生きてこそ
今がどれだけ苦しくても、後は楽になるだけ……そう思っていたのだが、
「殿下!」
突然、何者かによってユリウスの体は後ろから羽交い絞めにされる。
何者、といってもその答えは一つしかなかった。
「殿下! 早まった真似はおやめください!」
メイド服に着替えてきたヴィオラが、必死の形相でユリウスの腰にしがみついていた。
「一体何をやっているんですか。まさか、自ら死のうなどと考えていないですよね?」
「放してくれヴィオラ! 僕にはもう、生きる意味なんてないんだ!」
「何を仰っているんですか! 陛下は殿下に生き残って欲しいからこそ、こうして私に殿下を託されたのです。そんな陛下の願いを無下になさるおつもりですか!?」
「だって仕方ないじゃないか! 僕一人だけ生き残ったところ……僕は皆が生きていない世界で生きていくことなんてできないよ!」
思いの丈を吐露したユリウスは、溢れ出る涙を止めることができず号泣する。
「ヴィオラも、こんな弱虫な僕のことなんか放っておいてくれ! もう僕なんかに義理立てする必要はないから自由に生きてくれ!」
「殿下……」
ユリウスの真意を聞いたヴィオラは、沈痛な面持ちで顔を伏せる。
王族として十分な教育を受けてきたとはいえ、ユリウスは昨日まで家族からの愛を存分に受け育った世間の荒波など露ほども知らない心優しい十三の子供なのだ。そんな子供が一夜にして愛する家族全てを失ったとわかったら自暴自棄になってしまうのも仕方がないのではないか、と。
だが、ヴィオラにとってユリウスは産まれきてた時から面倒を見てきたかけがえのない存在、主人と従者という関係を飛び越え、親と子に似た愛情を抱いていた。
こんなこと上司だったバドに言ったら、不敬だと怒られるかもしれないが、ヴィオラはそれだけユリウスのことを愛していた。
だから、何としてもユリウスに正気を取り戻してもらいたい。ヴィオラはどうにかユリウスの自殺を止めようと、今自分に何ができるかを必死に考える。
「…………殿下」
ヴィオラは意を決したかのように顔を上げると、自分の手から逃れようと暴れるユリウスに話しかける。
「わかりました。殿下が本気で死を望むのであれば、従者である私には止める術がありません」
「ヴィオラ……わかってくれたか」
「ですが、私は殿下の命を守るという命よりも大事な使命があります」
ヴィオラはユリウスを振り向かせ、隠し持っていたナイフをユリウスに差し出す。
「ですから殿下が死をお望みになるならば、その前にこの私の命を殿下自身の手で奪って下さいませ」
「…………えっ?」
その言葉に、ユリウスの顔から血の気がサッと引く。
「な、何を言っているんだ。僕のことなんか放っておいてくれって……」
「それは殿下の意思であって、陛下のご意向ではありません。私は殿下が死ぬのを全力で止めなければならない使命があります。その使命が果たせないならば、この命、自ら断つつもりでいます。ですから殿下は死ぬために、まずは私を殺して下さい。私は一切の抵抗はいたしませんので」
ヴィオラは両手を広げ、目を閉じてユリウスにその身を差し出す。
「…………」
無防備にその身を晒すヴィオラに、ユリウスは手渡されたナイフ片手にどうしたらいいかわからず困惑する。
ついさっきまで自分の命などどうでもいいと思っていたが、自分が死ねばヴィオラも自分の後を追って死ぬという。それはユリウスにとっては本意ではなかった。
だが、逆に考えれば、自分はまだ完全に一人になったというわけではないのだ。
「…………はぁ」
ユリウスは諦めたように大きく嘆息すると、ヴィオラに手にしたナイフを返却しながら吐露する。
「わかった。僕もヴィオラが死ぬところなんて見たくないよ」
「……わかっていただけましたか?」
「うん、もう死ぬなんて言わないよ。僕に何ができるかわからないけど、まずは生き残ることを優先しよう」
「――っ、はい!」
再び生きることを決めたユリウスに、ヴィオラは喜びを爆発させるようにユリウスを思いっきり抱きしめた。