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救世の地 1

 サーボレンス州

 連邦の中でもこれといった特徴のなかった内陸州は、ほんの一〇年前までは本当に何もなかった。人が住める場所の少ない地理、ちょくちょく氾濫する大河。なによりもソバやコメという、連邦では非常にマイナーなものを主食としている点が気味悪がられているようだ。

 しかし転機というものは大抵は他者の不幸がもとであり、サーボレンス州も例外ではなかった。

 一〇年前から流行りはじめた芋の病気。マーセルがもたらした生産性の高い芋に主食を依存していた大陸は瞬く間に食糧難に陥り、食料を求めて一触即発の状態が続いた。

 この冷戦が熱を帯びなかったのは、他でもないこのサーボレンス州の功績であることは間違いない。

 芋の病気にサーボレンス州の作物は影響されず、食料の輸出で各州の食糧難はかろうじて改善されたのだ。

 ただし、抜本的な解決には至っていない。現状も芋の生産量が回復していないマーセル連邦での冷戦は続いている。

 また外部の状況が芳しくないというのに、内部の状態も極めて危機的な状態にある。

 五年前に起きた政変により、指導者であったキシタ家は政治の中心から遠ざけられた。この政変は紛れもない軍事クーデターだが、事は穏やかに進み、キシタ家で処刑されたのは当時の首長だけだった。

 州の主導権を握った首長となったのは、クーデターの首謀者であったノブタ・ナオリゲ。元々は州が保持していた軍(当記録では州軍と仮称する)の将軍であった彼は権力を手にすると、『他者の救済』を謳ってキシタ家が慎重に扱っていた税のバランスを傾け、輸出で莫大な富を得た。

 農村部は高い税に苦しむ一方で、アンシャンに住む一握りの住民は日夜贅を尽くした生活を送っている。

 隣接している州はサーボレンスの状況を見守っている。恐らく、致命的な歪みが生じるのを狙っているのだろう。

 同様に、地球が最も効率よく付け入る隙もこの州に存在するというわけである。


 アンシャン。大きなチョウス河の恵みを受け、周辺には水流を利用した青々とした水田が広がる、大地に愛された街。

 しかしその名も、農村部に訪れてみれば嘘偽りに脚色されたものだと誰もが理解する。

 壁の外に住まう農奴達は大半の農作物を武装した兵士たちに奪われ、明日生きる事すら困難な日常を生きている。

 道端には飢えや過労に倒れた死体があり、衛兵は見つけ次第いそいそと運びだして火葬する。いや、火葬と呼ぶのもおこがましい。彼らは疫病を撒き散らす根源を処分しているだけであり、死体はゴミと一緒に焼却処分されているのだ。

 このような状態が五年も続けられるのには理由がある。それは農奴である。

 まるで不作のような様相を呈しているアンシャンでも、作物が壊滅的な状態にある他の州よりマシ。

 サーボレンス州の外へコメやソバを売りに行く隊商にはアンシャンの富を生み出すと同時に、楽園を継続させるための消耗品を買い足す役目もあるのだ。

 さて。ではこの地獄を生み出したアンシャンの中心部はどうなのかというと、こちらの周辺は強大な壁に囲われ、富と食事で集めた兵隊。そして輸出の富で得た最新の武器で守られていた。

 中に入れるのは壁の内側の住人か、権力者に認められたものだけ。農奴なぞもってのほかである。

 TF101でさえ、忍び込むのは困難だった。もちろん、殺傷を許可されるのであれば不可能ではないが、それはもはや調査ではなく戦争である。

《もちろん、州都の武装勢力との戦闘は許可できない。無暗に存在をアピールするわけにはいかないからな》

 サミュエルはバーゲストの冗談をにべもなく却下した。

《では農村部での調査を?》

 それもあまり良い決断とは思えなかった。小さな村一つと貧しい州都の農村部を調べただけで浮かび上がってくる州のよろしくない状況。行動が遅れると州がややこしい状況に変化する可能性がある。

 ややこしくなるならせめて、こちらが何枚か噛んで主導権を得なければ。

《なんとか内部に入り込む手段を探してほしい》

《素晴らしい作戦だ、了解した》

 体内通信の回線を切ると、バーゲストは部下と向き直った。

「聞いたな? 誰か提案はあるか」

「力づくで押し入るのはダメなんだよな。じゃあ隊商の荷物に紛れて忍び込むか?」

 モホークは軽く言ってのけるが、バーゲストは直に警備体制を見たわけではない。そこで門周辺の警備状況の偵察に赴いたソヴォクとギークに尋ねた。

「出来そうか?」

「無理だな」

 ソヴォクは即答した。

「ギーク、君はどう思う?」

「出来そうな人材を知ってはいますが、たぶんまだ火星にすら着いていないでしょう。結論を言えば、僕も同感です。賄賂を使う方向で考えた方が現実的かも」

 ふむ、とバーゲストは考えた。しかしその思考を遮るようにコロニーが発言する。

「やめた方がいい。連中、学はないが忠誠心と金はある。ああいうのに下手に賄賂を使うとマークされる」

 一理ある。賄賂とは薄給と劣悪な環境で働かされている人間に対して極めて有効だが、生活に不自由していなければただ悪印象を与えるだけ。

 そもそも、賄賂に一体何を与えればいいというのか。シャンプーシャン村では紙巻の煙草が利用できたが、アンシャンの衛兵は詰所を覗けばパイプで煙草のようなものを吸っている。嗜好品に関しても不自由していなければ、コミュニケーションの補助になっても賄賂の材料にはなりえない。

「イェシュアはどうだ?」

「うーん、参考になれるかもしれないわね」

「話してくれ」

 農村部の調査の際、イェシュアは点在する診療所を中心に調査していた。これはSW-1の医療技術の調査と、彼女自身が出来ることはないかと考えた末の行動だった。

 一見今回の件に関しては無関係に思えたが、彼女は意外な情報をもたらした。

「アンシャンでは常に有能な傭兵を探しているらしいわ。元々傭兵としてアンシャンに来たけど、暴動鎮圧で腕が動かなくなって農奴にならざるを得なかった人がいたの」

 これだ。一同は耳にすると最も現実的かつ効果的な手段だと考えた。少なくとも、忍び込むよりも合法的に入り込めるし、内情を知るには最適だろう。

 目立つことは避けられないが、遅かれ早かれ自分達の存在は露呈する。許可さえ下りればやってみるべきだ。

「いい提案だ。私は気に入ったが、異論があるものは?」

 無言、即ち肯定である。結論が出たところで、再びバーゲストは体内通信の回線を開いた。潜入捜査などは本来警察や諜報員の仕事だから、司令部との連絡は綿密に行わなくてはならない。

 果たしてこの決断、吉と出るか凶と出るか。

 もっとも、この場にいる全員がそんな状況には慣れっこだった。

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