのだろう。

「何千年と封印されていたって聞いて、油断していたわ。まさか全く力が昇華していないなんて…どれほど深い…いえ、今はその話はいいわ。この怨霊は力が強すぎるから私が再封印を施す。パチュリー、結界を外すから、全力の障壁で引き継いでちょうだい。私は封印の為に力をためるから、レミィは相手を錯乱して私に注意が向かないようにお願い。咲夜は周りに異変が起こってないか、フランと一緒に見ていてちょうだい。何かあったらすぐに知らせてね」

その言葉に皆が首を縦に振る。しかし、咲夜だけは渋い顔をしていた。そんな様子の咲夜に私は言葉をかける。

「大丈夫。もうさっきみたいなことはしないわ。私たちはドラゴンだけに集中する。だからあなたには周囲を任せたいの。お願い…」

「はい…わかりました」

渋々ながら了承してくれた。私の身を案じてくれるのはありがたいが、こういう時の行動に影響が出るのは考えものだ。私はドラゴンに向き直る。弾幕も触れるのもダメとなると参るが、今は霊夢を信じて私の出来ることをしようと思った。

「行くわよっ」

霊夢の掛け声で、私と霊夢は飛び出した。



すると先程までドラゴンを捕らえていた結界が消え、無数の幾科学的な模様の障壁が新たにドラゴンを囲い込む。私はドラゴンの前で霊夢と左右に別れ、陽動を始める。私はもう一度弾幕を作り出す。効かないことは分かっているが、私はありったけの弾幕をドラゴンに向けて投げつける(霊夢に当たらないように細心の注意も払っているが)。ドラゴンを挟んで向こう側にいる霊夢が再封印の準備を進めていることを確認する。今のところドラゴンは完全に私に意識を向けているが、油断はできない。実のところこの作戦にはタイムリミットがある。今は障壁がドラゴンの動きを制限しているが、これを制御している本人曰く、ドラゴンに結界を破られなくとも、このような強力な結界を維持できるのは八分ほどだそうだ。それまでに済まさなければ、ドラゴンが動いている状態で事態を収束させることは非常に困難だと言っていた。それに、霊夢曰く、大規模な封印を施す場合、準備に八分ほどかかるという。なので実質チャンスはギリギリ一回だ。あれから一分ほど経った。私はあと約七分間耐えればいい。私はドラゴンの注意を自分に向けるよう、いっそう集中する。



私がお嬢様に役を頼まれてからもう七分程過ぎた。周りには目立った異変は特にない。今ドラゴンの視線は霊夢ではなく、完全にお嬢様に向いている。紅い月が真上まで昇り、厳かに私たちを照らしている。微かに紅い空をドラゴンの咆哮が埋め尽くす。私は周囲の警戒を任されているとはいえ、お嬢様の奮闘を見ていることしか出いないのが歯がゆかった。しかし、私の背後には妹様が隠れている。私は暗に妹様を守るという役も請け負っているのだ。すると、ドラゴンを囲む障壁にヒビが入り始めた。どうやら、ついにその時が来たみたいだったーーー



今、ドラゴンを囲う障壁が音を立てて割れた。ついにドラゴンが放たれてしまった。

「レミィ!少し遅くなってごめん!準備はできたわ、数瞬スキを作って!」

「ふふっ、無茶言うわねっ…!」

霊夢の無謀な要望に苦笑いを浮かべながら、私は最後の力を振り絞る。

「不夜城レッド!」

ドラゴンが私の作り出した弾幕の数に数瞬だけ怯む。しかし、それだけで十分だった。ドラゴンの背後には、準備が終了した霊夢がいた。

「天地・夢想封印【調】!」

小さな光の球がドラゴンに触れ、その瞬間光が爆発した。ドラゴンはその光に飲み込まれ、見えなくなった。しばらくすると、そこにはとても大きく麗眩な光の球が現れていた。普段薄暗い紅魔郷の空を優しく照らし、光の雨が無数に降り注いでいる。少し遠くの空に虹がかかり、薄い桃色に染まった空にとても映えていた。その幻想的な景色に、私は状況も忘れて見入っていた。と言っても、力をほとんど使って、今は滞空するだけでも精一杯だ。霊夢とパチュリーも極度の緊張状態から解放されて、肩で息をしている。

