官と民 4
小さな灯りに照らされた、暗い小さな一室。シャンプーシャン村の村長邸に作られた地下室である。
この村にもそれなりに暗い歴史があったらしく、床や壁には赤黒い血錆がこびり付き、“道具”も中古品ではあるものの、状態の良いものがいくつか残されていた。
もっとも、この部屋でそんなものを使うのだと信じていた人間はたった独りなのだが。
地下室に降りてきたコロニーが強烈なライトの光を、部屋の中心で椅子に縛り付けられたカミールの目に向けた。
しかしカミールは怯まない。すでに俺は覚悟を決めた。お前達に何をされようとも、利になる事を話すつもりはない。そう言わんばかりに、光の向こうにいるコロニーを濁った瞳で睨みつけている。
「今からお前を死ぬ寸前まで徹底的に痛めつけ、指を圧し折り目を抉ってやる」
覚悟を決めていたとしても、やはり宣言されれば並大抵の人間は恐怖する。感情を見せないコロニーの発言にカミールの表情が強張った。しかしそれを確認した直後、コロニーはニヒルな笑みを浮かべた。
「冗談だ。俺たちはお前らと違って紳士的で、かつ知的だ。だから拷問なんて非効率的な真似はしない」
思わぬ発言にカミールは困惑するも、すぐに腹に力を込めた。あの時のように油断させて、不意を突くつもりだ。
身構えていると、コロニーは白く小さな筒を懐から取り出した。カミールの目にはそうとしか映らなかったが、これは高速発射される気泡によって細胞を切開し、薬液等を注入する、いわば針なし注射器である。
コロニーは言う。
「しばらく気分が悪くなると思うが我慢しろ」
首筋をとんと叩くだけで、痛みの欠片もなく内容物は注入された。これを肛門にでも突き刺すのかと身構えていたカミールは肩透かしを食らってしまった。
まるで薬物中毒患者のような容貌を持つ彼だが、見てくれとは裏腹に聡明だ。ただ軽く小突いただけと侮らなかった。
「俺に……何をしたんだ」
「お前が知るべき事じゃない」
心臓が鼓動するたび、体内で何かが蠢いている錯覚を覚えた。
違和感は首から肩に降り、肩から腕へ。爪先から胸へ巡っていくと、やがて頭に入った。
その直後、“脳髄が痺れた”。
平衡感覚が狂い、視線を水平に保つことさえ困難になったカミールは、込み上げるものを抑える事さえままならず、嘔吐した。
「俺に何をした!」
やっとの思いで口から出た叫びは反響するばかりだった。
一〇分ほどして、コロニーが内側から地下室の扉を開いた。
「もう入って大丈夫だ」
上で待機していたチームは案内に従って階段を下った。先ほどまで聞こえていた慟哭にも似た叫びは消え、カミールは訪れた人間を不気味な微笑で迎えた。
「申し訳ない。その……汚くて」
鎧の下に着ていた上等そうな衣服は、べっとりとついた吐瀉物によって正気を失った老人の様相を呈していた。顔は若々しいが、痴呆を患った老人だと初見で言われれば信じてしまいそうな容貌である。態度についても、地下室にぶち込まれる前と比べれば不気味なほど大人しく、上品だ。
「もう効いているんだな?」
「バッチリだ」
コロニーから確認を取ると、ソヴォクはカミールの前に椅子を置き、腰を下ろした。
「カミールさん。気分はどうですか」
「悪くない」
俺はダギーズの導師だ。お前ら愚者どもに話すことなどない。などと、少し前まで顔を真っ赤にしていた頃とは正反対の対応である。
もちろん、先ほどカミールに注入されたものに秘密がある。あの注射の中身は、端的に言えば一切の身体的及び精神的苦痛を伴わない尋問道具。精神を安定させる脳内物質の分泌を促進させるナノマシン群である。
これを投与されれば、どんなに口が固く怒り狂った人間でも落ち着くことを強制され、大脳上皮が一時的にマヒして口が軽くなってしまう。
