坂の上の村3
ギークは部隊の仲間と村の酒場で合流した。
ひと気の少ない酒場は、覇気のない店主と数名の先客が安酒を煽るばかりで、活気があるとはとても言い難い。
TF101の隊員はそんな酒場の、さらに奥まった隅に陣取っている。
彼らの存在を気にするような人間は、ここにはいない。
人の目がない事をいいことに、合流したギークは上着を脱ぎ、患部を診察してもらった。
「脱臼よし、銃創の内出血も放っておけば治る。その他も異常なし。崖から落ちといて、運が良いわね」
坊主頭の衛生兵、イェシュアが太鼓判を押した。
「一応、現地人に貰った軟膏の成分を調べさせてもらうわ。多分、皮膚にまだ残ってるから」
そう言うと、彼女は検査器を皮膚に押し当てた。
「へぇ、インドメタシンか。中々進んでるのね」
「通りで効くわけだ」
「痛み止めの内服薬と食事についても調べたいけど、ここで胃腸に突っ込むわけにもいかないわね。やって欲しい?」
「ご容赦を」
一日経って排泄していないのだから、恐らく直腸付近を調べることになるだろう。つまり、尻の穴から直接ブスリ。
好き好んでやりたがる人間は少数派だろう。少なくとも、ギークはその少数派ではない。
「健康診断は終わったか?」
「絵に描いたような健康体」
「よろしい」
部隊と合流した時、ギークは良くて叱責、最悪隊から外されることを覚悟していた。個人的な理由で交戦し、現地人と交流を持ったためだ。
ローサを助けるために発砲した時、人間としてのモラルの問題などと自己正当化したが、戦場にはモラルなぞ存在しない。暴力が全てを支配する世界だ。
そんな中で兵士には、任務に忠実であることが求められる。
民間人が暴行を受けていても、ひとたび上官から見捨てろと命じられれば、それに従わなければならない。
ギークは自衛軍として向かったアフリカで、幾度となく似たような命令を受けた。
しかし、チームリーダーであるバーゲストは何も触れなかった。ただ、ローサとの二日間の移動の報告を求めただけ。
彼としては、あまり気にするつもりはないのかもしれない。ギークは深く考えないことにした。
「全員集まっているな? 情報を整理しよう」
翻訳装置の停止を確認すると、一同は報告を始める。
まず最初に、バーゲストが町について話し始めた。
「この国、マーセルグーション……こちら側の言葉では、マーセル国と言ったところか。この国は、サーボレンス・アルバ・コレアナ・シモニー・ダヴィディアナ・カロリナ・ニグラの、七つの町で構成されている」
「補足、いいですか?」
ギークの提案にバーゲストは頷いた。
「町と言っても、一つ一つが事実上の国みたいなものです。マーセル国ってのは、これらの町を総称した連合と見た方がいいかもしれません」
「じゃ、マーセル国ってよりもマーセル連邦(Commonwealth of Marcel)ってとこか」
「いい案だ。どう思う?」
モホークの提案はかなり的を射ているように思えた。
「今回は連邦という訳は当てはまると思いますが、確実にそうとは限りません。別の言葉を遣っている地方ではグーションの名称が用いられていても、中央集権の社会主義国家の可能性だって……」
珍しく自分の分野が回ってきたためか、少々舌が回ってしまったギーク。もちろん、周囲からは冷ややかな視線を送られる。
「あ、えーと……もちろん、僕も連邦という呼び名には賛成ですよ」
ということで、今のところはマーセル連邦と呼称する事に決定した。
「我々が今いるのは、マーセル連邦の中心部に位置する“サーボレンス州”だ。ニュー・ノバスコシア高原もこの州の領土に入っていると思われる」
「バーゲスト。地図の入手は出来ましたか?」
「一応は。ただ、信用は出来んぞ。政治的にこの連邦は不安定すぎる」
どこで入手したのかはあえて尋ねなかったが、バーゲストが机に一枚の地図を広げた。大陸一つを支配するマーセル連邦の地図である。
