夜襲3
ゴーサインを受け取ったギークは古めかしいタブレットを取り出すと、傍らで跪く透明の獣を撫でた。
「頼むぞ」
操縦用アプリを起動。すると、五〇〇キロの巨体がすくっと立ち上がった。
何を隠そう、透明の獣とは輸送用無人機、アイアンドッグの事である。
《敵性勢力に包囲され、脱出不能。支援を頼む》
バーゲストが飛ばした要請の内容だが、その意図を先方は読んでいた。
《現状の戦力で対応せよ。現地人には構うな》
日本語訛りの通信手が声の抑揚を抑えて言う。
この冷酷な判断は間違いなく諜報畑の人間によるものであり、想定内の返答ではあった。しかし作戦の指揮をとるのは、本来スパイの仕事ではない。
《待て、ミスター仁藤。こちら101アクチュアルだ。バーゲスト、状況の説明を》
101アクチュアルとはその名の通り、タスクフォース101の正式な指揮官、サミュエル大将のコールサインである。
《聞いての通りです》
《隠し事はなしだ。そうだろう?》
過去、共にそれなりの修羅場を潜り抜けた男を誤魔化すことはできない。バーゲストは苦笑し、
《わかった、腹を割って話そう。複数の民間人が危機的状況にある。人や飛行機を寄越せとは言わん。ただ、アイアンドッグをここに置いてくれ》
《そんな事か? もちろん許可しよう》
と、サミュエルは笑ってみせた。彼は多くの兵士から信頼を寄せられる好人物である。
《ですが大将、アイアンドッグの支援は他の部隊も必要としています。それに、技術的格差の大きすぎる兵器の存在が、現地にどのような影響を与えるか……》
もちろん、諜報員は例外である。仁藤と呼ばれた人物が食って掛かった。
《馬鹿を言うな。あの集落はここから最も近い比較的協力的な人里だ。この世界を調査する以上、良好な関係を保って損はない。それに、その辺りの帳尻を合わせるのが我々の仕事だ》
その後、しばし無線の外で話し合っていたのか、回線に無音が続いたが、一分もしないうちに返答が来た。
《これは妥協した結果だが、アイアンドッグは極力使うな。必要な時にのみ起動させることを許可する》
《判断は誰が?》
《君に任せる。機械は人間を守るために作られているんだ。迷うなよ》
《了解、感謝する》
《死ぬなよ、ダブルオーエージェント。101アクチュアル、交信終了》
通信が終わると、バーゲストは呟いた。
「ジェームズ・ボンドは海軍だ」
話を現場に戻そう。
光学迷彩によってその姿を隠した状態のアイアンドッグが大地を踏みしめる。ギークはその後ろをピッタリついて歩いた。
無限軌道で移動する通常の戦車と同様、万能ではない。機関銃やグレネードランチャーの射角外から関節部分に集中攻撃を受ければ、容易く行動不能に陥ってしまう。あくまで輸送車両であり、本来は前線で戦うための兵器ではないのだ。
現地の兵器がどれほどのものか未だはっきりしないが、絶対に無力化できないという事はあり得ない。貴重な荷馬を、こんな事で失うわけにはいかない。
だから単独で行動させず、随伴する歩兵が必要となるのだ。
間もなくキャンプにたどり着こうという時、ダギーズの歩哨が虚空に歪む空間と、その傍らに立つギークを発見した。
「あれ、は……?」
互いの存在を確認した以上、戦闘はもう避けられない。ギークはタブレットを操作し、戦闘モードに変更した。光学迷彩に用いる電力を射撃管制システムに回したことで、迷彩が解除された。
ダギーズの兵士から見れば、透明な空間の歪みが突如として森林迷彩の塗装が施された装甲板に変じたように見えた事だろう。
度肝を抜かれて呆然としているところを、アイアンドッグが背負う二丁の七・六二ミリ機関銃が火を噴いた。
ダダダダダッ! 銃弾の嵐が人体やテントを貫き、最初の掃射だけで五人以上の死者を生み出した。
アイアンドッグの攻撃モードには自衛戦闘と、今回のように人間が遠隔操作する二種類がある。これはアイアンドッグに搭載されているFCSの問題で、誰から攻撃を受けていることは理解しても、誰を撃っていいのかいけないのか、その細かい区別が出来るほど高性能ではない。ゆえに、ラジコンの如く人間が武装を操作するのだ。
だが、ダギーズも逃げ惑うだけではない。テントを潰しながら前進してきたアイアンドッグを、戦列を組んだ銃兵が待ち受けていた。
「撃て!」
視界が覆われるような量の硝煙と、目も眩むような発砲炎。
この掃射に耐えられるのは、岩石巨人ぐらいなものだ。勝利を確信した者達は目を細めた。
だが、彼らが相手にしているのは岩石どころではない。セラミックや合成ゴムなどで構成される、コンポジットアーマーの獣なのだ。
硝煙の霧が晴れた先に待っていたのは、傷一つないアイアンドッグの姿。そして、向けられる三つの銃口。次に撃つのはこちらの番だった。
四〇ミリグレネード弾が集団を吹き飛ばし、息のあるダギーズ兵にはライフル弾が無慈悲に叩き込まれた。
《頃合いだな、頭を下げろ》
ソヴォクが体内通信で告げるのとほぼ同時に、キャンプの二ヵ所で爆炎が舞いあがる。彼が設置した爆薬を起爆したのだ。それにしても爆薬が多すぎる。巻き込まれたのではないか?
