日常業務 2
《搭乗員の危険を検知》
突如として、ゴーレムがひとりでに横に飛んだ。傍目からはそう映るだろう。しかし、現実は違う。
《遅いぞポール!》
バニヤン。その中でもポールと名付けられている機械仕掛けの巨人が光学迷彩を解除した。
手にはバニアン用に改造されたM八〇六重機関銃を装備し、背中のアームにはキメラ対物五〇ミリロケットポッドが搭載されている。
本来なら戦車だの車両だのを用意する予定だったが、地球から火星まで輸送するには時間が掛かり過ぎ、三Dプリンターで生産するにも複合装甲に用いるマテリアルの問題がある。
結論としてTF101はバニヤンを作業用だけでなく、戦闘用にも運用する事となったのだった。
《失礼しました、道が混んでいたので。チェイス、搭乗を》
バニヤンはロボット三箇条ならぬバニヤン三箇条で縛られている。
教授の改造によってそれもある程度緩和されているが、武器の対人使用はパイロットの手で行わなければならない。
チェイスが頷くとポールの巨大な手が彼の脇をつまみ、頭上のハッチを開いてコックピットに下ろした。
《メインシステム、オートモードから戦闘モードに移行。搭乗員との同期を開始》
ナノマシンを介してパイロットとバニヤンの動きをリンクさせる神経接続が開始された。
開始から完了まで約一秒間の短い時間だが、チェイスは何度やっても、この全身から指先に至るまで、あらゆる神経にワイヤーが挿入されるかのような感覚には慣れなかった。
《同期完了》
同期が終了するとまるで自身の目で見ているかのように外の景色が広がる。ポールのメインセンサーが捉えている映像を脳内に直接投影しているのだ。
外では敵の部隊が到着し、メガロドンとギュスターブが応戦していた。
ノリアゲはポールが再び動き出したのを見て逃げ出した。
《チェイス、連中を突破する。援護してくれ!》
ギュスターブのナノ・シールドは充電中。彼らが頼れるのはチェイスだけだ。
《標的は俺がマークし続ける。お前は二人の援護を》
マックが武装している敵兵と逃げ遅れている民間人をマークした。これで遠慮なく戦える。
《マスターアームオン、交戦開始》
ポールの右手に装備された一二・七ミリ機関銃が火を噴く。その威力は個人携行の小火器とは比べものにならない。照準の先に立つ敵兵は数発で肉片と化した。
「敵の岩石巨人が撃ってきた!」
「撤退、撤退! 相手にならないっ!」
ノリアゲが逃げ出した事で頼みの綱を失った敵兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。これも当然のことで、現地ではゴーレムを破壊出来るのは大砲のような大型兵器か、別のゴーレム。または英雄級の戦士達でなくては不可能とされていた。
銃があるからとはいえ、一般人では到底太刀打ち出来ないのだ。
《雑魚に構うな、標的を追跡しろ》
《わかってる! チェイス、先導頼む!》
この状況で一番目立ち、頑丈なのはチェイスが操るポールだ。同じく目立つゴーレムを追って前進。
《マック、あいつのゴーレムを破壊しちゃダメなの?》
今ならゴーレムを破壊出来る。その自信があるチェイスはそう尋ねたが、マックは頷かなかった。
《破壊出来るかもしれんが、中身の事を考えろ》
ロケットならもちろん、M八〇六を撃ち込めばノリアゲの操るゴーレムは瞬く間に無力化できるだろう。
しかし、強力な兵器によって中にいるノリアゲが死亡する可能性があるのではないか。破壊の余波でも同様にあり得る。そんなリスクは許容できない。
先ほどのタックルもその観点で言えば、助かったとはいえかなりのラフプレイである。
《じゃあ、どうやって捕まえる?》
《行儀よくノックしろ。意味、わかるな》
チェイスの口に笑みが浮かんだ。
逃亡を始めたノリアゲは大回りに出て来た城へ戻っているように感じられた。状況が不利ならばそのぐらいはするだろう。
