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銃撃。それに続く銃撃。またそれに便乗して銃撃。装填に手間と時間がかかる前装式の銃だというのに、乱雑な銃撃が繰り返されていた。
これはもう、敵の指揮系統に混乱が生じたなとマックが確信した頃に、ウージーからの報告が来た。
《こちらウージー、敵指揮官を無力化》
機械の体を持つ女からの通信。彼女が持つ“機能”はまさに初見殺し。何も知識を持たぬ者からしてみれば、これほどひどい能力はないだろう。
《こちらマック。待たせて悪かったな、攻撃開始》
《待ちくたびれたぜ》
猪突猛進を体現したような男、ギュスターブが背後にメガロドンを伴い、大通りから堂々と敵の戦列に姿を晒した。
「敵だ!」
ダギーズの構成員がギュスターブの姿を目撃すると、誰か確かめもせずに叫び、ライフルを構えて発砲した。
本来この戦列には三十丁ものライフルが並んでいたが、実際に掃射したのは五丁にも満たなかった。ほとんどが無駄撃ちするか、側面に潜んでいる敵に気を取られ、目前の敵に反応できないという、本末転倒な事態に陥っていたのだ。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。不安定で数の少ない弾も、運よく一発が命中するであろうコースを描いた。
だがしかし、ギュスターブの目前で全てが静止し、苔が目立つ石畳にポトリと落ちた。
彼にはもったいないほどに最新技術が詰め込まれた次世代防御兵器、ナノ・シールドのおかげである。
ナノ・シールドとは文字通りの兵器で、整波器とも呼べる母機の装着者前方二メートルに無数のナノマシンが展開。高性能センサーが装着者に向けて放たれる危険を検知すると、ナノマシンが着弾地点に集合し、停止させる。透明な防弾シールドのようなものだ。
しかしシールドは決して無敵の防壁ではない。わかりやすい弱点が三つある。
一つは、母機の重さだ。母機だけでも八〇キロもの重量があり、なおかつ五〇キロのナノマシンタンクも加わる。これはパワードスーツを装着していたとしても、スーツの故障を考えれば恐ろしい事だ。なにせ、背中にも空きが消えてリュックを背負うことさえ出来なくなるのだから。
二つ目の問題は、防御効果の継続力だ。ナノマシンのバッテリーは三分間までしか持たず、充電のために一〇分間の無防備なタイミングが生じてしまう。
最後は根本的な問題だ。シールドはセンサーの都合上正面までしか守れず、側面攻撃には弱い。古い時代の盾と同様の弱点も継承しているのだ。
しかし、この弱点を補うために彼がいるのだ。
《一〇メートル先に感あり、路地で待ち伏せてるぞ》
《じゃ、そいつらは任せた》
ギュスターブは敵集団が潜む土嚢に対して制圧射撃を継続しつつ、前進。
その先で槍を構える者たちがいた。正面から撃ち抜いても倒せないのなら、意識の外から脇を貫けばいい。
家々の狭い隙間に潜むダギーズの戦闘員は決死の覚悟で固唾を飲み、頃合いを待った。
轟く銃声が一歩、また一歩と近付き、時折曳光弾の緑が蛍のように横切る。やがて、ナノマシンの反射により生じた透き通る“青い壁”を目視した。
好機はいま。柄を握り締め、突撃せんとしたその時だった。
そっと角から現れた顔と銃口に、彼らの足は思わず止まった。奇襲をする側は、現実には奇襲される側だったのだ。
―――しまった。
それが最期の思考だった。
《敵排除》
メガロドンはパナ電磁波を用いて生命体及び金属を探知するパナレーダーを装備している。特殊な素材で防護しなければ、彼の二〇メートル以内に隠れられる場所はない。
一方的に届く銃弾の嵐に、ダギーズの銃はことごとく無力化され、もはや打つ手なしと兵士が後方に向かって逃げ始めた結果、前線はどんどん後退し始めていた。しかし、間もなくシールド展開から三分が経過しようとしていた。
《ナノマシンの活動限界まで残りわずか。マック、連中にとどめを刺してくれ!》
三分間を過ぎれば、ギュスターブとメガロドンを守るシールドは消滅する。敵と共に飛んでくる弾も減っていたが、万が一があってはならない。あと一押しで敵は完全に崩れる。その役目はこのチームを指揮する男に任された。
《後は任せろ》
丘の上に立つ廃屋から戦況を眺めていたマックは偵察もそこそこにヘルメットの望遠機能を停止させると、背負ったBFU-1138ジェット・パックを起動させた。
人間の意識は基本的に水平方向にしか向かない。故に、罠を仕掛ける時は足元や頭上に仕掛ける。
では、戦闘中に自身の頭上に視線を巡らせる人間はいるだろうか?
答えは否だ。
ダギーズの中でも歴戦の戦闘員たちにとっても、この攻撃は想定外だった。次々に仲間が倒れていく光景は慣れていたが、土嚢に身を潜めていた者がバタバタとなぎ倒され、地面に血と臓物がぶちまけられたのを見て、さすがに異常に気付いた。
―――敵は上にいる!
まさか、敵の部隊が屋根の上に回り込んでいたとは。逃げ惑いつつ、兵の一人が空を仰ぎ見た。彼がその時目にしたのは、あろうことか上空に浮かぶ、たった一人の人間だった。
彼もまた、その事実を伝える間もなく撃ち抜かれた。
《各F小隊員に告ぐ、『臆病者を始末しろ』》
ダギーズの兵は自分達に隠れる場所がどこにもないと知り、部隊が崩壊を始めた。大方、この村が呪われているだとか化け物が住んでいるかと思い込み、自身の想像を超えた事態を納得しようとしているのだろう。
だが、マックはこの村で起きた事態を広めさせる気はなかった。彼が告げたのは『敵対勢力の殲滅』を通達する暗号なのだ。
この指示を受けたギャルド・モンドの傭兵は、敵が投降しようが逃亡しようが、容赦なく弾丸を叩き込む。TF101に大規模な捕虜を飼う余裕はなく、同時に人体実験のモルモットは来賓の一人で十分だったからだ。
各地で銃声が響き始めたのを確認したマックは地上に降り立ち、ママキーヤが監視していた民家へ。食事の煙は相変わらずもうもうと立ち上っていた。開け放たれたままの正面玄関の扉を開くと、そこすらも例外なく死の気配が漂っていた。
頭蓋骨の弾けた男女の死体が二つ。壁に打ちつけられた鎖の先にはエルザの孫モリーと、下半身を晒した少年が呆然としていた。
そして、鼻腔に僅かな潤滑油の匂い。
「ふざけた真似はやめて、姿を見せろ」
モリーと少年は自分に向けて言われたのだと勘違いして、見るからに困惑した。
「……えっ?」
「僕は隠れてないよ」
「お前らじゃない、ボウズの“ナニ”を眺めてる変態機械女に言ってるんだ」
「え?」
口から間の抜けた声が漏れると、何もない空間から人間とは思えない容姿の“何か”が出現した。
少なくとも、少年の瞳にはそう映った。
「うわっなんだお前!?」
「この地点は制圧しました、リクソー」
「他の援護へ向かえ。それと、二度とその名で呼ぶな」
全身が機械の女性らしき存在と、見たこともない素材の装備に身を包んだ男。モリーと少年は口を開く事も出来ず、ただ状況に流される事しか出来なかったのだった。