不安になったギークは問いかけた。
《こちらギーク、二人とも無事ですか?》
《コロニーだ。被害なし、それと土産もあるぞ》
土産とはなんだろうと疑問に思ったが、戦闘中に余計な事を考えている暇はない。果敢にもアイアンドッグの背後から攻撃を仕掛けようとしていたダギーズ兵士を排除しつつ、ソヴォク達との合流を急いだ。
弾丸の効かない、弾を吐き出す獣。この情報が仲間の絶叫と共に伝わると、彼らも最初は戦場の混乱が生み出した虚像だと鼻で笑った。
しかしそう叫ぶ者が増え、凶悪な爆音を聞くうちに事実であれど、自身の置かれた状況が最悪なものに思えて来た。
ダギーズは軍隊としてある程度組織化されているものの、末端の兵士なぞ有象無象と同義。姿を消したところで、誰も気に留めない。
つまり、彼らに兵士としての責任などないのだ。
だから、彼らは状況に流されるがまま逃げ散った。
ある者は元来た道を探し、闇夜に目を潰されながらも走った。彼らの旅路がどんなものになるか定かではないが、多くの者が遠からず野生生物の胃に収まる事だろう。
そしてまたある者は、人のいる場所へ向けて駆けだした。無論、人のいる場所とはシャンプーシャン村の事である。化け物に追われて殺されるぐらいなら、殺すと脅していたとはいえ、人間に助けを求めた方がまだマシだと考えたのだ。
「助けてくれぇ!」
先頭を走る男が絶叫する。しかし、誰も使い道のない、後の遺恨しか残さない捕虜というものを欲してはいなかったのである。
「ブロウラーが面白いものを見つけたらしい。発砲用意」
「狙いは?」
「適宜指示する。なければ、好きに撃て」
「ラジャー、セーフティー解除」
自分から向かってくる移動標的なぞ、静止目標と難易度は大して差はない。ましてや、スナイパーのモホークからすれば、赤子の手を捻るようなものである。
ひとりひとり、標的の眉間を正確に貫いていく。彼らが村からも攻撃を受けていると気付くのに時間はかからなかった。
まさに前門の虎、後門の狼。進退窮まった者の中には絶望して生きるのを諦め、死の瞬間が来るまでその場にうずくまるものもいた。
「ちょっと気の早い質問かもしれないが、他へ逃げた奴はどうするんだ?」
戦場での敗者の末路は二通りだ。うまく別の部隊と合流するか、仲間との合流を諦めて現地に根付いて住民に大して強盗を働く者の二種類だ。例外はないわけではないが、武装した人間が大きな集団を離れれば、大抵はそうなる。
敗残兵が山賊化し、現地人に牙をむくのではないか。モホークの懸念はここにあるのだ。
「どうにかしたいところだが、今は手が足りない。タチの悪い連中は自然が手を下してくれることを祈ろう。今は、目の前の敵に集中するんだ」
「了解」
罪のない人々を襲う恐れのある獣を世に放ってしまう可能性は気に食わなかったが、バーゲストの言う事にも一理ある。モホークはとにかく、目の前の獣を始末する事に集中する事にした。
七・六二ミリ弾が、また一人の心臓を地面にぶちまけた。




