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救世の地 2

 サーボレンス州にはマーセル統一戦争の頃に放棄された要塞跡が点在している。

 当時の建物は基本的に石造りのものが多く、軍事拠点としてだけでなく小さな町としての機能もあった。

 しかしそれは昔の話。

 遠くまで見渡せる櫓は朽ち果て、堅牢な城壁は崩れ落ち、城郭は一部が壁と屋根を遺していれば上等。多くは廃墟以外に形容する言葉が見当たらない有様であった。

 しかし持たざる者にとって、野宿して吹きさらしの夜風を受けながら眠るよりも、壁があるだけありがたい。地下水をくみ上げる井戸が残されているとあれば、町のドヤと大差はない。金を一切取らない分、こちらの方がいいという旅人もいるほど。

 旅の休息には十分という事で、それなりの有力商人が隊商の為に整備をしている遺跡さえ存在している。

 こうした共有が成立するのは利用する者達が大切に扱っている証左だが、やはり欠点もある。

 それは権力の手が全く入っていない分、悪意ある暴力にさらされればこのバランスが一吹きで消し飛んでしまうという点だ。

 誰のものでもない無人の建築物。加えて公権力の目はない。

 例え常人が定住するには我慢ならない環境だとしても、無法者が居座る分には最高の物件なのである。


 スザク関跡はアンシャン周辺に約三〇ヶ所はあるとされている遺跡の一つだ。

 サーボレンス州の多くの地域と結ばれる街道からも遠いこの遺跡は、立地と同じように状態もよくない。崩壊した城郭に、板で補強してようやく部屋と呼べる空間が一つ。

 そんな状態の遺跡だというのに、周辺には食事・睡眠・排泄・性欲など、人の気配が満ちていた。

「どうだ、タナは戻ってきたか?」

 焚き火を囲う集団に鉄の兜を被る男が語り掛ける。一方で立派な被り物とは裏腹に、垢だらけの頬や伸び放題の無精髭は正規の軍人のそれとは思えない。身を守る鎧も金属や皮ではなく、木製の板を荒縄で繋いだ簡素なものだ。

「まだだ、見回りの連中も。……なあ、コノゾウ。タナはあいつらに捕まったんじゃないか?」

 それもそのはず。彼らはいわゆる山賊と呼ばれる存在で、今はアンシャンの商人が経営する隊商を人質にとり、身代金を要求している真っ最中なのだ。

「もしかしたら、一人で逃げたのかも……」

「馬鹿な事を言うな」この山賊団の頭領、コノゾウは一喝した。「タナはきっと戻ってくる。俺たちの結束は絶対だ。そうだろう?」

 コノゾウ率いる山賊団に属するほとんどが元農奴だ。出稼ぎの為に農奴となったが、苛烈な環境に耐える事が出来ずに脱走し、憎き商人から奪う生き方を選んだ。

 そんな彼らが商人に身代金を要求したのは初めてだが、略奪に関しては抵抗感がほぼないと言っていいほどに慣れていた。

「このヤマが上手くいけば、俺たちは大手を振って故郷に帰れるんだ」

 あらゆる犯罪を正当化できる魔法の言葉を囁く。理性ある人間が凶行に及ぶには理由が必要なのだ。

「ああ、そうだな。奴が戻ったら知らせるよ」

「頑張ってくれ」

 励まし終わるとコノゾウは自身のねぐらに戻っていった。

「けっ、偉そうに。どうせ女としっぽり楽しんでるくせに」

 彼の背中が唯一の屋内に消えると、見張りの男達はひそひそと陰口を囁き合った。コノゾウのねぐらには頑丈な拘束具があり、そこには誘拐した隊商の生き残りが集められている。

 もちろん男の集団が好んで生かす人間の性別なぞ、述べるまでもないだろう。

「あいつは妙な妄想に囚われてる。多分、マーセルみたいに世直ししようとでも考えてるんだろう。馬鹿な奴だ」初老の山賊は焚き火に薪をくべながら続ける。「もしこの件でアンシャンを本気で怒らせたら、俺たちなんて一吹きで消し飛ばされちまう」