「やったの…かしら…?」

しかし、次の瞬間、今度は光の球の中心から闇が爆ぜた。その中から先程のドラゴンが飛び出してきた。天高くまで昇り、大きな咆哮をした。私たちはその光景に驚愕した。

「そんなっ!?」

霊夢も思わず声をあげていた。

「くっ…まさかこれほどまでとはね…」

パチュリーも苦い顔をしてドラゴンを見上げる。

(もう…私たちに出来ることは…)

そこで紅魔館のみんなの笑顔が頭に浮かぶ。

(ごめん…みんな…っ!)

私は目尻に涙を浮かべながら、目の前から神速の如く私に迫り来るドラゴンを、もう見ていることしかできなかった。

「お嬢様!」

その時私は横から突き飛ばされた。私を突き飛ばした人影は、そのまま私の目の前でドラゴンに…闇に呑まれてしまった。その人影は紛れもなくーーー

「咲夜っ!?」



私を闇が包み込む。何も見えなくなる。進んでいるのか止まっているのか、私の手も体も服も何も見えない。電撃が走るような鋭い痛みが全身を襲っている。負の感情が私の体を蝕み始めているのだ。それほどこのドラゴンの負の感情は大きいのだと感じた。そして…すぐに闇が晴れた。どうやらドラゴンの体が私を通り抜けたようだ。

「咲夜っ!」

顔を上げると、お嬢様が悲痛な表情でこちらを覗いてくるところだった。もう動く力も無いだろうに、必死に私に触れようとしてくる。その時頭に強い痛みが走った。


《苦しい…苦しい…助けて…》

《痛い…許さない…許さないっ!》

《悲しい…寂しいよ…誰か…》


頭の中で苦しみの…恨みの…悲しみの声が響いている。もしかしたら私は取り憑かれ始めているのだろうか。体からはドラゴンにも似た瘴気が纏わりついている。頭の中で鐘を叩くような音が響いて、無数の声が絶え間なく聞こえる。痛い…苦しい…このままでは…憎い…悲しい…!

「…くや…さくや…さくやっ!」

私はそこでハッとなった。どうやら私は怨霊に意識を持っていかれていたようだ。

「お嬢様…私は大丈夫です」

未だ痛む頭を抑え、頭の中で渦巻く声を無理やり静める。でも、それも長く続かないだろう。ドラゴンの方を見ると、こちらに向かって咆哮をあげて突進してくるところだった。

「安心してください…私は…何があってもあなたを守ります!」

私はそう言うとドラゴンに向かって飛ぶ。するといきなり周りの時間が遅くなった。いや、自分の速さも遅くなっている。私の能力ではない…とても不思議な感覚を今味わっている。私はこの永遠に思える時間の中で思考を巡らす。

私にはお嬢様にしか伝えていない能力の秘密があった。私には時を止める能力があるが、これは現実世界とは違う時間の進み方をする世界の空間(オポジットワールド)を一時的に展開して時を止めているように見せている。そう、本当は時を止めているのではなく、別世界の空間を展開することができる能力を持っている。しかしそれは強力すぎる故に、展開できる空間の適用時間は短く、同時展開できる数は一つだ。そして、私が今からドラゴンにしようとしているのは、これを少し応用したものだ。それは、過去時間軸の空間(パストワールド)を時を巻き戻す方法だ。私の能力では、オポジットワールドの状況が何よりも優先される。よってパストワールドに触れた者はその時間軸に影響され、時を巻き戻される。もちろん、それは私も例外ではない。ドラゴンが出来る前の時間に戻せば、自然に消滅するはずだ。私はポケットから懐中時計を取り出す。魔導器であるこの懐中時計がないと大きな空間の操作は難しい。周りの動きが遅く見える。そしてついにドラゴンの近くまで近づいてきた。

「パストワールド!レーゼン!」

すると、私とドラゴンを囲む大きな空間が現れた(といってもほかの人には視認できないが)。私の間違いがなければ、これは二万年ほど前の時間軸の空間になっている筈だ。すると、私の体とドラゴンの体が眩く光り始めた。意識が遠のいてゆく。体が…腕が細くなり、背が縮んでゆく。どうやらパストワールドの影響が出始めているようだ。ドラゴンも悲鳴をあげている。ドラゴンの闇がだんだん光に溶けていく。

