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黄色の軍勢1

「あなた、荷馬も連れずに旅をするつもりだったの?」

 傷の治療と湯浴みを済ませたカミラは、その美貌が形無しになるほどの素っ頓狂な声を上げた。

「いるんですか?」

「いるに決まってんでしょうが! ……あなた、重い荷物背負って何キメー(キロ)歩くつもりなのよ。途中で行き倒れるわよ」

 それに加えて、人間が運べる荷物の量などたかが知れている。それならば、荷物持ち専門の荷馬を連れた方が便利というものである。

「はぁ。あなた、本当に何も知らないのね」

「すみません。ずっと外に出ることがなかったので」

―――薬師の家では数人の家族が薬を生産しているとは聞いていたが、まさかこれほどの世間知らずだとは。

 少しだけ依頼を受けたことを後悔したカミラだが、すぐに気を取り直した。

「まぁいいわ。それなら、さっさと厩に買いに行きましょう。そのぐらいのお金はあるんでしょうね?」

「えーっと……多分、大丈夫だと思います」

 怪しいものだ。とはいえ、荷馬のいない長旅なぞ危険極まりないものだ。先行きに不安を感じながらも、ローサとカミラの二人は正門前の厩へと向かった。


 正門にたどり着いたその時、カミラは厩に馬の気配を全く感じなかった事を思い出した。あの時は頭に血が上っていたため記憶に不安があるが、そこのところどうなのだろう。

 ならば、同じ道を通って来たはずのローサなら何か知っているはずだ。

「ねえ。あなた、ここの門潜る時に厩の様子見た?」

「え、厩ですか?」

 尋ねられたローサはしばらく思案し、

「ありましたっけ?」

 結果、こう返した。ローサの記憶には厩の事なぞすっぽり抜け落ちていたのだ。カミラがずっこけたのは言うまでもない。

「あなたねぇ……」

 何か小言の一つでも言ってやろうと思ったが、何を言うべきか思いつかなった。

 それよりも、今は荷馬だ。荷牛でもいい。とにかく、荷物持ちを確保しなくてはならない。

 門を開けてもらうために門番の自警団員を探すと、詰所で転寝していた。ローサとカミラがシャンプーシャン村へ入る際に対応した門番である。

 サボりにいらついたカミラは一発蹴りをくれてやると、門番は仰天して椅子から転げ落ちた。

「うぇっ、えっ?」

「ねえ、ちょっと。厩に用があるんですけど、通してもらえないかしら?」

 ほんのわずかに動揺した姿を見せた門番だが、すぐに正気を取り戻した。

「昨日のおっかねえのと、薬師のお嬢ちゃんか。……ちょっと待て、厩に何の用だ?」

「あの、旅をするのに荷馬が欲しいんです」

 ローサがそう言うと、門番は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「そのだな。今、厩には人も馬もいねえんだ。もちろん、牛もな」