「サーボレンス州の領土の大半は丘陵地帯だ。時折背の高い山もあるが、まとまった平らな土地はほぼないと言っても過言ではないだろう。領民の仕事もほとんどが一次産業。二次・三次産業は少なくとも、シャンプーシャン村では限定的だ」
「守りやすく攻めにくい土地か」
「だけど、交通の要衝です」
コロニーの呟きをギークが継ぎ足した。
地図は主要な街道を描く程度には、その役割を果たしている。この記載に嘘がないとすれば、サーボレンス州はほぼすべての州に繋がっているという事になる。
ここを抑えることは、マーセル連邦の物流を支配すると同義なのだ。
「連邦の最大勢力はニグラ州だろう。事実、首都としてニグラ州のツィジー・ランデスという町が挙げられている」
「ただし、他の州とは事実上の敵対関係にある」
「わからないのは、なぜ連邦として成立したのに他の州で敵対しているのかだ」
「連邦はマーセルという男にルーツがある。だが、途中で消えたそうだ」
これについて、発言者のコロニーは「ご婦人方の井戸端会議を盗聴した」と付け加えた。
「どうして?」
「知るか。人知れず死んだんだろ」
今重要な話ではないだろうと言わんばかりに、コロニーは無関心に告げた。
「ただ、ニグラ州にしばらく触れることはないだろう。地図の北東端、マーセル連邦の隅だからな。それよりも、調べるべき場所は多い」
ここにはマーセル連邦という国があり、利益を得ている人間がいる。権力者というものは自分に都合の悪いものをとことん嫌う生き物だ。
連邦の権力者は地球との交易ならともかく、入植を認めたりはしないだろう。
「バーゲスト、率直に聞くぞ。国と“投資家達”は、ここをどうしようと考えているんだ?」
先ほど司令部と連絡を取ったバーゲストに対し、ソヴォクが尋ねた。
この世界に有用性がないと斬り捨てるならば、自分達は早々に撤収して終わりだ。だが、もしこの世界を“欲しい”と考えているのならば、偵察を続けなければならない。
もちろん、調査内容はこの世界。差し当たって、マーセル連邦を服従させる手段となる。
即ち、侵略のための準備である。
「察しているとは思うが……溢れんばかりの豊かな自然に、意思疎通が可能な人間。そして、地球のそれと同等と推測できる土地。場合によっては、地球人類を総植民しかねん」
今度こそ完璧な異世界への門が開かれたと知ったのだ。あの強欲な資本家は並大抵の障害があったとしても、もう止まらないだろう。
「任務は継続か?」
「そうだ。ひとまずはサーボレンス州都、アンシャンに向かう」
このような小さな村で得られる情報なぞたかが知れている。やはり、膨大かつ正確な情報を手に入れるのならば、大きな町で行った方が効率的だ。
「基地に帰還しないのか? 戦闘で物資を消耗したが、補給はどうなる?」
「空輸はまだ許可が下りていないが、村付近までアイアンドッグが来る予定だ」
アイアンドッグとは、四足歩行型多目的無人兵器である。
過去にハーバード大学にて研究されていたビッグドッグの改良型であり、あらゆる地形を問題なく歩行出来る高い姿勢制御能力を持つ。
今作戦において、アイアンドッグは最低限の自衛装備と光学迷彩、そして輸送用コンテナを搭載していた。燃料についても高出力アイソトープ電池によって、物理的に破壊されない限り最低二〇〇年は活動可能だ。
各種センサーと光学迷彩で連邦の住民との接触を避け、万が一敵対的な生物に発見されて攻撃を受けても、自衛用火器で排除。高い移動能力で、確実に物資を届けるというわけだ。
「我々はアイアンドッグ到着まで、この村で待機だ」
「待機、ね。それでも、現地食品の飲食は禁止なんだろ?」
「ギークの件で不満があるのはわかるが、まだ絶対に安全と決まったわけではないからな」
「御心のままに、国王陛下」
モホークの揶揄に、バーゲストは返す言葉が出なかった。