「…さくや…」

か細いお嬢様の声が聞こえた。いや、きっと大きな声で叫んでいるのだろう。もう耳もあまり聞こえなくなっていた。お嬢様がまた何かを言っているが、もうわからない。私は遠くのお嬢様に子供の顔で微笑みかける。いつものあの凛々しい顔が涙でぐちゃぐちゃになっている。お嬢様は私が何をしているのかがわかっていらっしゃるのだ。さらにいっそう光が強くなり、ついにお嬢様の姿も見えなくなってしまった。だんだん頭も働かなくなってきた。ドラゴンを見ると、もうほぼ闇が消えていた。私の作戦は…成功したようだった。

(おじょうさま…わたしは…さいごまでしあわせでした…)

すると私の頬を暖かいものが伝った。もう音が聞こえなくなった。光で何も見えなくなった。その時、先刻の楽しかったピクニックの思い出が蘇る。みんなの笑顔、仕草、声…そのすべてが輝いて見える…

(あぁ…もういちど…みんなでピクニックにいきたかったなぁ…)

そこで私の意識は途絶えた。



「安心してください…私は…何があってもあなたを守ります!」

私は咲夜のその言葉に何かを感じ取った。そのセリフが私には別れの言葉に聞こえた。

(咲夜っ!?)

突然、咲夜がドラゴンに向かって風邪を切り裂いて飛んでいった。私はその突然の事態に理解が追いついていなかった。そして咲夜はドラゴンの目の前まで行くと、懐中時計を取り出し、掲げた。その瞬間、咲夜とドラゴンを光が包み込んだ。

「この光は…咲夜っ!」

すると咲夜が…いや、出会った時の幼い姿の咲夜が振り返った。

(やっぱり…ダメ!いっちゃだめ!)

と、視界が突然揺れた。私はいつの間にか涙を流していた。それに構わず私は続ける。

「だめっ!咲夜!戻って!私を置いていかないで!ねぇ!咲夜!また私に…っ!」


触れてよーーー


咲夜が私を見て微笑んでいた。その表情に私は続く言葉を呑み込んだ。呑み込んだ言葉に変わってとめどなく涙が流れた。光が強くなっていく。咲夜の面影が…温もりが…流れていく…。決して目を離すまいと濡れる目を拭って咲夜を見ようとしたが、やがて光に呑み込まれて見えなくなってしまった。

「咲夜ぁぁぁぁぁぁっ!」



しばらくして光がおさまった。そこには、ドラゴンも咲夜もいなくなってしまった。山の間からは日が少し顔を出していて、紅い空がだんだんと白く塗り替えられていく。その光は私を優しく包み込むが、私はそんなことはどうでもよかった。不思議と涙は枯れ、私はもう何をすればいいのかわからなくなった。私は失った。大切なあの人の声、温もり、笑顔…そのすべて…。私は咲夜を紅魔館に連れてきた時、咲夜は私が守ると言った。でも…私は嘘つきだった。結局何も出来なかった。あの子に犠牲を選ばせてしまった。私は…嘘つきだ…。

「レミィ…これ…」

後から霊夢に声をかけられる。振り返ると、霊夢があるものを手渡してきた。それは咲夜の懐中時計だった。どうやらそれだけは残ったらしい。その時計に触れ、目を閉じると、瞼の裏に咲夜の笑顔が浮かぶ。耳には私を呼ぶ声が聞こえる。手には咲夜の温もりが伝わってくる。それを感じると、枯れていたと思っていた涙がまたこみ上げてきた。

「うっ…うわぁぁぁぁぁん!」

霊夢が私を抱きしめる。私は霊夢の胸の中でしばらくその涙を流し続けた。



紅魔館はそのあとパチュリーの魔法によって一時間ほどで復元された。常に紅魔館の「コピー」は取っておいているので、パチュリーの手にかかれば砂漠の中から砂を見つけることほど簡単なのだ。数刻後、私は自室のベッドの上で目を覚ました。私はあのあと泣き疲れて眠ってしまい、霊夢にここまで運ばれたらしい。その証拠に、ベッドの近くにある椅子に霊夢が腰掛けていた。

