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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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襲撃

 かつて世界を統一した覇王がいた。


 名をカイザー・ガニアン・ヴィンチトーレ。聖王都とも呼ばれるノア・アルバという国で王位継承順位五位という王族としては決して恵まれない生まれのカイザーは、幼い頃から城で帝王学を学ぶことより、職人の工房で技術を学ぶ変わり者だった。

 そんな変わり者のカイザーだったが技術者としては非常に優秀で、二十五の時にある新兵器の開発に成功する。

 代償を支払うことで絶大な力を発揮するその兵器は、独特の模様が刻まれていることから紋章兵器マグナ・スレストと呼ばれた。


 天に浮かぶ雲を切り裂き、大地すらも割ってみせる。果てはあらゆる未来を見透かしたかのような戦術を可能とした紋章兵器を前に、剣や槍、弓といった従来の兵器しか持たない国々は成す術もなく敗れていった。


 わずか数年でディアマンテ大陸のほぼ全ての国を併合したカイザーは、全ての国の民が争うことなく過ごせるようにと、共和国の樹立を宣言しようとした。

 だが、その矢先にカイザーは命を落としてしまう。

 突然のカイザーの崩御にいくつもの陰謀説が流れたが、それを疑うよりも世界は再び戦乱に巻き込まれることになる。

 しかも今度の争いは、恒久的な平和の実現のために開発された紋章兵器を手にした者たちによる常軌を逸した戦いとなった。

 紋章兵器の登場で世界に平和が訪れると思われたが、却って多くの犠牲者を出すという最悪の結果となってしまった。


 カイザーの崩御から十年、未だに世界には争いが満ちていた。



「…………さい! 早く起きなさい!」


 誰かに名前を呼ばれながら強く揺すられる感覚に、深い眠りについていた少年の意識が覚醒していく。


「う、ううっ……」


 朝かと思って目を開けた少年は、部屋の中がまだ真っ暗なことに驚き、自分を執拗に揺らして起こした者に非難の目を向ける。


「な、何だよ姉さん。まだ暗いじゃないか」

「いいから! 今すぐ起きて着替えなさい。それともユリウスはここで死にたいの?」

「…………」


 ユリウスと呼ばれた少年は、そこで姉の様子が尋常ではないことに気付く。

 ろうそくに照らされたその顔は、見る者が思わず振り返るほどの整った顔立ちをしていたが、今はその顔を苦痛に歪め、何かに耐えているようだった。

 そのただごとではない雰囲気にユリウスは息を飲むと、いそいそとベッドから這い出て用意された服に着替える。

 ものの数十秒で青を基調とした仕立ての良い服に着替えたユリウスは、髪の色と同じ翡翠色の瞳を不安気に揺らしながらおずおずと姉、イデア・インスレクトに尋ねる。


「姉さん……もしかしてこの城に敵が攻めてくるのか?」


 嘘であってほしい。そう願っての質問だったが、返って来た答えは最悪のものだった。


「残念ながら敵は既にこの城を包囲していて、お父様とお母様たちが応戦しているわ。あの二人なら大丈夫だろうけど、ユリウスはこの城から脱出なさい」

「えっ、でも……」

「でもじゃないわ。前からそういう約束でしょ。あなたはこのインスレクト家の長男なの。万が一の時もあなたがいればお家再興も夢ではないわ」


 イデアに諭すように話され、ユリウスは悔し気に歯噛みする。

 本当なら自分もこの場にいて何かの役に立ちたい。そう思うユリウスだったが、実戦経験の全くない齢十三の子供では、何の役にも立たないことはわかっていた。

 今の自分にできることは、一刻も早く城から脱出して両親を安心させること。ユリウスはそう割り切ると、イデアに向かって頷いて見せる。


「…………わかった。行くよ」

「ええ、良い子ね。聞き分けのいい子は好きよ」


 イデアは微笑を浮かべると、愛しそうに弟の頬を撫でた。


 準備を終えて部屋を出ると、廊下は月夜によって青白く照らされていた。

 今宵は満月。そのお蔭か深夜だというのに思った以上に視界が利き、今が一刻を争う場面だというのに、ユリウスは普段見慣れた光景にも拘わらず、まるで別世界に迷い込んでしまったかのような幻想的な光景に思わず息を飲んだ。


「殿下、お待ちしていました」


 青白く輝く月に見惚れていると、すぐ隣に何者かが立つ気配がする。

 ユリウスが目を向けると、そこにはユリウスの乳母たちが三人、並んで立っていた。

 その内の一人、ユリウスと一番年が近いヴィオラ・セルヴァントが一歩前へ出ると、肩で切り揃えられた黒髪頭を恭しく下げてユリウスに挨拶する。


「今回の旅は、不肖ながら私たちがお供させていただきます」

「よろしく頼むよ……ところでヴィオラ、もしかして緊張しているのか?」

「それは……はい、こんな大役を私みたいな若輩者が仰せつかっていいものかと……」

「何を言ってるんだ。僕はヴィオラが来てくれて嬉しいよ。僕にとってヴィオラは、ただの乳母じゃない。もう一人の姉さんだと思ってるくらいだからね」

「……もったいない言葉、痛み入ります」


 ヴィオラは頬を赤く染めながら再度頭を下げると、後ろに控えていた二人の乳母、バドとペトルの二人も揃って頭を下げた。


「ほらほら、挨拶も済んだならさっさと行くわよ。こうしている間にも戦況は動いているんだから」


 中々動き出さないユリウスたちに、イデアはパンパンと手を叩いて急かした。

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