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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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終わりの始まり

 ユリウスが生まれた国、フォーゲル王国はオクルス山の頂上にある緑豊かな森に囲まれた良く言えば自然豊かな、本音を言えば田舎で交通の便が悪い国だった。

 だが、苦労して辿り着いた先に待っている街並みは、自然と調和した美しいもので、一番の名物は湖の上に建てられたフォーゲル城だ。その美しさと荘厳さは、この地を訪れる者を驚かせ、癒してくれる観光地として有名だった。同時に、敵国から攻められた時の守りの堅さも有名で、城へと続く石でできた橋梁に無数の灯りがともっているのがユリウスの目にも見て取れたが、城の中までは侵入を許していない様だった。


「敵があんなに……こんな状況どうやって切り抜けるんだろう」

「その点は大丈夫よ」


 窓の外を不安そうに見つめるユリウスに、イデアが安心させるように明るい声で話す。


「この城には十分な備蓄があるし、私たちの両親は、あの覇王の下で軍師をしていた人たちよ。この程度の危機、これまで何回も切り抜けてきた言っていたわ」


 ユリウスたちの両親は、軍師としての才覚と紋章兵器マグナ・スレストの素養を持ってカイザーの右腕として活躍した経緯の持ち主で、その功績が認められてフォーゲル王国を任されるようになった。

 今はもう現役を退いた身であるが、その時に培った経験や戦術はこの場面でも大いに役に立つだろう。


「だからきっと大丈夫よ。きっと私たちには思いつかない様な凄い方法があるわよ」

「そう……だね。うん、父様たちならきっとどうにかしてくれるよね」

「もちろんよ。私たちの自慢の両親なんだからね」


 そう言って姉弟は笑い合うと、城の秘密の出口に繋がる地下を目指して歩きはじめる。

 その途中、城の入り口の近くまで来たところで、


「……あれは何だ?」


 ユリウスが橋梁の変化に気付き、足を止める。

 ここからでははっきりと見えないが、何やら巨大な影を大勢で引っ張っている姿が見て取れた。成人男性三人分ほどの高さの影は、城門前で止まると、振り子の原理で何かを撃ち出してくる。夜の空に発射された黒い影は、綺麗な弧を描いて五メートル以上はある城門を軽々と超える。

 あの影は一体なんなのだろう。足を止めたユリウスが呆然と影を目で追っていると、


「――っ、いけない。皆、急いで隠れて!」


 影の正体に気付いたイデアが、近くにいたユリウスとヴィオラに体ごとぶつかって近くの部屋へと突き飛ばす。


「あいた!? ひ、酷いじゃ……」


 イデアの暴挙に、ユリウスが非難の声を上げようとするが、


「――っ!?」


 次の言葉が出てくるより早く、まるで眼前で雷鳴が轟いたかのような音と共に城がひっくり返るほどの大きな揺れが起き、ユリウスの小さな体は、突き飛ばされた勢いそのままにさらに転がる。

 揺れと轟音は二度、三度と繰り返し起こり、このままではユリウスは壁に叩き付けられるかと思われたが、


「殿下!」


 バランスを崩しながらもヴィオラが必死の形相で手を伸ばし、ユリウスを自分の胸の中へと抱き寄せ、壁ギリギリのところで止まって見せた。


「い、痛っっ……あっ、ご、ごめん。ヴィオラ」


 意識を取り戻したユリウスは、自分がヴィオラの豊かな胸の間に顔をうずめていることを知り、慌てて謝罪の言葉を口にする。


「あ、あの……ヴィオラあぷっ!?」


 緊急事態ではあるが、流石にこの姿勢のままでは恥ずかしいので一刻も早く立ち上がろうとするユリウスだったが、どういうわけかヴィオラはユリウスの頭をさらも自分の胸に強く押し付けるように抱き、一向に解放してくれそうにない。


「ちょ……ヴィ…………くる……い」


 思春期に入る前のユリウスでさえ赤面せずにはいられない状況だったが、このままでは窒息死してしまうと思ったユリウスは、悪いと思いつつもヴィオラの胸をぐいと押し退けるようにしてヴィオラの束縛からどうにかして逃れる。


「はぁ…………たすか………………………………」


 大きく息を吐いたユリウスが顔を上げた途端、その表情が一瞬にして凍り付く。

 それと同時に、どうしてヴィオラが自分の頭を押さえていたのかを理解する。


「ペト………………ル?」


 ユリウスの眼前には、つい先程まで自分に笑いかけてくれていた乳母の一人、ペトルの変わり果てた姿があった。

 ペトルはいつも笑顔で、小動物のようにちょこまかと動く姿が愛らしいと評判だった。だが、その愛くるしい大きな目をはじめ、顔中の穴という穴からは止め処なく血が溢れ、首から下は間接がいくつも増えてしまったかのようにあり得ない方向に曲がり、人としての体を成していなかった。


「うっ…………」


 ペトルの凄惨な死に様にユリウスが堪らず顔を背けると、部屋の入り口に大量に積まれた瓦礫の下から覗く人間のものと思われる骨ばった手が見えた。


「あ……ああ…………」


 その手の持ち主をユリウスは知っていた。

 乳母の中では最年長で、最近は指が上手く曲げられないと嘆いていたが、決して仕事では手を抜かず、ユリウスが何かいたずらをすると真っ先に怒ってゲンコツが飛んでくるが、最後には一緒に謝ってくれる正しさとは何かと教えてくれたバドの手に間違いなかった。


「そんな……バドまで…………」


 ここからでは手しか見えないが、その下に見える今も広がり続けている血だまりを見れば、瓦礫の下にいるであろうバドがどうなっているかは想像がつく。

 イデアに突き飛ばされていなければ、一歩間違えていれば自分も二人の乳母のようになっていたかもしれない。身近な人の死を目の当たりにして、初めて「死」というものを身近に感じたユリウスは、


「う……うおおぉぉぇぇっ…………」


 突如としてせり上がって来た吐き気に耐えきれず、近隣の貴族が喉から手が出るほど欲しいと言っているらしい純白の高級絨毯の上に盛大にぶちまけた。


「……ユリウス、悪いけど感傷に浸っている暇も、あなたが回復している暇もないの。わかるわね?」


 ユリウスが胃の中の物を全て、といっても深夜なので出てきたのは胃液のみだったが、吐き終えるのを見るや否や、イデアが非情ともいえることを言いながらユリウスの腕を引っ張って無理矢理立たせる。


「行ける?」

「…………………………うん」


 目線を合わせ、配慮するように尋ねてくるイデアに、ユリウスは小さく頷く。


 イデアの言う通り、今はそんな小さなことを気にしている場合ではなかった。

 こうしている間にも耳を劈くような轟音が鳴り響き、前後不覚になってしまうほどの揺れが続いている。

 そう簡単に城が落とされることはないとイデアは言っていたが、こんな激しい攻撃に晒されたのでは、いつ倒壊してもおかしくないと思われた。

 何の力もない自分はただの足枷にしかならない。そんな自分にできることは、一刻も早くこの城から脱出することだけ。ユリウスはそう自分に言い聞かせると、瞳に力を籠めて立ち上がる。


「姉さん、行こう。僕ならもう大丈夫だから」


 強がりだったが、そう言ってユリウスは力強く足を一歩踏み出した。

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