投与した人物に危険が及ばず、ある程度行動を支配することさえできる次世代の自白剤。もっとも、このナノマシンについては開発初期段階から対抗するためのナノマシンが開発されており、先進国の人間相手には大きな効果を上げることが出来ないのは“業界”の常識である。
もちろん、ナノマシンの概念すら理解できていないSW-1の現地人からしてみれば、対策不可能の魔法と変わらないだろう。
「確認させてください。あなたはダギーズでどのような地位に?」
「導師の位を頂き、大導師より第三神聖団の指揮を仰せつかりました」
この手の尋問には、ちょっとしたルールのようなものがある。
自白剤を投与された状態の人間は非常に口が軽い。その軽さは口が滑りやすいという類ではなく、聞かれた内容に対して深く考えることなく返答してしまう。そのため、質問する側の言い方次第で、いくらでも回答を変えさせる事が出来てしまう。しかしそれでは、尋問の意味がない。カミールにはダギーズには後続が控えているのか答えてもらわなければならないのだから。
簡単な質問から重要な秘密へシフトさせろ。YESやNOで答えられる質問は避けるべき。そして質問は極力シンプルに。
「生まれはどこですか?」
「アルバ州のシャーケイ」
カミールの言うアルバ州は、ここシャンプーシャン村があるサーボレンス州西に位置する州だ。
「シャーケイはどんな場所か教えてください」
「ろくでもない場所です。役人は汚職ばかり、路地には行き倒れや死体……みんな飢えていた」
「飢饉が起きていたんですか?」
「……何が恵みの芋だ、災厄のマーセルめ。芋の病気が広がったとたん、食い物が……食い物が……」
「ストップ、尋問中断」
容態を監視していたイェシュアのドクターストップ。これまでも尋常な様子ではなかったが、俯いて何事か呟き始めた途端、この場にいる誰もが危険な状態だと判断していた。
安全な自白剤と信じ切っていた一同は少し動揺したが、コロニーは例外だった。
「アッパー系の依存症になってると、安定系のナノマシンは体に負荷を掛けるんだ。休ませてやれ」
「初耳だ。どこで知った?」
ソヴォクの問いに、コロニーは拘束具を僅かに緩めながら言う。
「経験則だ」
一時休憩となり、自白用ナノマシンを持ち込んだコロニーとイェシュア以外は地下室を出た。階段を昇り、扉を開いたその時、ソヴォクが呟いた。
「おぞましい技術め」
「ナノテクノロジーの技術者が言うのか?」
珍しくバーゲストに茶化されたが、苛立つ様子を見せなかった。
「俺は昔からナノマシンが、特に精神安定系のものはおぞましい、非人道的なものだと考えている。だが同時に、補って余るほど有用なものだ。私的な感情で利益を失うことほど愚かなことはない」
この発言はロシアだけでなく、新自由国家同盟以外の国家への批判にもとれた。
多くの国家は“倫理に反する”、あるいは人類にとって有害になる技術研究を片っ端から法で禁止し、人類進歩の停滞を招いた。
ロシアとて例外ではない。中東での石油枯渇に続くロシアでの石油及び天然ガスの枯渇。ここまで追い込まれ、ようやく惑星植民への重い腰を上げた。
他の国も似たような状況だ。新自由国家同盟とは、緩やかな破滅へ向かう人類への反発から生まれたようなものなのだ。
しばらく待つと、コロニーとイェシュアが戻ってきた。
「ようやく吐いたぞ」
「どうなんだ?」
いち早く食いついたのは村長だ。村長の家を借りているのだから、彼に成果を聞く権利はあるだろう。
「後続は現状なし。ダギーズが部隊の壊滅に気付くのに二、三ヶ月。部隊の再編成には一年ぐらい掛かるだろう。多分、そのぐらいは大丈夫だ」
「よかった」
村長はホッと息をつくと、謁見室の椅子にどかりと座り込んだ。
「一年あれば、少しは準備する時間がある」
