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未知との遭遇4

「ここが異世界か……」

 男は圧倒的な自然を目前にして、思わずつぶやいた。

 ポータルの先は高原地帯で、草原以外は空と山以外見当たらない土地だった。

 地球上で失われた―――厳密には北半球で僅かに残るばかり―――この自然を世界中が欲しがるのは、確かにうなずける。荒廃した地球よりもこちらの方がいいだろう。

 もっとも、植民したところで歴史を繰り返すだけなのだろうが。

「お前が例の言語学者サマか?」

 名前を呼ばれた男は反射的に敬礼し、

「はい。陸上自衛軍所属、加藤……」

 振り向いた先にいたのは、顔の輪郭を不明瞭にする豊かな髭に野球帽、そしてサングラスをかけた壮年。いかにもなアメリカの特殊部隊隊員だ。

 彼は人差し指を男の前にやると、

「本名と所属はナシだ。資料に載ってただろ?」

 このタスクフォースには最低限の上下関係は存在するが、政治的に不安定な部隊であり、いつ破綻するかわからない。なにより、国の秘密に関わる可能性の高い特殊部隊に所属しているのだ。隊員間でも、情報をある程度秘匿する必要があった。

 彼の言う通り、すっかり失念していた。男は喉まで出ていた自分の本名を押し込んだ。

「失礼、うっかりしていました」

「OK。俺は“モホーク(MOHAWK)”だ。ついて来い」

 言われた通り彼の背に続くと、キャンプ地に到着した。

「“バーゲスト(BARGUEST)”、噂の天才坊やがおいでなすったぞ」

 不吉の象徴の名で呼ばれる男は、無精髭と切れ長の鋭い目つきを持つ、研ぎ澄まされたナイフのような男だった。

「始めましてだな、中尉。私はバーゲストと呼ばれている。一応君の上司、チームのリーダーにあたる人間だ」

「よろしくお願いします、バーゲスト」

 リーダー、すなわち上司だ。男は見事な敬礼を返すが、バーゲストはすっと歩み寄ると、挙げたその手を叩き落とした。

「馬鹿野郎、外でわかりやすく上下関係を見せるな。仮にも、ここ(異世界)の情勢はわかっていないんだ」

 異世界の情報が集まっていない現状、どこでどんな生物が見ているかわからない。

 敬礼の概念を知るあるいは理解できる生物かはわからないが、わかると仮定しよう。そう考えると敬礼なぞ、襲撃者からしてみれば「これが的です」とナビゲートされているようなものだ。少なくとも、人間がこの世界に存在しているのは確認されているのだから、用心するのは大切だ。

「失礼しました」

「次からは気をつけろ、“ギーク”」

ギーク(GEEK)?」

 思わぬ言葉に、男は困惑した。

「コールサインだ、俺が決めた。ピッタリだろ?」

 そう言うのはモホークだ。

 確かに、ギークは自衛軍インテリジェンス計画の参加者だ。

 この計画は陸上自衛軍士官育成の為に行われたもので、優秀な頭脳を持ちながらも能力に見合った大学に通えない学生に、自衛軍入隊と引き換えに奨学金を援助するというものだ。

 もちろん大層な名前を付けて行われた計画である以上、通わせるのは単なる学校ではない。日本の大学だけでなく、スタンフォード大学やMITなど、世界中で有名な学校に通わせているのだ。軍ではなく民間で活用されるべき才能だと批判は受けたが、なんだかんだで計画は強行された。

 参加者自身も、貧しいながらも勉学を学びたいという志を持つ若者が多く集まった。

 そんな参加者の中でもギークは特別だった。彼は世界に名だたる大学を渡り歩き、言語学においては博士号を取得している。

 さらに、厳しい訓練を耐え抜いて第一空挺団に所属していた時期もある。そして何より、未だ二〇代後半と若い。タスクフォースに選抜された隊員の中で最年少となるほどだ。

 彼は自衛軍が喉から手が出るほど欲しかった、文武両道の秀才(ギーク)なのだ。

「まあ、別にいいですけど」

 どうせ、この手の話に拒否権はない。ギークはこんな扱いには慣れていた。

「じゃあギーク、最初の仕事だ。来賓に顔を合わせて翻訳機の調整と、地図の確認をしておくといい」

「例の現地人ですか?」

「ああ。言語学者なんだから、学のない我々より得ることは多いだろう」

 ごもっとも。心中で頷くと、ギークはバーゲストが指した簡易住宅に向かった。


 来賓とは、この世界で初めて接触した現地人のあだ名である。

 資料によれば、ポータルが生じた高原にたった独りで現れた老人だ。飢餓と疲労で瀕死状態にあったが、食事と点滴の投与で回復し、明確に現地語と思われる言語を話したと言う。

 そこで言語障害者用の脳波測定器で彼の思考を計測、データを分析して自動翻訳機の調整を行ったというわけだ。

 来賓が住む四角い建物では、二名の憲兵(MP)が目を光らせているため、許可が出なければ会いに行ける存在ではない。

 この辺りから来賓と呼ばれ始めたのだろうか。ギークはそんな想像をしていた。

 MPの前に立つと、腕を彼らの前にかざした。あとは、センサーが腕に埋め込まれたチップを読み込み、すべての判断を下してくれる。

「どうぞ」

 ロックが解除された扉を潜ると、そこはトイレ以外に仕切りのない部屋だった。ここの設計はCIAかFSBか……少なくとも、諜報屋の仕事であると推察するのに難くなかった。非人道的な扱いをやらせれば、連中は世界一だ。

