黄色の軍勢4
《こちらバーゲスト。ブロウラー・アクチュアル、応答せよ》
《こちらブロウラー・アクチュアル、感度良好。どうぞ》
ソヴォクがバーゲストからの呼びかけに答える。バーゲストは隊を二つに分けるように決断し、バーゲストたちは村の防御。ソヴォクをはじめとするブロウラーは背の高い草むらに潜伏し、ダギーズの偵察及び破壊工作を行うように分担したのだ。
《そちらの状況は?》
《暗視装置で確認したところ、敵戦力は推定四個小隊。また旧式の大砲と、大型の破城槌がそれぞれ一基ずつ確認出来る》
想定よりも敵戦力は強大だ。戦争において、数的有利は大きなアドバンテージになる。純粋な戦力としてだけでなく、偵察や兵站などに割ける人員が増える。つまり、戦術の幅が大きくなるからだ。
《そちらから見て、練度はどう見る?》
《士気は低くないが、悪ガキの軍隊ゴッコと変わらん》
しかし、練度が伴っていないのであれば別だ。士気がある程度高くても、訓練を積んでいない素人のやる気は酷く揺さぶる事が出来れば簡単に萎える。
彼らのように訓練された兵士であれば、個々の人員の並び方や立ち方、歩き方だけでも相手の練度を計る事が出来る。今回の場合、隊列すらまともに組めず、役割分担もなくただ目的地に向けて前進している素人の集まりだとソヴォクは見た。
《チェチェン人以下だな》
《同感だ。連中はまるで、ベルリンの略奪を目前にした赤軍だ》
コロニーが発した皮肉の返答代わりにソヴォクは睨みつけたが、言っても無駄かとすぐに視線を戻した。
《指示を待つ》
《しばらく待機だ。動きがあれば伝えてくれ、以上》
《了解、待機する。通信終了》
待機している間、ギークは装備品のカメラを起動してダギーズの撮影を続けていた。これは、敵戦力の把握を行うためである。
ただし、ただ数や練度を把握するためだけではない。カメラの戦術コンピューターが戦闘員の発言や仕草から指揮官などの重要人物を割り出し、作戦を円滑に進める補助となるのだ。
村から一キロほど離れた地点でダギーズは行軍を止め、陣地の設営を始めた。さすがにそうやすやすと門を開けてもらえるとは思っていないのだろう。
《こちらブロウラー・アクチュアル。武装勢力は移動を止めた。陣地を築こうとしていると思われる》
《バーゲスト了解。引き続き、警戒を続けろ》
ソヴォクが報告を終えるのとほぼ同時に、ダギーズが動きを見せた。馬に乗った男達が村に向けて歩き始めたのだ。
しかし、戦いをしようとしているようには見えない。事実、彼らは武器を持っていなかった。
《そっちに一人向かっているぞ。恐らく、軍使だろう》
《こちらでも確認している》
ギークはカメラを騎馬の集団へ巡らせた。集団は中央の一人を守るように輪形陣のような陣形を保っている。恐らく、中心の人物が最重要人物なのだろう。軍使へ焦点を合わせると、その顔立ちが鮮明に映った。顔色が悪く、強烈な死相が浮かんでいる男だ。
カメラには指向性マイクの機能も含まれているため、すぐ彼らの会話が流れ込んできた。
「導師カミール。なぜ奴らを武力制圧しないのです?」
「言わなかったか? 我々は大陸教化のため、一人でも多く同志を集めなければならないのだ。無用な戦いは避けねばならないと預言者殿の指示だ」
はあとため息を吐き、カミールと呼ばれた男は言う。見てくれに反して、彼の声には覇気が宿っていた。
「だが、教団に背くというのであれば話は別。主のもとへ愚者達の魂を捧げるぞ」
なかなか興味深い発言だ。
大陸教化、という言葉に翻訳ミスがなければ、ダギーズの目的はマーセル大陸、即ち連邦の征服である。果たして真の目的を知らされているかは不明だが、少なくとも彼らはそう信じている。
もう一つ、『魂を捧げる』という言葉もダギーズを知るためには重要はファクターとなるだろう。謎が多かったダギーズ教団だが、死を神への供物としている可能性が極めて高くなった。この点はかつてインドで三〇〇年もの間殺人を続けていた殺人教団タギーに似通っている。権力者と密かに繋がっているという点も同様だ。
違いといえば、平然と血を流そうとする事と、『愚者』の魂を捧げる事だろうか。敵対者に適当な文句をつけて殺人に正当性を持たせるのは、いつの時代のどの組織でもやってきたことだから、不思議な事ではない。
壁まで五〇メートル程度の距離まで近づいたカミール達は停止した。そして、顔に見合わない大声を張り上げた。
「愚者の諸君! 私は偉大なるダギーズ教団の導師、カミールである! 我らが主は、君たちを選んだ! この門を開けて我らを受け入れれば、君たちは世俗の愚から解放され、救われる!」
ダギーズの言う愚とは、キリスト教で言う罪なのだろう。
対する村からは、村長らしき人物が姿を見せた。
「お前たちの所業は、商人や旅人から伝え聞いている! 断じてこの門は開けん! 消えろ、仁義なき盗賊め!」
明確な拒否に、マイクがカミールの口から漏れる嘲笑を捉えた。
「時間は与えよう。夜明けまでに答えを聞く。しかし、次来る時までよい返事が聞こえなければ……お前たちは異端の愚者だ。せいぜい考えろ」
好き放題に要求を突きつけると、カミールらは踵を返し、完成しつつある陣地へと消えていった。