「…おはよう。さっき確認した。ドラゴンは、完全に消滅したわ」

「そう…ありがとう」

今はもうドラゴンなどどうでもよかった。胸の中に大きな穴が空いている、そんな感覚がずっとしていた。酷い虚脱感とともにまた寂しさが私を襲う。もう何をする気にもなれなかった。

「ごめん…霊夢。今は一人にしてちょうだい」

私はなんとか声を振り絞って言った。とても震えていた。すると霊夢が静かに立ち上がった。

「ごめん…私…守れなかった…」

そう言うと、霊夢は俯いたまま部屋を出ていった。開いた窓の枠を見ると、一羽だけの小鳥が寂しそうにとまっていた。



あれからどれくらい経っただろう。私はベッドに腰掛けていた。もしかしたらまだ一分と経っていないかもしれない。今は時が止まっているのではないかとさえ感じていた。手の中の懐中時計に目を落とす。その時計はもう動かない。まさに咲夜の命を映していたかのように、あの時間から針が止まってしまっている。そこで部屋のドアを叩く音がして、ドアが開いた。

「咲夜っ!」

私はばっと顔を上げたが、そこに居たのはパチュリーだった。

「…ごめんなさい…みっともないところを見せてしまって…」

私はパチュリーに謝った。館の主のこのような姿は誰にも見せてはいけないのだ。私は今、この場に相応しくないのかもしれない。

(咲夜…私…貴方がいなくなってから、こんなにも弱くなっちゃった…)

すると、パチュリーが口を開いた。

「いいのよ、そんなこと考えなくても。たしかに貴方は館の主よ。でも、それ以前に貴方は一人の少女なの。ずっと見ていたけど、貴方は一人で抱え込みすぎなの。だから私は昨日、貴方の気持ちを少しでも軽く出来ると思ってピクニックに賛成したの。もう一人じゃないのよ。それとも?何十年も共にしてきた友人を信じられないのかしら?」

悲痛なパチュリーの表情を見て、私は目を見張った。確かに私は誰にも相談することも、気持ちを吐露することもしてこなかった。周りの人のことを思って言ってこなかったのだが、どうやらそれは間違っていたみたいだった。

「パチェ…ありがとう。私…寂しいよ…咲夜は私の大切な家族だった。ずっと一緒に居たかった。だから能力の真実を聞いた時、無理をしないでって言った。…でも…私が自分で終わらせてしまった…」

「どういうこと?」

パチュリーが怪訝そうに聞いてきた。私は今まで誰にも言えなかったことを伝えるために口を開く。

「私なの…もうひとつの封印を解いたのは…私がっ!私が咲夜をっ!この手でっ!」

「レミィ!」

突然パチュリーが私の手を握り、顔を覗き込んできた。

「そんなこと言わないの!あなたにそう言って欲しくて咲夜は自身を犠牲にすることを選んでない!」

パチュリーはそこで言葉を一回切って声のトーンを落として言った。

「…不幸な出来事だって言っても貴方は納得しないでしょうけど、貴方が自身の手でしてしまったことだと思うのはやめなさい。それは貴方を…そして咲夜を傷つけるだけなの」

私は俯いてその言葉を聞いた。でも事実なのだ。私が封印を解いたせいで出てきたドラゴンから私を助けるために、咲夜は犠牲になることを選択したのだ。他の誰のせいでもない。ドラゴンのせいでもない。私がやってしまったことなのだ。と、パチュリーのため息が聞こえた。

「やっぱり貴方は…。…レミィ、これを読んで」

私はパチュリーから、少し古びた一つの封筒を渡された。

「…これは…?」

「…二年ほど前に渡された咲夜の手紙よ。もしも私がお嬢様のために命を落とした時に渡してって言われたのよ。本当にあの子は不思議ね…こんなことをわざわざ想定して手紙を遺しておくなんてね」