暢気なものだ。ギークは口を開くことはしなかったが、村長の態度を見て呆れた。一年という時間は、戦争においては長い期間かもしれない。しかし、戦争の準備ともなると話は別だ。
兵士は作物ではあるまいし、一年で畑から生えてくることはない。では一般人を兵士にしようにも、訓練だって一日や二日で成果の出るものではない。数ヶ月血反吐を吐くような修練を積むことで、人はようやく殺し合いが出来る戦士へと成長するのだ。
ギークは天才だが、ありとあらゆる努力を重ねた勤勉家でもある。だからこそ、この村長の見通しを甘く感じる態度が気に入らなかったのだ。
「素直に信じるんだな」
当然とも言えるコロニーの質問に、村長はこう答えた。
「騙すんなら、もっと効率のいい方法があるはずだ。……まあ、そちらさんが完全な善意で助けてくれるなんて、ハナから思ってないけどさ」
それもまた道理。TF101が恩を売ろうとしているのは明らかであり、村長もまたそんな姿勢を利用するつもりなのだ。
「そうかい、じゃ食い荒らされないようにな。カミールの奴はどうする?」
「……処刑するのも、後々問題になるな。でもだからといって、放り出すのもまずい。そちらさんが使ってる薬がどんなものかは知らないけど、時間が経てば効果は消えるんだろう?」
村長の指摘はもっともだ。処刑がダギーズに知れ渡った場合、ダギーズが攻め込むための正当な理由を与えてしまう結果になりかねない。大義ある戦いに兵士は大いに士気を高める。巡り巡って、一人の死が大敗を招くことになりえる。
自白用ナノマシンについても、二ヶ月と経たないうちに効力は失われ、アンモニアと共に尿として排出される。追放したとしても、いずれダギーズの人間としての使命を思い出し、拠点へと戻ろうと考えるだろう。のたれ死んでくれるのが好ましいが、もし無事にダギーズの拠点に帰還できた場合、軍を率いて舞い戻るか、処刑されて後任者が攻めてくるか。どちらにせよ、攻撃の失敗を知らせる結果となる事に違いはない。
では、シャンプーシャン村の牢に閉じ込めておくか? 牢の中で誰が生かすというのか。それはもちろんシャンプーシャン村の税であり、村長としては好ましくない話に違いない。
よって、村長が渋るのも無理のないことなのである。
さてそれで困るのもTF101側も同様。捕えて情報をもたらすのはいいが、捕虜を押し付けられても困る。
《バーゲスト、どうする?》
実際に捕えるアドリブを見せたコロニーが尋ねる。バーゲストはお前が捕まえてきたんだろうがと言いたくはなったが、あの状況下での判断としては上等。それに、チームの戦略的思考は彼の役目だ。
あまりやりたくはなかったが、司令部に指示を仰いで回収部隊が来るまで待機するべきか。
その方向でバーゲストが思考を始めた時、
「向こう見ずな行動。あなた方、本当にプロですか?」
聞き覚えのない女の声。思わず銃に手が伸び、声が聞こえた部屋の端に向けた。
警戒して方角を知る事で始めて気付けた空間の歪み。光学迷彩特有の現象だ。しかしTF101の隊員は疑問を持った。ここまで精巧な人間用光学迷彩は未だ開発されていないはず。起動に膨大な電力が必要となるうえ、装着者は有害な電磁波を浴び続けるためだ。車両ならば専用の発電機と防電磁波装備によって内部の人間を守る事が出来る。
では、目前にいるのは何者か? それは、自ら明かしてくれた。
「TF101、F小隊。所属は違えど、一応仲間です」
光学迷彩が解除すると、新自由国家同盟で開発されている人型ロボットが現れた。
「新自由国家同盟の作業用ロボか」
「人間ですよ、私は。まあ信じるも信じないも自由です」
《そういう事だ》
体内通信に響く声。どうやら、バーゲストたち以外にもTF101の隊員が潜んでいたようだ。
《ウージー、勝手な接触は避けろと言ったはずだ》