《その先の十字路、左右に敵の大砲が展開している。気を付けろ》
装甲なぞあってないようなバニヤンにとっては旧式の大砲でさえ脅威となる。しかし迂回する時間もない。
時間を掛ければ掛けるほど状況は不利になる。
《援護お願い》
《任せろ》
メガロドン達に告げたチェイスは十字路に飛び出すと、まず右に展開する砲兵を掃射した。
ドドドドと銃弾が敵兵を細切れにしていくが、一門だけ発射に成功した大砲があった。
砲弾は右手に持つM八〇六に着弾、木っ端微塵にした。これでは使いようがない。
その間にメガロドン達は反対側の砲兵に制圧射撃を続けていた。
《もういいよ、離れて!》
まだポールは強力な兵器を搭載している。背中のアームに搭載されたキメラロケットが間の抜けた発射音と共に砲兵もろとも大砲を消し飛ばした。
《敵死傷者数一三、民間人死傷者〇。お見事です、チェイス》
舞い上がった砂埃なぞものともせず、ポールはセンサーを用いて正確な戦果を告げた。
この程度の小さな戦果に満足している余裕はない。既にノリアゲは屈んで門を通り、城門の向こうに消えていた。急がなければ防御を固められて事態が大きくなりすぎてしまう。
もっとも、それでも彼らは任務を遂行できると確信していたが。
《城壁を破壊します》
キメラ対物ロケットはその名の通り人や車両ではなく、本来は地雷の除去やトーチカ破壊に用いられているものである。兵器ではあるが、前線で積極的に用いられるものではない。民生用にも活用されているものだ。
バニヤンに搭載されているのは、あくまで火星の岩盤を爆破するためのもの。
では、魔術で強化された防壁に対しての有効性はどうなのか。それは議論するまでもないだろう。
城門が二発のロケットによって大穴が穿たれ、砂埃が巻き上げられた。
「撃て!」
ゴーレムのハッチを開けたノリアゲが命じると、待ち構えていた砲兵部隊が一斉に発砲した。
猛烈な硝煙によって視界が遮られる中、砲兵の一人は揺らぐ気配を見て絶望した。
「敵健在!」
それは、ゴーレムでは考えられないほど機敏な動きだった。歩いて移動するのがやっとなゴーレムと比べれば、まるで陸上選手のようなフォームで走るバニヤンの姿は脅威以上の何物でもない。
砲弾の装填は間に合わない。詰みの事実を突きつけられた砲兵は蜘蛛の子を散らしたように逃げ出し、僅かに遅れてノリアゲも踵を返した。
しかしノリアゲの操るゴーレムの肩は掴まれてしまった。
振り向かされると同時にバキリという音と共に左肩が引きちぎられ、ノリアゲは絶叫した。ゴーレムは搭乗者と感覚をリンクしている。死にはしないが、凄まじい激痛だろう。
さらにチェイスは引きちぎった肩を正面装甲に叩き付ける。装甲が破壊されたことで開放されたコックピットには、失うような痛みを受けた肩を押さえて呆然とするノリアゲがいた。
「来るな!」
その言葉だけで止まれるほど状況は甘くない。
チェイスは素早くハッチを開くと、ノリアゲのゴーレムに飛び込んで彼の顔面にストレートを一発浴びせた。
《ポール、お願い》
《任務了解。全手動操縦システムオフライン》
ゴーレムの内部には簡単なシートベルト以外に搭乗者を固定するものはない。シートベルトを引きちぎったチェイスは、ノリアゲを後方に投げ捨てた。そして、ポールの背面から伸びたロボットアームがキャッチ。そのままあらゆる手動操作を受け付けなくなった自身のコックピットへと押し込んだ。
《チェイス。そのままミスターポールにデサントしてください。援護はお任せあれ》
ウージーからの無線だ。チェイスは彼女がどこにいるか把握できていないが、彼女の事だからどこからかチェイス達を見ているのだろう。
主を失ったゴーレムからポールに飛び移ると、頭上に設置されているデサント用の手すりに掴まった。




