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グローリークレスト  作者: 柏木サトシ
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とある傭兵団の災難

 暖かな日が降り注ぐ抜けるような青空が広がるあくる日、岩が剥き出しとなった険しい峠を、大きな馬車に荷物を満載した商隊がカラカラと小気味いい音を立てながら進んでいた。


 隊の先頭には、歴戦の猛者を思わせる顔に十字の傷がある強面の男、背中に背負った身の丈ほどもある大剣には返り血と思われるシミがいくつもあり、それだけで大抵の盗賊や山賊は逃げ出すだろう。

 事実、この男はいくつもの修羅場をくぐった歴戦の傭兵団を率いる団長で、ここ数年、フォーゲル王国の陥落によって勢力を拡大し続けている山賊たちから依頼人である商人たちを守るために大金で雇われたのだった。


 曰く、件の山賊は、何処からともなく狙ったターゲットの死角から現れ、自分たちに危険が迫る前に確実に逃げ出すという。その神出鬼没で、誰一人として捕らえることができないことから『霧の山賊団』と呼ばれ、近隣の商人から恐れられていた。

 だが、男にとって相手がどこの誰であっても、やることは変わらない。

 敵が来たら何処までも追いかけて倒す。

 シンプルだが、それこそが賊退治には一番確実だと男は過去の経験から実感していた。


 男が部下に死角をつくらないように指示を出しながら峠道を登っていると、


「……待て!」


 何か異変を察知したのか、手振りで全員に止まるように指示を出す。


「団長、何かあったんですかい?」


 すると、部下の一人が状況確認のために男の下へとやって来る。

 男は部下の姿を認めると、指を舐めて風を確認するように天高く掲げる。


「風向きがな……よくない」

「えっ?」


 突然の言葉に部下が目を丸くする中、男は峠の上を指差しながら話す。


「この上から吹き降ろしてくる風がな、もし、これから先に進んで上に賊が潜んでいたら、俺たちは弓矢のいい的になっちまうわけだ。実際、俺が賊ならば、ああいうところに潜んで獲物が来るのを待つ」

「はぁ……じゃあ、どうするんですかい? 他に迂回路はありませんし、斥候でも放ちますかい?」

「まあ、待て。それも一つの手だが、もう少しすれば風向きは変わる……と!」


 男が部下に指示を出そうとしたところで、まるで狙ったかのように三本の矢が降り注ぐ。


「せいやっ!」


 だが、その矢を男はたったの一振りで叩き落してみせる。


「ほれ見たことか。おい、確かあの上は?」

「はい、間違いありやせん。ちょっとした広場になっていて見晴らしは良いものの、下に降りる為にはこの道を通るか、逆側の崖を、危険を承知で降りるしかないはずです」

「ハッ、そうだったな」


 男は犬歯を剥き出しにして獰猛に笑うと、勝機を得たりと舌なめずりをする。


「山賊って言っても、所詮は素人だ。考えは悪くないがタイミングを……そして襲う相手を見誤ったようだな。野郎共、賊狩りだ! 必要最低限の守備だけ残して、残りは俺と一緒に来い!」


 そう言うと、男は続いて振って来た二本の矢を大剣で軽々と叩き落しながら駆け出す。

 その後を、男の部下が追従するように続いた。


 霧の山賊団だか何だか知らないが、所詮は世間からつまはじきにされ、山賊へと堕ちた連中。今まではたまたま運が良かっただけかもしれないが、本物の戦士を相手にしてタダで済むはずがない。男は山賊たちに本物の戦士と相対した時にどんな目に遭うかを、決して消えることの無い恐怖を植え付けてやると決めていた。

 敵は既に退却を始めたのか、一切の追撃がないことをいいことに、男は峠道を最短距離で、防御を捨てて全力で駆けた。


 その甲斐あって、僅か数分で峠を登り終えた男が見たものは、


「チッ、遅かったか」


 既に空となり、誰もいない広場だった。

 いや、人はいなかったが、そこには誰かがいた痕跡はあった。

 広場にポツンと残された五つの小さな影、男は影に近付いてそれが何かを確かめる。


「……これは、弩か?」


 木製の台座に弦を張って矢を設置し、引き金を引くことで矢が発射される弩、西洋ではクロスボウとも呼ばれる機械仕掛けの弓は、弓の腕に覚えがなくても誰でも簡単に矢が放てると、山賊たちが好んで使う武具の一つであった。

 男は天に向かって撃つように固定された五つの弩を見て眉を顰める。

 弩には長い紐が括り付けてあり、紐の先は焼き切れたかのような焦げ跡があった。

 どうやらこの紐で矢が発射されないように固定してあったのを、紐が焼き切れたことで矢が発射されたようだった。


「…………これは、どういうことだ?」


 全く見当違いの方向に設置されている弩。これでは誰かを狙うどころではなく、ただ無駄に矢を天に向かって撃つだけではないか。

 念のため、この場所から弩を発射した場合、おおよそどの方角に飛ぶかを確認したところで、


「――っ、まさか!?」


 男が衝撃の事実に気付き、念のためにと崖へと駆け寄り、予想通りそこに誰もいないのを確認して顔から血の気が引くのを実感する。


「はぁ……はぁ、団長どうしました?」


 そこで、ようやく部下たちが男に追いついて到着したのだが、


「急げ! 早く商隊に戻るんだ! 全力疾走だ!」


 男は部下たちに今来た道を全力で戻るように指示すると、まさに射られた矢の如くの勢いで峠道を駆け下りていった。


「クソッ、遅かったか……」


 部下たちを差し置いて一人先に商隊へと戻った男が見たものは、既にこと切れた部下と商人たちだった。


「…………どうなっているんだ」


 散々な結果に、男は戦慄を覚える。

 残った部下たちも決して経験が少なくないそれなりの猛者だったにも拘わらず、誰もがさほど抵抗した様子もなく、おそらく峠の広場にあったと同じ種類の弩で穿たれていた。

 それが止めとならなくとも弩で撃たれた者が碌に戦えるはずもなく、この後山賊たちによって虐殺されたことは言うまでもない。

 一方、戦士ではない商人たちは、弩を使うまでもないと判断されたのか、剣による斬撃や、鈍器によって殴殺されているようだった。


「ば、馬鹿な……」


 全員の死を確認した男は、盗られたであろう積荷の様子を見て、さらに驚くこととなる。

 盗られた積み荷は、主に金と貴金属が入っていた馬車、それと食料と商隊にいた女たちが主で、交易品や生活必需品といったかさばる積荷には一切の手が加えられていないことだった。

 山賊たちは、それらを馬車を引いていた馬へと括り付けて運んだらしく、山賊たちを追撃しようにも肝心の足が奪われてしまうという最悪の事態だった。


「これが本当にただの山賊の行為なのか?」


 余りにも手際のよい……最早、全てを見通していなければ不可能な山賊たちの手腕に、男は呆然と佇むことしかできなかった。

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