《申し訳ありません。ですが、あまりにもお粗末な仕事だったので、つい》
あえて会話を聞かせることで敵意がない事をアピールしているのだろうが、やられた側としては今まで存在を伏せていたこと自体に不信感が湧くのは致し方のない事だろう。ウージーとやらの口ぶりも不愉快であった。
「ウージー。近くにいるのであれば連絡が欲しかったな」
当然のことを言うバーゲストだが、ウージーは一笑に付した。
「そうですね。ですが、あなた方は信用できませんから」
「お互い様って訳だな」
売り言葉に買い言葉。モホークもまた挑発すると、場に剣呑な空気が漂った。
その空気をぶち壊したのは、他ならぬ村の主、村長であった。
「あのさ、人の家でなに突然やり合おうとしてんだよ。聞いてたら仲間らしいけど、お前ら仲間内で戦争しに来たのか?」
技量も技術も明らかに上な人間たちを相手にしてこの発言は相当な度胸を必要としただろう。相手に理性がなければその場で殺されてもおかしくないのだから。しかし幸運にも、この場にいる全員には理性があった。
「……申し訳ない、その通りだ。セーフティーを掛けろ」
「こちらも少し熱くなりすぎました」
なんとか地球人同士での銃撃戦は回避された。銃を下ろしたバーゲストは改めて尋ねた。
「わざわざ姿を見せた理由は?」
《俺が説明しよう。F小隊リーダー、マックだ》
その名を聞いてどきりとした一同は思わず顔を見合わせた。
マック。数多の戦場に姿を見せ、あらゆる勢力の兵士を殺傷した新自由国家同盟建国の立役者。ギャルド・モンドに入隊する傭兵は皆、彼を目指しているとさえ言われている。
《伝説の傭兵? 実在したのか》
《そちらは州都へ向かうよう命令を受けているな》
体内通信に響いたモホークの呟きはマックの耳に入っているはずだが、彼は無視して言葉を続けた。
《こっちはまだ移動命令が出ていない。つまり、噂のカミールくんとやらを預かってもいいって事だ》
《報酬でも取るつもりか?》
《まさか。現地の貴重な情報源、こっちが金を払いたいぐらいだ》
なるほど、そういう意図か。彼らは戦争の犬であり、同時に戦争を操る人形遣いだ。少しでも多く、新たな戦場を操るための手段が欲しいのだ。
こういった手合いはかえって信用しやすい。他者の戦争を担うという職業の性質上信用を重視するため、裏切りを避けるからだ。だが反面、信頼してはいけない人種である。将来、利益になると考えれば容易く敵に回るためだ。
今回の場合は、信用するか否かだ。司令部に指示を仰いでも同じ決断を下すだろう。
《了解した、捕虜の移送はそちらに頼む》
《そりゃどうも。あと、そっちに出るから撃つなよ》
どうやら他の傭兵は光学迷彩を装備しているわけではないらしく、数分後徒歩で村長邸に姿を見せた。
ロボットを前線に出した事実にも驚かされたが、それ以上にチームの度肝を抜いたのは、全員が完全な強化外骨格に身を包んでいた事だ。
「俺もあんな衣服型強化外骨格欲しい」
「衣服型って、機動力は高いけどエクソスケルトンよりもパワーが弱いんですよね」
「俺が強化外骨格が要るのは移動ぐらいだからちょうどいいの」
マックの到着を確認したバーゲストは地下室からカミールを連れ出した。まだまだナノマシンが効いているため、念のため拘束してはいるが連行するコロニーに対して非常に従順だった。
「ほら、こいつらについて行くんだ」
「わかりました」
大柄な傭兵はカミールをひょいと担いだ。強化外骨格の中でも出力の低い衣服型でも、一人担ぐぐらいはわけないのだ。
「これで用事は済んだな」
「もちろん」
用心深くカミールの網膜パターンを照会すると、余韻もなくそそくさと傭兵達は去って行った。
「忙しい奴ら」
イェシュアの呟きは、まさしく彼らを象徴していた。




