黄色の軍勢2
「で、ようやく先に進めるわけだな」
村から少し離れた土地に待機していたアイアンドッグから物資を補給すると、モホークが呟いた。
「こいつはついて来てくれないのか?」
「ダメだ。アイアンドッグの支援を必要としている部隊は多いからな」
「ちぇっ」
本来、アイアンドッグは部隊と随伴する無人小型輸送車両というコンセプトを基に設計されたロボットだ。しかし、戦闘が起きていない火星では作業補助用の機体が僅かに配備されていたばかりで、この個体も本来は非武装型のものに自衛用火器を搭載しただけだ。
しかし当然の話ではあるが、自衛用火器といっても人間の携行するそれとは火力に圧倒的な差がある。七・六二ミリ機関銃二門に、四〇ミリグレネードランチャー一門。一般的な歩兵六人分の火力を備えているのだ。加えて、装甲も一二・七ミリクラスの重機関銃の攻撃をものともしない強靭なもの。
矛としても盾としても、そして孔明の木牛の如く、荷馬としても優秀なのだ。
「補給は済ませたな。では、移動を……」
バーゲストが移動を指示しようとしたその時、コロニーが片手を挙げて言葉を遮った。
「どうした?」
「センサーに感、複数だ。そろそろカメラの範囲に入る」
コロニーはチームのスカウトだ。彼は追跡・潜入・監視のスペシャリストで、硝煙を自動探知するモーションセンサーと、全地形対応小型監視カメラを装備している。
今回はコロニーが街道沿いに設置したセンサーが、明確な硝煙反応を捉えたのだ。
しばらくして、コロニーが設置したカメラが端末に人影を映し出した。
ライフルで武装し、黄色のスカーフを身に付けた男たち。
「ダギーズ……」
現地で最も危険な集団だ。確認出来るだけでも三〇人以上はいた。
「恐らく、我々が交戦したのは偵察部隊に近いものだろう」
「半分略奪部隊だろうけどな。まあ、そいつらがこの村の方角に向かっているのは確かだ」
コロニーの見立ては正確と考え、異議を唱えるものはいない。
「肝心なのは、連中の目的だが……」
「どうも、派手なノックをしたがってるらしい」
続いてモニターに映ったのは、二頭の馬に牽引される破城槌と前装式大砲だった。このクラスのものを引きずって行軍するとは、ただ事ではない。どこかの城を攻め落とすわけでなければ、倉庫に仕舞っておくものだ。
「どうする?」
無論、TF101の任務に現地住民の救援は含まれていない。彼らの任務は現地の調査であり、自衛のための戦闘しか許されていないのだから。
現地勢力との接触を避け、州都アンシャンへ向かう。それがベストな選択だろう。
指示を仰いだとしても、空調の効いた部屋でふんぞりがえっている諜報屋の人間からはそう返ってくるに違いない。
彼らがダギーズかシャンプーシャン村のどちらを選び、協定を結ぼうと考えるかは、地球の歴史が教えてくれる。
だとしても、実際に交戦し、殺されかけたギークをはじめとするTF101の隊員からしてみれば、想像さえしたくない話である。
「現状、ニュー・ノバスコシアに最も近い集落はシャンプーシャン村だ。もしダギーズに占拠されれば、我々は現地とのコネクションを一つ失う事になる」
「それはどういう意味だ?」
バーゲストの言葉に、ソヴォクの鋭い視線が向けられた。
「任務を無視して、現地人を救助しろという“命令”か?」
それは、確実に任務から逸脱する行為である。本部の耳にそう命じたという事実が届けば、バーゲストは解任されるかもしれない。
それでも、人として見過ごすことは出来ない。
彼が意を決したその時だ。
「すみません。せめて、シャンプーシャン村の住民に警告しませんか?」
挙手したのはギークだ。ある意味彼らしい常識的で、根本的な解決に至らない脆弱な解決法だが、悪い大人はすぐにこういった建前を利用するのだ。
「賛成だ」
意外にも、賛同したのはコロニーだった。
「警告するのは問題ないだろう。あと、武装勢力が辺りを巡回しているから、念のためチーム全員で向かうべきだ」
ここまで言われて、他の隊員も彼の言葉の真意を悟った。
『現地住民に警告するだけのつもりだったが、交戦を避けられなくなったため、やむなく排除した』
という具合の事実を作ればいいのだ。これならば処分を受けるにしても、命令違反よりは軽いはずだ。
「コロニーの意見に異議は?」
隊員から異議は出なかった。
「よろしい。では、一旦村に戻るとしよう。各員、駆け足!」
不要な戦いに駆り出される直前だというのに、隊員たちの顔はどこか晴れやかであった。