パチュリーがそう呆れ気味にそう言った。

「私はまだ中身は見ていないわ。とりあえず目を通してちょうだい」

私はそっと封を開ける。取り出した紙には、優しくて綺麗な…懐かしさまで感じる咲夜の字が書かれていた。



( 拝啓 お嬢様

今この手紙を読んでいる頃には私はもう貴方のそばにいないでしょう。)

不思議なことに私の前に困ったような笑顔を浮かべた咲夜が現れていた。いや、私が懐かしい咲夜の字を見て、その姿を思い出しているのだろう。すると目の前の咲夜がまた語り出した。

(そうするように私はパチュリー様に頼みました。私は紅魔館の皆が大好きです。寝てばかりなのに優秀に門番を務める美鈴、室内にこもりがちだけど人思いで博識なパチュリー様、素敵な笑顔でいつも場を明るくしてくれる妹様、凛とした態度で私たちを生まれ持ったカリスマで導いてくださるお嬢様。私は皆を命に変えて守りたいと思いました。初めてお嬢様とお会いした日…忘れられるはずがありません、私はずっと怖かったんです)

咲夜の目が伏せられる。

(目が覚めたらそこは暗い森の中で、空が、月がとても紅くて…ずっと私は泣いていました。そこに声を掛けてくださったのがお嬢様でした。私は紅魔館に住み始めた時は、正直に言ってなにかされるのではないかって、怖かったんです。でもお嬢様は優しく話しかけてくださって、そこから怖さなんて忘れて、美鈴、パチュリー様、妹様…沢山お話しました。沢山笑いました。ずっとずっと幸せでした)

読むにつれてだんだん温かいものがこみ上げてくる。

(お嬢様はとても優しい方なのできっと自身を責めているのではないかと思います。でもその必要はありません。それが私の一番したかったことなんです。皆の日常を守りたい…お嬢様も同じ気持ちなのではないでしょうか。だからどうか自身を責めないでください。でもそれでも貴方は聞かないでしょう。ふふっ、私はお嬢様のことならなんでも分かるんですよ?)

目の前の咲夜がいたずらっぽく笑って言った。

(では、こうしましょう。私は生まれ変わってでもお嬢様に会いに行きます。たとえ記憶を失っても。だから待っていてください。それまでお元気で。

ずっと貴方のそばに 咲夜)




手紙を読み終えると咲夜の姿が消えてしまった。突然手紙に水が降ってきた。一粒、二粒…いや、私は泣いていて、その水は私の流している涙だった。

「私も…幸せだったよ…咲夜…」

私はぐっと涙を拭った。私は立ち上がり、私の隣でベッドに腰掛け、手紙を読み終わるのを待っていたパチュリーに話しかける。

「もう私は大丈夫よ、パチェ、咲夜がいつか帰ってくる。だから、準備をしなきゃ。いつ帰ってきてもいいように」

私の言葉にパチュリーは安心したのか一つ息を吐いて微笑む。

「そうね。でも、仕事が溜まっているわ。私も手伝うから先に終わらせてしまいましょう」

「あら、それは助かるわ。じゃ、さっさと取り掛かるわよ」

私の心はいつの間にか軽くなっていた。咲夜がいなくなってしまった寂しさは消えてないが、今は前に進もうと強く思え、不思議と笑顔になれた。しかし、数刻後、私とパチュリーは想像以上の仕事量に、力が抜けていくのを感じるのであった。



「いたた…ずっと座りっぱなしだったから辛かったわ…」

私は痛む背中を伸ばす。私は館裏の森の上空に来ていた。今日も月が紅い。それにいつもより月の模様がくっきりと浮かんでいて、仕事疲れで落ち込んでいた気持ちが癒されていくのを感じた。結局あれからずっと仕事に追われていて、ついさっき本日分まで終わらせることができたのだ。パチュリーはそのまま私の部屋で寝てしまった。後でパチュリーに何かお礼をしなくちゃと思いながら、森に降り立った。ここの空気はなぜだか落ち着くのだ。しばらく外の空気を楽しみながら歩いていると、遠くから声が聞こえた。

(こんな夜に、こんなところで誰かしらね…)

私は声の聞こえた方向に向かう。近づいてきた声に耳を澄ませると、それは女の子の泣き声みたいだった。

(まずいわ。放置しておくと、ここら辺の獣が寄ってくるわ)

