表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/49

夜襲1

 深い夜の静けさの中、三人は密かに行動を開始した。

 ダギーズがわざわざ考える時間を与えたのは上からの指示もあるのだろうが、真の狙いは兵を休息させるために他ならない。

 行軍に疲れてフラフラのまま戦いに突入すれば、兵の能力の真価を発揮することは出来ない。兵士がまともに戦えない状況は指揮官としてはどうあっても避けたい状況である。

 つまり、現在ダギーズの多くの戦力が床に就いている。訓練や薬品によってある程度緩和されるが、人間にとって睡眠は必須な行為であり、同時に最も無防備な隙を生み出す。

 奇襲を仕掛けるには、最高のタイミングだ。

 匍匐前進のまま茂みを進み、あぜ道を慎重に這い、そば畑へ。ゆっくりとダギーズのキャンプへと接近する。

 今回の作戦の目標はダギーズが保有する戦略兵器、大砲及び破城槌だ。この二つを無力化すれば、かなりの侵攻の妨害となる。また、自陣を破壊されれば敵は混乱に陥る。うまくいけば、人員を減らすことなく手痛い被害を与えることも可能だ。

 しかし、犯罪者で素人の集まりとはいえ、仮にも軍隊を形成している集団である。簡単に潜入を許すはずがない。慎重な行動が必要になる。

 畑から顔だけを出した状態のソヴォクが、体内無線の回線を開く。

《ギーク、バックアップの用意は?》

《万全です。必要があればいつでも》

 今回、ギークは後方で待機している。発見された場合、ソヴォクとコロニーを救えるのは彼だけだ。

《よし。……行くぞ》

 そば畑に身を隠すのにも限度がある。暗視装置で敵の歩哨がこちらを向いていない事を確認すると、ソヴォクとコロニーは音もなくゆっくりと畑から出てテントの陰に身を滑り込ませた。

 発見された様子はない。聞こえるのは虫の鳴き声と馬鹿騒ぎ、そしてテントから響くいびきぐらいなものだ。

 ソヴォクとコロニーはサプレッサーのついた拳銃を油断なく構え、一歩ずつキャンプを進行していく。あえてライフルを使わないのは、ライフル弾の大半は発砲した瞬間、弾頭は音速に達してしまう。音速で飛ぶ弾頭は大きく風を切る音を発するため、隠密には向かない。しかし、サプレッサー装着を前提に所持している拳銃は別だ。風を切る音が出ない亜音速弾を装填しているため、敵に存在を察知される恐れがないのだ。

 キャンプ地を歩いて間もなく、第一目標である破城槌の付近にたどり着いた。運よく敵と遭遇はしなかったが、さすがに大物の付近となるとそうはいかない。破城鎚の前には篝火を囲って談笑するダギーズの兵士が四名確認できた。

 ここで撃てばいい、と考えるのは早計だ。人間が急所を撃たれたからといって、音もなく死亡するとは限らない。急に痛みを感じれば叫び声をあげるし、声帯を切り裂いても気管から空気が漏れる音を聞きつけられるかもしれない。

 なにより、仲間の死体を見つければキャンプ全体が厳戒態勢に移るのは想像に難くない。ソリッド・スネークでもあるまいし、そんな状況での任務遂行は極めて困難なものとなる。

 やるのなら、連携して素早く確実に排除しなければ。

《右の二人を殺る、残りを頼む》

《了解、そっちに合わせる》

 素早く遮蔽物から飛び出すと、ダブルタップで敵兵に弾を叩き込んでいく。人間の耳で捉える事が出来るのは、人が倒れる音だけだった。

 死体をこのままにしておくのはよろしくない。コロニーが死体を集団で居眠りしているかのように偽装しているうちに、ソヴォクは運搬用の馬を脅かさないよう慎重に行動し、C4爆弾を破城鎚を運ぶ台車の裏にセットした。

《爆薬設置完了、移動するぞ》

 どんな状況であれ、殺人現場に長居していい事はない。二人はそっと現場を離れ、陣地のさらに奥に鎮座している大砲を目指した。

 破城鎚の破壊だけでは、門の防衛には心許ない。大砲でも破城鎚の代用には十分なりえるからだ。

 それだけではない。大砲を村の住宅に向けて発射すれば、住民に対して厭戦思想を植え付ける事が出来る。戦略的には破城槌より危険な代物だ。

 しかし困ったことに、破城槌よりも大砲は背が低い。したがって、発見は困難だ。

 目標を捜索しつつ敵陣地を進む。これほど難しい事はない。

《おい、これを使え》

 そう言ってコロニーが差し出したのは、ダギーズの黄色いスカーフだった。

 ダギーズは互いの識別にスカーフを用いている。それで組織として大丈夫なのかと疑問が浮かぶが、戦闘員が鎧よりも普通の服を身に着けている半分山賊、半分民兵のような組織だ。厳密な識別を採用するのが難しいのかもしれない。

 この状況下で少しでも発覚されにくくなるのならば、迷う必要はない。ソヴォクは黄色いスカーフを首に巻いた。相手の表情もろくに見えないような暗さだ。堂々として下手に敵兵に近づかなければ、怪しまれずにキャンプを移動できるだろう。

《いいか、人通りの多い場所は避けろよ》

《誰にものを言ってるんだ?》

《身の程を弁えないゲルマン民族に対してだ》

《一本取られたな。ソヴィエト・ロシアの人間が言うと、重みが違う》

 逆だ。今回の場合一本取られたのは、ソヴォクの方である。

 ドイツは第一次大戦の敗戦によってナチスを生み出してしまい、その結果第二次大戦を起こし、再び敗戦した。

 しかし身の程を弁えないという点では、ロシアも同じだ。ソヴィエトの掲げた共産主義(理想)の欠陥は、アフガン侵攻失敗を契機に発生したソ連崩壊が証明している。

 どんな大国であれ、悪い条件が重なれば容易く崩壊してしまうのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