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静寂の横で

 ローサはまたあの恐ろしい音を聞いて目を覚ました。

 外では人の動く気配があるというのに、彼女は爆音が轟くまで起きる気配なぞ毛頭なかった。まったく図太いと言うべきか、鈍感と言うべきか。

 それはともかく、ここはシャンプーシャン村の宿の一室。隣のベッドでは、護衛のカミラが眠っているはずだ。

 一声掛けることも忘れて、ローサは視線をカミラの眠るベッドに巡らせた。

―――いない。

 プラチナブロンドの女は、そのベッドにはいなかった。自分の傍にも、部屋の隅にも、荷物入れの箱の前にも。どこにもいなかった。

―――どこへ行ったんだろう?

 ここで有り金を盗んで逃げ出したのではないかと、財布の中身を確認しない辺りが彼女だろう。

 不安に駆られたローサはベッドを降りると、扉を開けて廊下を覗いた。一階では、人が集まってざわついている。

「おいっ、外を見てみろよ! ダギーズの奴ら、蜘蛛の子散らすように逃げ出してるぜ!」

 そんな声と共にざわつきは足音に変わり、遠ざかっていった。別にやましい事があるわけではないが、ローサは人の気配がないことを確認すると、階段を下った。

 酒場はがらんとしていて、誰一人いなかった。そのまま、ローサも外の様子を見に行こうとすると、

「危ないから、まだ中にいた方がいいわよ」

「ひゃっ!?」

 背後から掛けられた声に、ローサは怒鳴られたわけでもないのに硬直した。声の主は笑った。

「落ち着いて。別に取って食べたりはしないわ」

 よく聞いてみれば、人を落ち着かせるような声の女性だった。振り返ると、酒場のカウンターに髪を剃った女性が座っていた。

 気配は、全く感じられなかった。

「ご、ごめんなさい。つい、ビックリしちゃって」

「いいのよ、仮にも緊急事態だからね。驚くのも無理ないわ」

 続く言葉が思いつかず、立ち尽くしていたローサを見かねた坊主頭の女性は、

「とりあえず、座ったら?」

 その通りだ。ローサはトボトボと歩き、カウンターの席に腰を下ろした。

「外では戦闘が始まったわ。戦ってるのはダギーズと、私の仲間ね」

「あの、どうしてダギーズは人を襲うんですか?」

 ローサは家を出てから抱いていた違和感を女性にぶつけた。

 なぜ、物語でマーセルを助けたあの義賊たちは、あの様なひどいことをするのだろうか。カミラとは長くないが、間違いなく笑われるだろうとしなかった質問ではあるが、不思議とこの女性には尋ねても笑われない気がした。

 それは気のせいだった。しかし、不快感のある嘲笑ではなく、微笑とも言うべき穏やかな笑みを浮かべて、

「ごめんなさい、私も知りたいぐらいなの。でも……」

 やや間を置くと、女性は続けた。

「あなたの知るダギーズって、どんな人たちなの? 聞きたいわ」

 すぐそばでは人が死んでいるはずなのに、彼女と話していると心が安らぎ、会話を続けたい気分になった。

「えっと、私の知っているダギーズは義賊でした。悪い人たちから盗んだ財宝をお金や食べ物に変えて、貧しい人たちに分け与えていました」

 絵に描いたような義賊。今活動しているダギーズとはまるで違う。

「ある時、マーセルが王様の圧政に反発したんです。でも、みんな王様を怖がって賛同してくれなかったんです」

「それで最初に手を挙げたのがダギーズって事ね」

 義賊とはいえ、やっている事は盗賊となんら変わりはない。そういう点で言えば、ダギーズが最初に賛同したというよりも、同類の手助けをしたと見るべきなのかもしれない。

「マーセルのピンチに駆けつけて、弱気を助け強きを挫くダギーズがこんな事をしているなんて、信じられないんです」

 お伽噺は子供向けの夢物語。大抵はアレンジされているが、基になった原作は陰鬱な話であることは珍しくない。ましてや、実話が基の話であればなおさらだ。現実はいつも暗く、都合の良い救いなどないのだ。

「でも、いい人もいれば悪い人もいる。私、ずっと家から出ていなかったんですけど、外に出て学びました。何をするべきかなんてわからないけど、いい人が増えて、笑顔になれるような世界になればいいな、って……」

 うまく言葉にはできないが、ローサは不思議と口にしていた。それと共に、心中に溜まっていた鬱屈とした気分が晴れた気がした。

「お姉さんと話してると、なんだか落ち着く気がします」

「私がお姉さん? そんな歳じゃないわ。もう三〇越えてるし、子供もいるんだから」

 その発言に、ローサはとても驚いた。年齢はともかくとして、まさか経産婦だとは。人をろくに見たことのない彼女が見抜けるはずもないが、それでも彼女の持つイメージとは大きく異なっていた。

「イェシュアと呼んで」

「はいっ。私、ローサって言います」

 ぺこりとローサは頭を下げた。その時、酒場の扉が開かれた。

「あら、ここにいたのね」

 カミラだ。どうやら外を見て回っていたらしく、恐ろしい笑みを浮かべて酒場に入ってきた。

「戦闘は終わったのかしら?」

「ええ。ダギーズの奴らは、ほとんどが無様に死にましたわ」

 イェシュアを一瞥すると、カミラは視線をローサに戻した。

「あなたも見に行ったらよかったのに。ダギーズが死ぬ瞬間に勝る娯楽なんて、この世に二つとない事よ」

「はぁ……」

 カミラは悪い人間ではない。これは、ギルド職員との揉め事の際、彼女が我に返って殺人をやめてくれたから抱いていた考えだが、やはりこういうところはわからない。

 ダギーズとの間に因縁でもあるのだろうか。そう思いはしても、口には出せなかったが。

「なに見てんのよ」

「いえ、別に……」

「まあいいわ。それよりも、こんなにめでたい事があったのだから、酒を飲まなければなりませんね」

 そう言うとカミラは、慣れた様子でカウンターの内側に入ると、まるで我が家のように酒を見つけ出すと、並々に杯に注いだ。

「あっ、お金は……」

「は・ら・い・ま・すぅ〜! 酒の一杯二杯をケチるほどセコくないわよ」

 心外そうに頰を膨らますと、一息に飲み干した。

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