「もしもし? 僕の言ってることがわかりますか?」

 翻訳装置のスピーカーを起動し、対面に座る来賓に語りかける。すると、彼は顔を上げた。

 顔面は酷い皺だ。健康診断の結果は五〇代ほどの肉体となっているが、見た目はどう見ても九〇代を越えている。

「もちろん、もちろんわかっているよ」

 まるで、喉から引きずり出されたようにしわがれた声だ。

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「アーベント」

 資料通り。脳内でチェックマークを打つと、

「アーベントさん。どうやってここに来たのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「……その質問は、飽きた」

 どうやってここに来たのか。恐らく誰もがそれを尋ねた事だろう。言われる側としては、何度も何度も同じことを聞かれるのは気分のいい話ではないに違いない。

「申し訳ありません。ですが、こちらも仕事なんですよ」

 ギークが言うと、アーベントは渋々ながらも口を開いた。

「確か……戦から逃げるように村を出て、放浪して……気が付けば、ここに来ていた」

 やはり。彼のアーベントという名前は一貫していたが、資料に載っている彼がここまで来る経緯は微妙に異なっていた。

 最初は旅の途中の遭難。戦の“い”の字もなかった。

 あえて誰もこの矛盾点に触れないようにしていたのは、アーベントの見た目が明らかに高齢であるという点だろう。

 つまり、認知症の浮浪者なぞ情報源として精度に欠けると判断されたのだ。

「なるほど。村で暮らしていた頃の生活について、大まかに教えてくださいませんか?」

「物乞いでした。村の人々の施しで、日々を生きておりました」

 発言が事実ならば、生来の貧乏人という事になる。

 アーベントの四肢は痩せ衰えていたが、果たしてこのような状態で山を登る筋力や気力が残っているのだろうか。栄養状態が芳しくなくとも、脚力に全く影響しないのは日本の飛脚が証明している。断言はできない。

 しかしそれでも、ギークはこのアーベントという自称物乞いに違和感を持った。だが、その違和感の正体が掴めない。

 なるほど、とそこで気づいた。自分でも気づける違和感なのだから、諜報畑のエージェントが気付かないはずがない。彼がこのような扱いを受けているのは、インテリ共も同じ違和感を抱えているからなのだ。

 疑問は解決した。しかし、違和感を掴むのは自分の仕事ではない。今の自分の仕事は翻訳機の調子を確かめることと、地図の確認だ。

「最寄りの集落ですが、本当にここでよろしいんですね?」

 地図を表示したタブレットを机に置き、アーベントに見せた。この高原―――TF101は便宜的にニュー・ノバスコシア高原と呼称している―――から西へ五〇キロの地点に建築物と生命反応が多数確認されていた。

 無人偵察機を衛星なしで飛ばすには限界の距離であるため、人が直接赴いて内情を調べるしかない。今回は場所の最終確認というわけだ。

「ここからまともな道はないが、確かにそこには村があった。名前は……忘れた」

「貴重なお時間、ありがとうございました」

「いえ」

 ギークは軽く一礼すると、アーベントもそれを返した。


 タスクフォース101の任務は異世界の調査、また必要に応じて植民の土壌を整えることだ。そのため、現地に溶け込みやすい装備で固めることが重視されていた。

「現地の武器は基本的に槍や弓矢。中世レベルだ。そのため、強化外骨格の着用は禁止。ボディーアーマーには液体防御素材を挿入する」

 液体防御素材とは、文字通り液状の防弾素材である。

 衝撃を受けると外側が瞬時に硬化して凶器を弾き、内側はジェル状になって着用者を衝撃から守る設計となっている。

 セラミック製トラウマプレートと同等、あるいはそれ以上の防御力を備えながらも、コンパクトにまとまり、さらに従来のソフトアーマー―――ケブラーなど強靭な繊維を用いる柔らかいアーマーのこと―――には劣るものの、ある程度の変形も可能。

 まさに、人類の防具史をひっくり返した新素材である。

「また、服装に関しては基本戦闘服(BDU)は禁止。普段着に近い恰好でいい。無人偵察機がとらえた映像では、こちらの方が目立たないと判断した。ただし、派手なプリントはナシだ」

 服飾技術の詳細はわかっていないが、無人偵察機が送って来た画像では現代の地球と大差ないことがわかっていた。

 なぜ主な武器が剣や槍だと言うのに、服装はそう変わらないのだろうか?

 地球から見れば不思議な話ではあるが、現地は独特な発展を遂げてきた文明だろうと推測されている。

「こちらが持ち込む武器に関しては、五・五六ミリNATO規格弾を使用するものに限る。一部、狙撃用ライフルに関しては事前に聞いた通りだ」

 バーゲストが自身が用いるC九ライフルを抱えつつ言う。

「拳銃については個人の裁量での判断が許されている。他に、何か質問は?」

 返答代わりに、モホークがM四〇A七ライフルの解放したボルトを閉鎖した。

以降は隔週投稿とさせていただきます

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