官と民 1
「おばあちゃん!」
「モリー……モリー!」
自宅の前まで連れて行くと、少女は一目散に軒先で待ち構えていた老婆に駆け寄った。
ギャルド・モンドの面々に対しては気丈に振る舞っていたのだが、血の繋がっている肉親と合流できた安心感からか、エリザに抱きつくと泣き始めた。抱きつかれた方も、人目をはばからず泣いた。
「やはり、いいことをするのは気分が良いものですね」
ウージーは表情筋が一切存在しないその顔で言った。マックとしては否定するほどの事ではないが、機械化してから全く思考が読めなくなった彼女から道徳心溢れる発言が飛び出すと、ついその真意を測りかねてしまう。
ようするに不気味なのだ。
扱いに困ったマックはウージーの発言を無視すると、モリーのついでに保護した少年を見た。彼はダギーズの性奴隷として扱われていたらしく、保護したその時も下半身を隠す衣服は剥ぎ取られていた。現状は遺体から剥ぎ取ったズボンを穿かせているため、不都合はない。
「ボウズ、チョコ食うか?」
「これ、なに?」
「菓子だ菓子。パッチと比べたら牛の糞と変わんねえけどな」
メガロドンが少年にレーションのチョコレートを差し出していた。これはチョコレートという名の、チョコの風味がついた合成甘味料の塊である。
しかし現地人の少年には、チョコやらパッチが何なのかわかるはずがないが。
「何で牛の糞みたいなの他人に寄越すのさ」
「俺これ嫌いだから」
とはいえ腹が減っていたのもあってか、怪訝そうな表情でチョコを観察すると、やがて一口噛み砕いた。
「どうだ?」
「……ッ。なにこれ、舌がおかしくなるっ」
「ハハハッ、初めて食う山盛り人工甘味料の味はどうだ?」
「初めてだけど、まずいよ」
「は? マジかよ」
「ほら言わんことか。やっぱお前の舌がおかしいんだよ」
「そんな馬鹿な。おいボウズ、お前の舌に合わないんだったら俺にくれよ」
そう言って、ギュスターブは奪い取るようにチョコを手に取った。少年自身もチョコに未練はないらしく、抵抗する素振りさえ見せることもなかった。
空腹すらスパイスにならないこのチョコだが、ギュスターブは不思議と好んでいたのだ。チョコを手に入れた彼はモサモサと咀嚼し始めた。
メガロドンとギュスターブは少年とうまく接している。少年自身の心にも深い傷を負っている様子はない。そう思いながらマックが三人の談笑を眺めていると、
「外傷は特になく、心的なダメージも少なめと見るべきですね」
少年の状態について、聞かれずともウージーはそう評した。
「俺はなにも言ってないぞ」
「知りたいのかと思って」
これは的を射ていると言ってもいい。ほぼ正確に自身の知りたいことに先回りされた事に困惑したが、元々彼女はチームの衛生担当だ。金属の塊が人体の治療を行うというのもおかしな話ではあるものの、医療関係の知識では彼女に勝る者がいないのもまた事実だ。
心の傷を刺激せずに込み入った話をすることもできただろう。マックは聞いた。
「何か話したか?」
「身の上を少々。両親はダギーズに殺されたそうです。その件に関して、我々に加わりたいとか」
「なるほど。……だがその話は、こっちが落ち着いてからだな」
頃合いを見計らっていたマックは、感動の再会が繰り広げられている場に闖入した。
「契約は覚えているな?」
呼び掛けられたエリザは涙を即座に止めると、見事な仏頂面を披露した。
「適当なこと言って損したねぇ。あたしとしちゃ、共倒れにでもなってくれたら万々歳だったのに」
「おばあちゃん、この人達が助けてくれたのに」
「どっちでも構わん。嫌なら力づくで奪うだけだ」
脅迫ともとれる発言だが、エリザは投げつけられた言葉とは裏腹に屈託なく笑った。
「はっ。頭がすげ変わっただけ、やることぁ変わらないね」
「その通り」
改めて先客の確認をとると、体内通信でニュー・ノバスコシア基地との回線を繋いだ。
《ビショップ、こちらマックだ。前線基地の用意ができた。“大工”を連れてきても大丈夫だ》
《了解しました。申し訳ないのですが、“大工”の到着と補給が済み次第、国軍の部隊を追跡して下さい》
国軍の部隊が信用ならないのは、マックも承知している。しかし、追跡の指示がここまで早く下るとは思ってもみなかった。
―――まさか、もう既に瓦解の兆しを見せたのか。
このマックの懸念を読み取ったのか、ビショップは慌てて続けた。
《ああ、ご安心下さい。別に彼らを排除しろとか、尋問しろとか、そういう物騒な話じゃありません。どちらかと言えば支援です》
《それは、“言葉通り”に受け取っても構わないんだな?》
思わぬ返答にビショップは笑った。
《まだ地球人同士で戦えなんて言いませんよ、私が保証します》
将来その可能性も視野に入れていると受け取れる発言だが、そこはまだ置いておくとして、
《彼らの通信を聞かせてもらっているのですが、現地人の集落が武装勢力……あなた方の遭遇したダギーズと名乗る集団ですかね……それの襲撃を受けているそうです》
今回の戦闘でギャルド・モンドはダギーズの捕虜をとっていないが、その性質が非常に独善的で、かつ好戦的なのはわざわざ本人達に尋ねるまでもない。
その集落とやらもエリザら一家と同じく、略奪の対象に選ばれたのだろう。
廃村のはずれに建つ小さな家と、人口は知れないが本格的な集落。人を多く送るのならば、後者が合理的だろう。
マック達ギャルド・モンドの前にニュー・ノバスコシアを発った国軍部隊は、五人前後の偵察部隊。現代の技術をもってしても、状況次第では厳しいに違いない。
《手段はそちらに任せます。救援に向かって下さい、以上です》