そしてついにその姿が目に映った。そこには、地面に座り込んで泣いている銀髪の幼い少女がいた。と、私にあの時の記憶が蘇った。咲夜と初めて会った日、今日のように綺麗な月を見て機嫌がよかった私はこの森を歩いていたのだ。

私は少女の目の前まで来て、声を掛けた。

「どうしたの?こんなところで…」

そう、私はあの時も同じように話しかけたんだった。

「…わからない…私いつの間にかここにいたの…)

少女は怯えているようだった。少女の格好は幻想郷では見ない格好をしていた。おそらく別の世界からやってきたのだろう。だとしたらここは危険だ。

「ほら、元の場所へ帰してくれる人のとこに案内するわ。ついてきなさい」

「嫌だ…帰りたくない。帰っても…私は一人なの…」

私はその言葉に目を大きく見開いた。

(あのころの咲夜と…同じこと…)

私はその子を何としてでも助けたいと思った。

「じゃあ…そうね…私のところに来る?」

私はいつの間にかそんな事を少女に言っていた。少女はそんな事を言われるとは思わなかったのか、ほうけた顔をしていたが、頷いて私のところへ行きたいという意思を伝えた。以前起こった出来事をなぞるようにして話が進んでいく。いや、これは若しかしたら運命がもたらした…

「ねぇ、あなた名前は?」

私はずっと少女と呼ぶのも変な気がしたので聞いてみた。

「わからない…呼ばれたことないの…」

誰にも名前を呼ばれない。この少女はどのような人生を送ってきたのだろうか。

「なら、私がつけてあげる。そうねぇ…」

そう言って考えていると不意にまたあの記憶が蘇る。


私もあの時同じように名前を考えていた。そして私はーーー

「決めたわ。貴方の名前はーーー」


「決めたわ」

すぐ目の前の少女の目を見て私はその名を告げる。

「貴方の名前は朔夜よ。夜に輝く朔の漢字二文字で朔夜」

少女はそれを聞くと俯いて肩を震わせた。

「な、何?不満だったかしら?」

私は慌てて言った。すると少女は顔をあげた。ーーー泣いていた。少女は濡れた目を拭って言った。

「違うの…私…名前で呼ばれるの初めてで嬉しくて…ありがとう!お姉ちゃん」

とても眩しい笑顔だった。その笑顔が今、あのころの咲夜に重なったーーー


※ネタバレが含まれます。本文を読み終わってからあとがきを読むことをお勧めします。


あなたは生まれ変わりを信じますか?日本では古くから人は生まれ変わるものだと信じられてきました。因みに私はというと信じていません。偶にテレビ等でそのようなものを見聞きしたことはありますが、少し胡散臭く感じてしまうのです。では話を小説に移しましょう。私は今回永遠に幼い紅い月ことレミリア・スカーレットと完全で瀟洒な従者こと十六夜咲夜についてお話を書かせていただきました。もともと私は咲夜とレミリアが寿命の違いで別れてしまう、というストーリーを作ろうとしましたが、霊夢を登場させたかったので、能力の影響によって別れてしまうというストーリーに書き換えました。では簡単に話をまとめましょう。


紅魔館の主レミリア・スカーレットは、紅魔館メンバーを伴ってピクニックに行きます。その帰り際、数千年前の封印を解いてしまいます。その夜、それによって蘇った怨霊が紅魔郷を襲います。パチュリー、霊夢、レミリアが怨霊に再封印を施そうとするも失敗。その後レミリアが怨霊に襲われるところを咲夜が身を挺して助け、能力の影響で命を落とします。それによってショックでふさぎ込んでしまったレミリアはパチュリーから咲夜の遺書を受け取ります。それによって元気を取り戻したレミリアはその夜、ある少女に出会います。


では、この少女は一体なんだったのでしょうか。人の絆とは素晴らしいものです。切っても切れない愛がたしかに咲夜とレミリアの間にありました。それが何をもたらしたか…その後の話はみなさんのご想像に任せます。では最後に、このような拙い小説を最後まで読んでいただきありがとうございました。ではおそらく書くであろう次回作でお会いしましょう。

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