破壊の跡
「…………か………………さい!」
「う…………ううっ」
誰かが遠くで自分を呼んでいるような気がする。泣き叫ぶような悲痛の声に、ユリウスは応えなければと思い、重い瞼を空ける。
「…………ヴィ……オラ?」
「殿下! お気づきになりましたか!?」
ユリウスの視界に、涙目のヴィオラが安堵の表情を浮かべているのが見えた。
濡れた髪の毛が額に張り付いているのも、泳ぐために服を脱いだのか下着一枚になっているのも構わず、主人が助かったことを心から喜んでいる様子のヴィオラを見て、ユリウスは自分が湖へと投げ出されたことを思い出す。
「そうか僕は……ヴィオラが助けてくれたのか?」
「いえ、当然のことをしたまでです。それより殿下、どこかお体に異変がございませんか? ほんの些細なことでも後で大事に至ることもありますので、決して隠し事はしないでください」
「だ、大丈夫だから。そんなに近くで見なくても、ね? それよりヴィオラその……」
頬を赤く染めたユリウスは自分の顔を手で覆うと、ヴィオラの肢体をおずおずと指差す。
「目のやり場に困るから、その……早く服を着て」
「…………はっ!? こ、これは申し訳ございません。殿下の前だというのにこんなはしたない格好を……今すぐ着替えますので、暫しお待ちを」
本当に気付いていなかったのか、ヴィオラは慌てて自分の体を隠すように抱くと、いそいそと近くの草むらへと消えて行った。
「…………ふぅ」
ヴィオラがいなくなり、一人なったユリウスは、溜息を吐いて自分が置かれた状況を確認する。
船が転覆した場所が岸に近かったことが幸いし、船から投げ出され、意識を失ったにも拘らず体に異変がないこと、そしてヴィオラの服を始め、預かった紋章兵器も失わずに済んだことは僥倖だった。
だが、自分の身の回りに問題がなかったからといって、それで済むはずがない。
「そうだ。城は……」
意識を失う直前、紅い光に包まれた城はどうなったのだろうか。
いくつもの悪い予感が頭をよぎるが、この目で確認するまでは絶対に希望は捨てない。そう信じて岸へ歩くユリウスだったが、
「………………そ、そんな」
現実はまたしてもユリウスの希望を打ち砕くこととなる。
フォーゲル王国の象徴ともいえる湖に浮かぶ美しくも荘厳な城が見る影もなく、まるで巨大な鈍器によって押し潰されたかのようにひしゃげていた。
原因は言うまでもなく、気絶する前に見た紅い光なのだろう。そして、こんな常軌を逸した戦果を一瞬にして築けるものがあるとすれば、紋章兵器以外には考えられなかった。
だが、どんな紋章兵器が使われてこのような事態を引き起こしたかよりも、ユリウスには気掛かりなことがあった。
「あれでは城の中に残った人たちは……」
ここからではまだ戦闘が続いているかどうかわからないが、万が一生き残っている人がいたとしても、もうまともに戦える者はごく少数だろう。
そして、その中に両親や姉が残っていたとしても、この状況を覆せる策があるとは到底思えなかった。
両親が十全に力を発揮するためには、自分が持つ紋章兵器が必要なのだから。
となると残された道は、良くて捕虜、それ以外は楽に死なせてもらえるか、筆舌に尽くしがたい屈辱を味わせられた上で見せしめに処刑されるかだろう。
「ああ……父様、母様…………姉さん……僕は…………僕は! うわあああああああああああああああっ!!」
ユリウスは置いてきてしまった家族を憂い、膝をついて嗚咽を漏らす。
「ああっ……こんな…………こんなことになるなら僕も残るべきだった……」
何もできなかったかもしれない。無様に殺されるだけかもしれない。だが、それでもこうして一人生き残ってしまうよりは、こんな悲しい思いをするよりは万倍もマシに思えた。
「こんなことならいっそ……」
自分も皆の後を追って死ぬのが得策なのではないだろうか。
自分一人だけ生き残ったところで、この手に紋章兵器があったところで襲ってきた相手に復讐することも、失った国を取り戻すことも不可能だろう。
もはや打つ手などないのだ。生き恥を晒すぐらいならいっそ潔く死ぬべきだろう。
「そうだ。それがいい……」
完全に自暴自棄になったユリウスは、幽鬼のように立ち上がると、ふらふらとした足取りで湖の中へと入っていく。
どうせ死ぬなら家族の近くで死のうと思ったのだ。
「姉さん……約束を守れなくてごめん」
自ら死を選ぶ弱さを謝りながらユリウスはどんどん湖へと身を沈めていく。
夜の湖は縮み上がるほど冷たく、刺すような痛みが全身を貫き思わず顔をしかめるが、そんなこともどうでもよかった。