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未知との遭遇2

二〇九五年六月

火星 メリディアニ平原基地


 メリディアニ平原。かつて、この渇きの惑星に水があったのではないかという噂の根拠となっていた場所だ。その真偽を確かめるため、この荒野に点在するクレーターの一つ、エアリークレーターに基地が建てられた。

 数年の月日と数億ドルの犠牲の末に得られた結論はこうだ。

 乾きの星に水源はない。

 つまり、完全な徒労に終わったのである。

 当然ながら火星開拓に大枚を叩く側の人間からすれば、とても不愉快な話だったのは想像に難くない。

 もはやこれまで、いっそ投資を打ち切るべきなのではないかと議論されたのだろう。火星開拓の資金繰りに困っている国家にとっては肝を冷やす話だ。

 そこでリカバリー案として、放棄されたメリディアニ基地を新たなポータル研究の施設として再利用するべきだと案が出た。

 異世界の夢を諦めきれなかった投資家は、渋々ながらも資金を出す事を承認したのだった。


 そんな複雑な事情を抱えた基地の格納庫。ここでまた一つ、新たなポータルが開かれようとしていた。

 万が一ポータルの先に危険が待っていた場合に備え、万全の態勢が敷かれている。

 まず最初にポータルを潜る宇宙海兵隊の隊員が二名。

 宇宙服の機能を持った強化外骨格に身を包み、炸裂弾を装填した自動散弾銃を構え、光の膜が形成されるのをじっと睨んでいた。

 研究員が安全に観察するため、ポータルと海兵隊員の周囲は二〇ミリの機関砲弾に耐えられる強化ガラスで囲われている。

「ポータル形成率、九五パーセント」

 装置一杯に振動する光の膜が広がり、その形状が徐々に安定の兆しを見せる。

「ポータル形成及び、安定完了」

「一分間待機」

 ここからが肝心だ。

 ポータルが絡む事故あるいは事件は、形成が完了した後に起きる。

 接続先が宇宙空間だった場合、少なくとも内部にあるものすべてがポータルの先に吸い込まれてしまう。

 もちろん、ユートピア事件のように原住生物が飛び込んできて戦闘になる事もあり得る。

 何が起こるか、開かれるまで全く想像できないのだ。


 一分が経過した。海兵隊員が気圧の差によって吸い込まれることも、不気味な原住生物が牙を見せることもない。

 ようやく、計画は第二段階へ移行する。

「よし、カメラを投入してみてくれ」

 危険が来ないからといって、無防備に頭を入れるようなことはしない。

 向こうでは敵意のある生物が待ち構えていることだってあり得る。

 海兵隊員が特殊合金性の棒を抱えると、先端に設置されているカメラをゆっくりとポータルの先に入れた。

 ポータルは物質の通過は確認されているが、音を一切通さない性質がある。そのため、こうやって各種センサーが搭載されている有線式のカメラで偵察を行うのだ。


 カメラに接続されているモニターには、灰色が映っていた。厳密には、灰色の雲だ。

 ゲームのコントローラーのような制御装置を操作して視点を調整すると、下には草原があった。

 つまり、この先には大気がある。

「窒素濃度七九パーセント、酸素濃度一九パーセント。有害物質もなし、地球の大気とほとんど変わりません」

「気温は?」

華氏六八(摂氏二〇)度、問題ありません」

 まだ調査は終わっていない。ポータルのすぐ外に足場があるという事は、今すぐ入っても問題ないという事だ。

「海兵諸君、君たちに最大の栄誉を与える。ポータルに入るんだ」

 人類の異世界植民の第一歩。愛国心溢れる米宇宙海兵隊員の二人は、ごくりと生唾を飲む。

 一五〇キロの装備を身にまとい、恐る恐る光の膜へ手を伸ばす。

 僅かなためらいの後、そっとポータルの向こうへ手を押しやる。彼のアーマーに包まれた腕は光に消えた。ポータルの反対側では虚空が広がるばかりだ。

「さあ、行くんだ」

 研究主任が興奮を隠さずに急かす。命令されている以上、彼らには従うしかない。

 いち、にの、さん。二人はほぼ同時にポータルに飛び込んだ。


 一瞬だけ視界がホワイトアウトするも、すぐに視力は回復した。

 彼らが立つそこには、火星の荒廃した光景とは真反対で、自然の清らかさに満ちた空間が広がっていた。

「すごい。こんな光景、地球でも見られないぞ」

 つい海兵隊員の一人が呟く。戦争や公害の影響で荒廃が始まった地球では、清らかな世界は先進国が保護する自然公園ぐらいでしか見られないのだ。

 しかし、まだだ。まだ彼らの納得のいく最大の情報が得られていない。スーツのカメラ越しに大自然を堪能する研究員がマイクに向けて告げた。

「ヘルメットを外してみてくれ」

 人類が植民するためには、宇宙服としての機能を備えるスーツは必要ない世界でなくてはならない。そんなものが必要なようでは地球以下、わざわざ植民する必要なぞない。

 もし、未知の病原菌がこの清らかな世界に漂っていたとしたら? センサー類が誤作動で危険な物質を見逃していたら?

 考え得る危険性はいくらでもあったが、これも地球人類のため。ほどなくして二人はヘルメットの安全装置を解除した。

 カチャリ。研究員たちはマイクから聞こえた解除音と、スーツのセンサーが捉えている二人の健康状態しか判断材料がない。

 結果が待ちきれず、

「応答してくれ、そちらはどうなんだ?」

 緊張を孕んだ声で尋ねると、ややおいて声が返ってきた。

「こんなうまい空気を吸ったのは、生まれて初めてだ」

「澄んだ空気だ。ちゃんと吸えるぞ!」

 感動に震える声がスピーカーから響くと、研究員たちは一斉に歓声を上げた。

「完璧だ。遂に俺たちはやり遂げたんだ」

 そう、彼ら地球の人間は始めて遭遇したのだ。


 完璧な、人間が植民可能な異世界という存在に。

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