「何かあったんですか?」

「厩の家族は全員殺され、家畜は全部盗まれたんだ」

「ああ、家畜強盗ね。珍しくない話だけど、あなたたち(自警団)は何をしていたんですか?」

 ごもっともなカミラの発言に、門番は言い訳もできなかった。

 家畜強盗は連邦、特にサーボレンス州で最近流行っている犯罪であり、何者かが組織的に家畜を奪い取っていくのだ。

 これはダギーズの仕業であるというのが一般的な意見であり、事実であった。

「いや、本当に面目ない」

―――こんなところで、立ち止まっている暇はないのに。

 ローサは心中で嘆く。こんな事なら、家から牛を一頭借りてくればよかった。

 いたとしても、ダギーズに殺されていたのだろうが。

「じゃあ、荷馬はどうしようもないんですか?」

「そうだな。キャラバンと交渉してみたらどうだ? 場合によっては、一頭ぐらい売ってもらえるかもしれん」

「わかりました、ありがとうございます」

「……まあ、いいでしょう」

 キャラバンなぞピンからキリまで、質は様々だ。聖人のような集団もいれば、詐欺まがいの悪行を各地で働く悪人の集まりだっている。

 はっきり言って、見ず知らずのキャラバンを頼るのは賭けに近い。しかし他に頼るところがないのも確かだ。

 一抹の不安を抱えながらも、二人は活気の絶えた市場へと向かった。


 売り物のない露店ほど悲しいものはない。売るものがなければ、同時に買う人も来るわけがないのだから。

 それでもなんとか、かろうじていくつかの露店が営業する市場の外れが、行商人たちの縄張りだった。

 場所は悪いが、外からやって来る品物を求める人々は、自然と引き寄せられていく。事実、行商人はシャンプーシャン村にないものを持っていたからだ。

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 最近各地で不足している馬と、牛が欲しいならここだ! 俺たちしか取り扱ってないぜェ!」

「あっ、丁度よく見つかりましたね!」

「こいつらしか扱ってない……丁度良すぎね」

 怪訝に思うカミラを尻目に、ローサは牛馬を扱う行商人の露店へと駆け寄る。

「おっとお嬢ちゃん、馬か牛が欲しいのかい?」

「はい。私たち、荷馬か荷牛を探してます」

「運搬用かい。なら、こんなのはどうだい」

 そう言うと、行商人は一頭ずつ馬と牛を部下に連れて来させた。どちらも痩せており、あまり状態がいいとは言えなかった。

「かわいそう、どうしてこんなに痩せてるんですか?」

 動物たちの惨状を悲しんだローサは、そっと牛馬の頭を撫でた。

「今の時代、ろくでなしどもがそこら中をウロついてる。ここに来るまでの旅路が大変だったんだ。襲われた事だって、一度や二度じゃない。生きてるだけでも、こいつらは幸運だったんだぜ?」

「あう……ごめんなさい、非難するような事言っちゃって」

「じゃ、こいつら買ってってくれよ」

「そう言う事なら……」

「その前に、一頭いくらか言いなさいよ」

 一部始終を聞いていたカミラが遂に口を出した。元々キャラバンから耐用年数ギリギリの一頭を有料で譲ってもらえれば御の字と思っていたが、牛馬を扱う行商人なぞ聞いたことがない。

 もしいたとした、そいつは間違いなく動物の飼育を甘く見ている。

「一頭五〇〇〇ってとこかな」

「はぁ!? それちょっとボり過ぎでしょ!?」

 カミラは思わず叫んだ。五〇〇〇と言えば、市場価格の五倍以上である。稀代の名馬ならまだしも、これほど痩せ衰えた牛一頭では、ボッタクリ以上の何者でもない。

「適正価格だよ。最近、馬や牛が殺されたり、盗まれたりするからね」

「それでも、こんな貧相な牛一頭で五〇〇〇とか絶対ないわ」

「いいよぉ、別に。うち以外で買えるなら、どうぞご自由に。それが“偉大なる自由”ってもんだ」

 まさにこの状況こそ、足元を見られているというものだ。市場を独占する、怪しい行商人の集団。ただでさえ怪しいのに、この高圧的な態度でカミラの中は確信していた。

 こいつらがこの村の牛馬を盗み、殺したのだ。さすがにこの村から略奪したものを売るほど馬鹿ではないだろうが、この哀れな動物たちはどこからか浚われてきたに違いない。

 具体的な証拠はないが、状況証拠はほぼ出揃っている。こういう手合いには関わらないのが吉というものだ。

「……こんな奴らの相手するだけでも馬鹿馬鹿しいわ。行きましょう。荷馬なら、アンシャンでも買えるわ」

 カミラがローサの手を掴んで立ち去ろうとすると、

「ちょっと待てや。そこの子、うちの馬に触ったよな? あーあーあ、これじゃ傷ものだぜぇ。……まさか、ただで帰ろうってんじゃねえだろうな?」

 大仰な動作でローサが撫でた牛を見ると、行商人はそう言った。もちろん、この程度で傷物になるのならば生物失格である。生涯を自然溢れる外ではなく、美術館のショーケースで過ごさせなければならないだろう。

「は? 素晴らしい言いがかりですね」

「あ、あわわ……」

 怒りっぽく喧嘩っ早いカミラの表情が引きつる。それに伴って、いかにも乗り気な行商人の仲間が集まり始めた。

 抜けているとはいえ、流石のローサも一目見て彼女の怒りに気付いたが、一触即発の気配にどうしていいかわからずに硬直していた。

―――どうしよう。このままだと、喧嘩が始まっちゃう!

