訓練三〇分 3
気付けば、少年は純白の部屋に座っていた。対面にはソファーに腰掛けるマック。
「入ったな。気分はどうだ?」
「なんか変な感じ。寝起きのような、冴えてるような」
「初めは皆そんな感じ、俺もそうだった。じきに慣れる」
「それで、何するの?」
少年はいてもたってもいられなかった。今すぐにでも力が欲しい。そのために志願したのだから。
すると、目前に机が生じた。それには驚いたが、置かれていた書類に気を引かれた。
「そこにお前の名前を書け。ただし、本名じゃないぞ。ギャルド・モンドのメンバーとしての名前だ」
ギャルド・モンドの傭兵は誰一人として本名を名乗らない。外道に堕ちるものに名など不要。などという大層な理由ではなく、純粋に要員の身辺を守るためだ。しかし、ただのあだ名とも違う。もし戦死すれば、墓にはその名が刻まれる。いわばもう一つの名前なのだ。
少年はペンに手を伸ばした。幸いにも文字を書くことが出来た。しかし、彼らにわかるだろうか? そう思い、視線をあげると、
「好きな字で書くといい」
なら南方の文字か。ずっと胸の内に秘めていた名前を綴ると、紙は勝手にマックの手元に飛んで行った。
「この名は?」
「“追う者”……それが僕の名です」
そう言うと、マックはひどくげんなりした表情になり、眉間を揉んだ。
「お前いくつ?」
「一四」
「なるほどな」ため息を一つ。そう、多感な年頃なのだ。「こっちの方で少し調節させてもらうぞ」
次はマックがペンを走らせると、先ほどと同じ要領で少年の元に紙が帰ってきた。
“チェイス”、紙にはそう書かれていた。
「こっちの言葉で人名であると同時に、追跡という意味がある言葉だ」
「ピッタリだ」
「そうだろう」
違う、そうではない。肝心なのはこれからどのような訓練があるか。少年もとい、チェイスは改めて聞いた。
「これからなにをするんですか?」
するとマックは立ち上がり、両手を広げた。前後から飛び込んでくる無数の書物が収められた書棚。
「勉強だ」
しばらくの間、チェイスは自分に投げかけられた言葉は理解できなかった。
チェイスは地球の歴史や言語、銃の扱いなど兵士として必要な知識も学んだ。何の関係があるのかと最初は飽き飽きしていたが、聞けば聞くほど重要な知識であると理解できる程度にチェイスは賢明な人物だった。本人にも才能があったのか、与えられた知識は瞬く間にモノにしてみせた。
「これで座学は終わりだ」
射撃場のような空間でライフルを置くと、マックはそう宣言した。体感時間二ヶ月、現実時間二〇分を過ぎた頃の出来事だった。
果たして銃を握って発砲したり、頭上を銃弾が掠める中地面を這いつくばって前進する訓練のどこに座学の要素があるか困惑したが、それはそれ。待ち望んだ言葉がマックの口から出て、チェイスは小躍りしたい気分を抑えて言った。
「じゃあ、次は……」
「実戦の訓練を兼ねた試験を行う」
風景が代わり、二〇分前始めて仮想世界にダイブした際に見たあの純白の部屋に移った。最初との変化は、目前には様々な銃器が並んだテーブルが配置されていることだ。
「好きなものを選べ。状況は味方以外すべて敵だ。ただし、狭い貨物船内のCQBという事を忘れるな」
貨物船に関する知識は得ている。チェイスは実物の海を目にしたのは一度きりだが、まるで海に浮かぶ山のような船だ。接近戦が多いのは理解出来るが、それなりの距離で撃ち合う状況も考えられる。
そこで、チェイスはKbk-30を選択した。五・五六ミリNATO弾を使用しているにもかかわらず、全長は五百ミリ、折り畳み式の銃床を展開しても七五〇ミリしかない。コンパクトな外見にたがわぬ強力な弾を発射できるのだ。難点といえばわずか二五〇ミリしかない銃身の短さだが、人質のいない接近戦という状況下であれば、正確な照準はさほど必要ではない。
弾丸にはフランジブル弾を装填した。これは金属粉を固めて形成された弾頭で、ハードターゲットに着弾すると粉となって砕け散る性質がある。この性質によって壁の貫通や跳弾による誤射を避けられるというわけだ。古い時代、聞くだけで高度な技術が要求されるこの製造法から不良品の選別は不可能に等しく、加えて不良品は発射した瞬間に砕けて役に立たないという代物だった。そのため至近距離での射撃訓練ぐらいにしか利用されてこなかったが、工作技術の向上した近年ではCQBの友と呼ばれるほどに多用されるに至った。
―――多分、選択は間違ってないはず……
少々不安になったチェイスはマックを一瞥した。すると、
「これから行うのは実際の戦闘を再現した訓練だ。撃って良いものといけないものの境界は曖昧。戦場に絶対な状況は存在しない」
答えは出さない、という事だろう。そうだ、これは自分への試験も兼ねている。頼ってばかりではいられない。そう考えると、一つだけ通常のフルメタルジャケット弾が装填された弾倉を持ち込むことにした。
船内という事もあって、耳のケアも考えた方がいい。反響する環境下の射撃は聴覚に甚大な障害を発生させる。VRで後遺症を心配する必要はないが、実戦での能力を試す試験ならば思考も実戦に近づけなければ。轟く銃声から聴覚を保護する対策は大体二種類だ。防音用のイヤーマフを着用して鼓膜を保護するか、銃にサプレッサーを装着して銃声を抑えるかだ。
イヤーマフは文字通り耳を覆う装備だが、銃声のような轟音とそれ以外の音を機械的に選別してくれる優れものだ。とはいえ、やはり完璧ではない。聴覚の保護は大切だが、時には銃声を聞いた方がいい事もある。
サウンド・サプレッサーは自分や味方の銃声を抑えてくれるが、敵がサプレッサーを装着していなければ爆音にさらされることに変わりはない。無論、間近でジェットエンジンクラスの騒音を聞くより遥かにマシではある。聴覚の保護という観点で見れば、イヤーマフに軍配が上がるだろう。
しかし、チェイスは保護のためとはいえ僅かな異音を聞き逃してしまう可能性を嫌がった。Kbkの鳥かご型フラッシュ・サプレッサーを外し、サウンド・サプレッサーに取り換えることにした。
続いてチェイスは装備品の選定に移った。
今訓練ではパワードスーツの着用は禁止されている。能力を試すのだから身体能力を増強する装備がないのも当然だろう。あるいは、なかった時代の状況を再現しているためか。どちらかは区別出来なかったが、この二つのいずれかだろうという想像はつく。
基本的に、CQBでは素早く動けた方がいい。相手の隙を突き、体勢を整える前に制圧した方が安全かつ確実に任務をこなせるためだ。
チェイスは肘と膝を守るプロテクターに、人間でもっとも狙われやすく脆い質量中心である胸部を守るボディーアーマー。その上にV1系のタクティカルベストを選択した。これは最低限の装備であり、最も動きやすい装備だと判断したのだ。
あとは閃光手榴弾とフラググレネードを二つずつ。閃光弾はともかく、破片手榴弾についてはいざという時のための保険みたいなものだ。
これで準備は完了。
「始めるぞ。準備はいいな?」
チェイスは力強くうなずいた。
ギャルド・モンド
中央アフリカの新自由国家同盟を拠点とする民間軍事会社。実質的に投資家達の私兵であり、最新の技術が用いられた装備を多用する。TF101には投資家達が国家の動きを監視するために参加している。マックはこの会社最初期のメンバーである。




