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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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離別

 ついさっきまで息をしていた人間が一瞬にして物言わぬ肉塊へと変貌してしまう。そんな死と隣り合わせの恐怖と戦いながら、ユリウスは振るえる足を鼓舞するように叩きながら城の中を必死に駆けた。


 身の丈ほどもある細やかな装飾の入った壺や、著名な彫刻家に造らせた胸像、一つで一年は遊んで暮らせるほどの値段がする重厚な家具が設えられた部屋等、贅の限りを尽くされた城の至るところが敵の激しい攻撃によって無残な姿に変えられていたが、幸いにも殆どの人間が迎撃に出払っているのか、城の倒壊に巻き込まれた者は殆どいない様だった。

 だが、生まれた時から過ごしてきた城の変わり果てた姿にユリウスは、まるで自分が傷つけられたかのように心を痛めていた。

 今は何もすることができないが、いつか必ずこの城を元の姿に戻してみせる。泣きそうになるのをグッと堪えながら、ユリウスは心に強く刻んた。


 しんと静まり返る玉座の間、その奥に隠された秘密の通路から城の地下へと降りると、そこは岩を掘り抜いて作られた城を囲む湖へと繋がる洞穴になっていた。


「さあ、既に準備は整えておいたわ」


 そう言うイデアが指差す先には、少しの波でも転覆してしまいそうな一隻の小さな小舟があった。


「目立つのを避けるためにこんな小舟しか用意できなくてごめんなさい。でも、岸までならどうにか辿り着けるはずだから」

「わかってるよ、姉さん。こんな状況だし仕方ないよ」


 イデアと話している間に一人先に乗り込んだヴィオラの手を取って船に乗り込んだユリウスは、微笑を浮かべている姉へと手を差し伸べる。


「さあ、姉さんも早く」


 だが、イデアはユリウスの手を取ることなく、小さくかぶりを振る。


「残念だけど、私は城に残るわ」

「…………えっ?」


 ユリウスは信じられないと目を見開いてイデアを見やる。


「な、何を言っているんだ。姉さんが城に残って何ができるんだよ。わざわざ殺されに行くようなものじゃないか」

「あら、失礼しちゃうわね。残念ながら私は、ユリウスとは違うんだからね」


 イデアは「フフン」と鼻を鳴らすと、誇らしげに豊かな胸を張る。


「実は黙っていたけど、私は今、とある紋章兵器マグナ・スレストを持っているの」

「そ、そうなの? 僕、全然そんな話きいてないんだけど……一体、いつどこで手に入れたのさ」

「それは、ヒ・ミ・ツ。ただ、これさえあれば、攻めて来た敵なんかに後れを取ることなんてないわ」

「だったら僕も残って……」

「それはダメ。相手の素性がわかっていない以上、どんな紋章兵器が出てくるかわからないわ。だから万が一のことを考えて、ユリウスだけでも生き残らせるのが私たちの総意。これに関しては、口を挟むことは許さないわ」

「…………………………わかった」


 イデアにそこまで断じられた以上、ユリウスに返す言葉はなかった。


「…………キツイ言い方をして悪かったわね」


 イデアはがっくりと肩を落とし、項垂れるユリウスを励ますように手を取ると、ユリウスの家、インスレクト家の家紋が入った小さな袋を手渡す。


「ただ、これだけはわかって頂戴。誰もあなたが憎くてこういう言い方をしているんじゃないの。それにほら、父様たちからこれをあなたにと預かってきたわ」

「これは……」

「わかるでしょう? 我がインスレクト家が、覇王カイザー様から直々に譲り受けた紋章兵器よ。連中の狙いは、十中八九これに間違いないわ」

「そんな!? それじゃあ、父様たちは……」

「ええ、紋章兵器なしで戦っているわ。だから私が一刻も早く行って援護しないと。だからいつまでも感傷に浸っている場合じゃないの」


 そう言うと、イデアはユリウスを抱き寄せ、愛おしそうに頭を撫でる。


「ユリウス、愛しているわ。敵を倒して必ず迎えにいくから、私たちを信じて待っていてね」

「うん…………待ってるから」


 ユリウスもイデアに応えるように姉の体を一度強く抱き締めると、想いを断ち切るように勢いよく離れる。


「それじゃあ僕、行くから」

「ええ、後は任せて。それと、何かあった時は躊躇なく紋章兵器を使いなさい。使い方は、わかるわね?」

「う、うん……大丈夫。ちょっと怖いけど、頑張ってみるよ」


 ユリウスが頷くと同時に、小舟がゆっくりと岸から離れて動きはじめる。


「…………」


 もうここまで来ると後には戻れない。本当にこれで良かったのだろうか。ユリウスの脳内にそんな後悔にも似た感情が渦巻いていると、


「ユリウス!」


 イデアの凛としたよく通る声が聞こえた。

 その言葉に振り返ったユリウスに対し、イデアは満面の笑みを浮かべ、


「また会いましょう」


 再会を約束する言葉を投げかけて来た。


「――っ!?」


 その言葉を聞けただけで、ユリウスの頭にかかった靄が一瞬にして晴れたような気がした。

 ユリウスは顔を上げて立ち上がると、両手を大きく振る。


「うん。姉さん、またね!」


 その言葉にイデアは大きく頷くと、地上で戦っている両親を援護するために、急ぎ足で立ち去って行った。

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