坂の上の村1
シャンプーシャン村では、似たような形の家々が几帳面に並んでいた。建築物そのものは木材や土塀、石材など様々な建築材が用いられながらも、あえて木造風に作られてるようだ。
村は簡素な土塀で囲われており、正門には一応の検問所と、馬を休める厩が設けられていた。
しかし不思議なことに、厩には飼料が山積みにされているばかりで、人どころか馬の気配さえ感じられなかった。
「そこの二人、そこで止まれ」
槍で武装した現地人が、正門前に訪れたギークとローサに告げる。
「お前たち、どこから来た?」
「私はローサって言います。北東の方から来ました」
「ローサ……? ああ、薬師のとこのお嬢ちゃんか。久しぶりだな。そこの男、お前は?」
「旅の者です。仲間とはぐれてしまって、ここで合流する予定なんです」
怪しくないようにギークは言うが、門番は怪訝そうな表情で睨んだ。
「そんな奴らは知らないな」
既にバーゲストから体内通信で村に入ったと連絡を受けている。となれば村の中で報連相が上手くいっていないか、嘘を言っているのか。あるいは、面倒事の臭いを感じて遠ざけようとしているのか。
向こうの事情はうかがい知れないが、何とか入れてもらわなければ。
「じゃあ、まだ着いていないのかもしれませんね。村の中で待たせてもらっても構いませんか?」
「今は物騒な時代だ。そうやすやすと入れてやるわけにはいかないな」
「困ったなあ。じゃあ僕は、どこで仲間を待てばいいんですか?」
「俺の知った事じゃないな」
そう言うと、門番は厩の柱に背中を預けて煙草を吹かし始めた。
―――紙巻の煙草?
この世界には煙草があったのだろうか。その可能性もあり得なくはないが、ギークはなんとなく事情がわかった気がした。
「薬師の娘っ子、お前は通っていい。だが男、お前はダメだ」
「あのー、この人は私を助けてくれたんです。通してあげられませんか?」
「ダメダメ。ただでさえダギーズの連中がこの辺りをうろついてるんだ。こいつがダギーズの間諜じゃないって保証はどこにもない」
ダギーズ、ギークたちTF101を襲撃した組織の名前が出た。やはりと言うべきか、排他的な姿勢を見せなければならないほど暴れまわっているようだ。
しかし、味方は堂々と中に入ってみせた。恐らく、こういった場所では相当に有効な手段で。
「そんなこと言わないで、なんとか“便宜”を計ってもらえませんかね」
ギークは両手を挙げて敵意がない事を示しながら歩み寄ると、門番の手に物体を押し付けた。
門番は握らされたものを確認すると、破顔して笑顔を見せた。
「そうだな。どうやらあいつらのお友達ってのも、あながちウソじゃないかもな。いいだろう、通れ」
先ほどまでの態度とは一変、「おい、開けてやれ」と内側の仲間に告げた。
簡素な門がゆっくりと開く。
「ほら、気が変わらないうちにとっとと入れ」
「さあ行こう。こういう奴は本当に気が変わりやすい」
「はあ……」
この世の暗い部分を解さないローサは、ただただ首を傾げるばかりであった。
門を潜り抜けて村に入ると、早速ローサが質問した。
「どうして、門番さんは入れてくれたんでしょう? あんなに嫌がってたのに……」
「さあ、なんでだろうね」
返答に困ったギークは誤魔化すことにした。
もちろん、入る許可が出たのは門番の気まぐれや魔法、ましてや良心でもない。
紙巻の煙草がこの世界に存在するのかは怪しい所だが、少なくとも嗜む習慣はある。ならば、煙草をプレゼントすれば通してもらえるだろうとギークは考えたのだ。
とどのつまり、賄賂である。
アフリカの紛争地帯では、大半の貨幣が紙切れ以下の価値しかない。紙幣一〇〇枚よりも煙草一本弾丸一発の方が重宝されるため、煙草や弾薬が貨幣代わりになってくる。煙草が賄賂に使われるという、先進国の常識が通用しない現象は珍しくない話だ。
検問で兵士が気に食わない様子であれば、穏便に済ませるためにとりあえず煙草を差し出す。ここでも、この手法は通用するというわけだ。
「無事に入れたみたいだな、なによりだ」
不意に、死角から声。まったく気配を掴めなかったギークは一瞬体を強張らせたが、すぐにTF101の仲間だと気付いた。
コロニー、TF101隊員の中でも特に詳細不明のドイツ人。バーゲスト以上に危険な雰囲気を漂わせる男は、ローサに会話を聞かれないよう、翻訳装置を停止させて語りかけた。
「ギーク、この子が例の?」
「はい」
「ひゃっ!? ど、どちらさまですか?」
ならいい。コロニーはそう言わんばかりに、ローサを無視した。
「バーゲストはこの村の調査を始めている。適当に切り上げて合流しろ」
「了解」
言いたいことを言い終えると、コロニーは音もなくその場を立ち去った。
「もしかして、今のが会う予定だったお仲間さんですか?」
「そうだよ。彼はちょっと……シャイでね。気を悪くしないでほしい」
―――一体、お前はコロニーの何を知っているんだ。
言っていて、自分に突っ込みを入れてしまう。
「ちょっと怖いかなー、って思っただけで。大丈夫ですよ」
明らかに無視されたというのに、ローサは変わらぬ笑顔で答えた。よほど祖母の教育がよかったらしい。出来るだけ彼女の旅を手伝ってやりたかったが、それは任務ではない。
「じゃあ、無事に村についたって事で……」
「はい、お世話になりました。……ええっと」
思い出してみれば、ギークは一度たりともローサに名乗っていなかった。落ち着かせるためとはいえ、自分から聞いておいた癖に。
だとしたら、あまりにもフェアではない。最後ぐらい誠意ある対応をしたかったが、今の彼はタスクフォースの隊員であり、人の形をした人以外の存在だ。任務の為に個を殺さなければならない。
だからこう名乗った。
「ギークだ。もう会うことはないだろうけど、覚えておいてほしい」
「ギークさん、ですね。わかりました、また会いましょう!」
どこへ向かっているのやら、ローサは別れを告げると小走りに駆けだしていった。
年相応の少女ぶりに、彼という個人は心に寂しさを覚えた。しかしそれも、特殊部隊隊員としての責任感が掻き消した。
《こちらギーク。村に到着、合流します。現在位置を知らせてください。どうぞ》
“ギーク”は任務のために、祖国のために。静かに動き出した。