僻地の薬師1
むかしむかしあるところに、小さな町がありました。
町の人々は重税にいつも苦しんでいましたが、町長は改めようとせずに毎日遊んで暮らしていました。
そんな世界を見た神様は、とても悲しく思いました。
「こんな酷い人間は許せない。罰を与えてやろう」
神様は町長を懲らしめるため、小さな村で働くマーセルに力を与えました。
ちょうどマーセルも町長の非道に憤っていた一人でした。
ですが、町長を守る兵士たちは重い鎧や長い槍。それに弓矢を持っています。
戦おうにも、到底かないません。
そこでマーセルは力のない人々にも戦えるように火薬を改良し、銃を作りました。
銃が撃ち出す弾は兵士たちの鎧を貫き、轟く銃声は馬を怯えさせました。
快進撃の末に、町長は人々に成敗されました。
ですが、町の問題は終わりません。
今度は飢饉です。みんな、お腹を減らして苦しみました。
マーセルは一晩考えると、簡単に作ることができるイモを広めました。
イモはすぐに成長するしお腹にも溜まるから、すぐに畑はイモでいっぱいになりました。
飢餓の危機が去って一安心と思いきや、今度は王様がマーセルを異端者として処刑するように命じました。
「私たちの為に戦ってくれたマーセルを裏切ることは出来ない」
そう言って町の人々が断ると、王様は軍隊を町に向かわせました。
マーセルは言いました。
「国がこんな事になるまで放っておく王様なんていらない。戦おう」
町の人たちは賛成して、王様と闘う決意をしました。
……
……
王国の七つの町を味方につけたマーセルはついに、悪い王様を倒しました。
王様がいなくなった後に残された玉座に座ったマーセルは、八人の妻と共に、しばらく平和に暮らしました。
しかし、また問題が起きました。
それは……
「ごほっごほっ」
咳き込む声を聴いて、少女は思わず部屋から飛び出した。
「おばあちゃん、大丈夫!?」
少女が祖母の部屋に飛び込むと、赤い血の混ざった痰を吐き出していた。
「おばあちゃん! ほら、これを飲んで」
そう言って飲み薬を差し出すも、これを飲ませても症状を先送りに出来るだけ。
根本的な解決にはならない。わかっていても、祖母の苦しみを抑えるためにはこうするしかないのだ。
「……落ち着いた?」
「ああ、落ち着いた。ありがとう、ローサ」
ローサの祖母は優しげな声で言ってのけるが、彼女の苦しみを間近で見ているローサにとっては暢気にしてはいられなかった。
「おばあちゃん。やっぱりこの辺りで採れる素材じゃ、この病気を治せる薬を作れないよ」
「いいんだよ、それで……それが私の宿命なんだから」
本人がそう言っていても、ローサには全く納得できなかった。両親は物心つく前に亡くなり、彼女が今までの一七年間を生きるまで世話をしてくれたのは祖母一人。自分だけでなく妹の世話までしてくれた。
ここまでしてくれた人に恩を感じない者はそうそういないだろう。
しかし、納得できないと言おうがなんと言おうが、祖母はローサが遠出をすることを許すことはない。
もし一言でもそう口に出せば、普段の優しくも抑揚に欠けた言葉遣いが一変。怒りを顔と声ににじませて怒鳴り散らすのだ。
だから、
「うん、わかったよ……凄く、悲しいけれど」
「そう。それでいいのさ。これが、私に相応しい最期なんだよ」
こうやって肯定して場を鎮めるのだ。しかし今回は違った。ローサは優しい少女だが、その優しさが時として約束を破らせることもある。
彼女が持つ優しさは強靭であった。
「じゃあ、牛たちの散歩に行ってくるね。咳が酷くなったら、ちゃんとお薬飲んでね」
「気を付けてね」
果たして、後半の言葉を聞いているのかいないのか。祖母は優しく手を振ってローサの背を見送った。
―――やっぱり、このままじゃおばあちゃんが死んじゃう。
家の書斎に納められている病に関する本には、祖母の症状に限りなく近いものが載っていた。
ちゃんと治療法も載っていたし、その術も薬師であるローサは持ち合わせている。
肝心なのは薬の材料だ。材料となるヤーの草は、近辺には自生していない薬草だ。
それが一束あればこの病は治るというのに、物流が滞った世界では手に入れることができなかった。
なら、自らの足で群生地へ向かって自らの手で摘むしかない。
あの優しい祖母の元気を取り戻せるのなら、危険は承知の上だ。
ローサは自室に戻って荷物をリュックにまとめると、ひょいと背負って玄関を出た。
「お姉ちゃん、行くんだね」
玄関の先では妹のモリーが待ち構えていた。ローサが旅に出ている間は―――あまり考えたくないが、場合によってはずっと―――祖母の世話を四歳下の妹に任せるほかない。
それだけが心残りだった。
「ごめんね、おばあちゃんに叱られるのはモリーなのに」
「気にしないで、いつもの事だもん。それよりも、薬草を早く摘んで帰って来てね」
気丈な妹は胸を張ってみせた。姉として、妹の期待に応えなければ。
「うんっ! すぐに帰るから、待ってて!」
妹の見送りを受けると、ローサは歩き出した。
本の中でしか見た事のない外の世界へ。
そこに広がる世界は、彼女にとっては異世界同然であった。