「じゃあどうするんだ、ひっそり逃げ出すか?」

 不用意に放たれた一言に視線が集中する。この一言は、彼らの間では禁句だ。

「悪い」

「……いや、真面目に考えるべき時なのかもしれない。コノゾウはもう終わりだ。そう思わないか?」

 見張り達はやや躊躇うように黙っていたが、やがて頷くものが出てきた。

「アンシャンの商人に尻を向けた以上、ここにはもういられない。別の狩場を探すべきだ」

 もはや略奪の味を占めてしまった彼らに、平和の道は存在しない。死ぬまで過酷な労働を強いられるぐらいなら、他人から奪って楽しく暮らす方がいいに決まっている。

「なら、どこかの山賊と合流した方がいいな。……ところで、見回りの奴ら遅くないか?」

 言われてみれば。

 スザク関跡周辺では山賊が犬を連れて巡回している。だというのに、先ほどから犬の鳴き声ひとつ聞こえない。

 身代金要求の使者として送り出した者を待つのもそうだが、彼らにはこの見回りの引き継ぎも担当していた。

「溜まりすぎて、犬とよろしくやってるんじゃねえのか?」

「勘弁してくれ。あいつと穴兄弟なんて御免被るぞ!」

 ははは、と静かな夜に笑いが響いた。

 その直後、銃声と共に見張りの全員の頭部が弾けた。

《時間との勝負だ、急げ!》

 木陰から姿を見せたTF101の隊員達。バーゲストを先頭に遺跡の壁の内側まで踏み込むと、人質が囚われているという情報があった小屋へ一直線に向かった。

 扉のノブ側にソヴォクとコロニー。蝶番側にバーゲストとギークが並ぶ。内部からは混乱の気配で満ちている。

《ドアを破壊する。フラッシュバン用意》

 ギークがポーチから閃光手榴弾を取り出すと、バーゲストはC九ライフルに取り付けられたM四七散弾銃の弾倉を対人散弾から突入用のブリーチ・シェルに交換した。

 ブリーチ・シェルは砂の爆薬が詰まったようなシェルで、扉などを貫通して内部で小規模な爆発を無数に起こす設計となっている。貫通力の低さから対人・対装甲には向かないが、ちょっとした鋼板や薄い木製の扉は一撃で木端微塵になる。

《行くぞ》

 バーゲストがM四七を三回発砲すると、ノブと蝶番が消し飛んだ。

 枠と繋ぎとめるものがなくなり、トンと音をたてて扉が地面に落ちた。直後にソヴォクが後ろ足で蹴飛ばす。

 ギークが閃光手榴弾を投げ入れるのと、内部から扉に向けて敵の掃射が行われたのはほぼ同時だった。点火までの時間を極限まで短くした閃光手榴弾は床に転がった瞬間に炸裂した。

 待ってましたとばかりにソヴォクとコロニーが突入。続いてバーゲストとギークもなだれ込んだ。

 複数の銃声と悲鳴。ギークが内部の惨状を目の当たりにしたころには大勢は決していた。

《クリア》

 床に伏せる四人の男に、壁と鎖で繋がれた三人の女。これが一見して発見できた人間。素人が見よう見まねで作った物に見える家具や積み上げられた木箱、そして飲料が入っていると思わしき壺が複数詰まれている。

 壺については、TF101に荷物の奪還を依頼した商人の酒だろう。情報と外観は合致していた。

「ミンはいるか?」

 コロニーが語り掛けると、女の一人が頷く。しかし、以降頷く者はいない。

「冒険者ギルドから派遣された。他の隊商の人間はどうした?」

「死にました。遺体がどこにあるかは知りません」

 隊商の生存者は一人だけ。他は個人の旅人や小規模な隊商の人間だった。

 もっとも、隊商の人間は今回の依頼においては副次的な目標に過ぎない。本当の狙いは運んでいた壺の中身である。

《バーゲスト、見てください》

 体内通信で呼ばれたバーゲストはギークに歩み寄った。彼は一つだけ開けられた壺に成分分析機を挿入していた。

《なにかわかったか?》

《わかったどころの騒ぎじゃありません。この壺の中身、酒じゃありません》

《やはりそうか》

 アルコールに常人が考えられないような値段がつくことは珍しくない。だが、それにしては冒険者ギルドに依頼を回すのはおかしい。半分傭兵、半分チンピラの冒険者ギルドではなく、州の軍を頼るべきだ。

 軍の腐敗が著しいとはいえ、頼れないとは到底思えない。これがTF101が抱いた依頼への不信感。その正体をギークが掴んだのだ。

 分析器にはこの化学式が表示されていた。

《C一七H二一NO四。こいつは液体コカインです》

バニヤン

 火星開拓用に設計された二足歩行型重機。資源が限られた火星での任務のために少ない部品数で設計されている。高性能AIにより高いバランス維持能力と思考能力を持つ。状況次第では兵器としても扱われ、対人戦闘の場合、三箇条を避けるためパイロットが搭乗して神経接続により直接操作する。

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