 恐らく喧嘩で終わることなどあり得ないが、その前に一人の男が間に割って入った。

「何の騒ぎだ」

 ついさっき転寝していた自警団員だ。どういうわけか、市場付近を巡回していたらしい。

「見てわからない? タチの悪いチンピラに絡まれてたのよ」

「チンピラとは随分な物言いだな。衛兵気取りさんよ、俺らの商売に口出ししようってのかい?」

 行商人は凄んでみせたが、その程度でカミラは退かない。無論、この瞬間を見ていた自警団員の心証は悪くなるだろう。

「お前らのやっていることが、本当に商売ならな。見たところ、とても商売には見えないな」

「まさか。俺たちはただ、馬や牛(アシ)を売ってるだけ。それとも、荒っぽい事をしてほしいのか?」

 そう言うと、行商人は袖を捲って腕に彫られたタトゥーを見せつけた。自分達がダギーズの一員だとアピールしているのだ。

 このタトゥーを見た途端、ローサは硬直した。また、あの怖い人たちがここにいる。しかも、安全だと思っていた村の中にまで。

 本人が思っていた以上にあの経験はトラウマとして刻まれていたらしく、逃げるという選択肢が彼女の脳内から消え失せてしまうほどに動揺してしまっていた。

 一方、カミラは口元に笑みを浮かべていた。ダギーズ、まさかとは思ったが本当に奴らとは。

 殺さなければ。奴らを一人残らず、惨たらしく地獄へ叩き落さなければ。手がマッチと拳銃に伸びる。

「それ、宣戦布告と受け取ってもいいのかい?」

 自警団員が挑発すると、一歩前に踏み出した。わざとらしく、カミラと行商人の間に入るように。彼がいなければ、間違いなく発砲していただろう。

―――邪魔よッ!

 カミラは小さく舌を鳴らした。

「さてな。少なくとも、俺たちには仲間がいる。お前ら自警団のチンピラと違ってな」

「ほう、仲間ね。どのぐらいいるんだい?」

 その直後、建物の陰から二つの人影が飛び出した。

 二人は素早い動きで行商人たちの死角から襲い掛かると、まさに瞬きする間もなく、そして音もなく四人の行商人を殴り倒してしまった。

 誰一人声を上げる暇がなかったほどだ。

「そうだな。少なくとも、ここにいる奴らは……」

 振り返っても、見えるのは倒れた仲間ばかりである。想定外の事態に、彼はしばし呆然としていた。その背後に向けて、自警団員が告げる。

「すげえな、お前さん。たった一人で俺ら(自警団)全員相手にするつもりとはな。尊敬するぜ?」

 声を掛けられて正気に戻った、行商人は歯噛みした。いや、歯噛みしかできなかった。

「お前さんの言う通り、俺らは州の認可を受けていない自警団でね。だから州の法を遵守する必要もない……というわけで、一緒に来てもらおうか?」

 まだ、彼らは何もしていない。武器を抜こうとしたことだって、自衛用の武器の手入れをしようとしただけ、とでも言い訳すれば逃げられる。

 連邦の法律では、逮捕する事は出来ないのだ。しかし、自警団に法は関係ない。

 手慣れた動作の自警団に拘束されると、

「覚えていろよ。俺たちに刃向った事を後悔するぞ」

 行商人は絵に描いたような捨て台詞を吐いてみせた。

「ふん、無様な事ね。精々、その不細工な面を永久に外へ出さないで頂きたいわね」

 カミラから吐き捨てられた言葉に、行商人は舌打ちした。

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