まずはこっから
俺の名前は…えーっと何だったかな、忘れたが地球の日本でごくごく普通の生活を送っていた者だ。
詳しく言うとその記憶があるものって感じかな。
記憶が曖昧になっているし、ついでに言わせて貰うと身体的なものも透過が効いていて、さらに言えば周りもよく分からない白い靄に覆われていて、早い話が死後の世界に居るらしい。
遥か昔の日本の先人が造語した輪廻転生って言葉はどうやら本当だったみたいで、俺は、神様的なものから機械的な、ローテンションでシナリオを指定されたように読まれるようなつまらない説明を受けて、今先程、天界から空いた穴から飛び降りたところだ。
聞いたところによると、魂だけの存在は大変不安定らしく、すぐにでも身体の中に入りたいという本能的な欲がどうたらこうたらで、つまりは浮いてる透過した身体もどきでも抗えずに落ちていくらしい。
『お、おおー!綺麗…だな!』
魂だけの存在に怖いとかはなくて、大気圏的なものを出て世界の景色が広がっても、またパラシュートとか一切付いてなくても、あと浮遊感とか全くなく普通に落下していても、恐怖とかは特に感じずに居られるらしい。
…。
緑が綺麗。
……。
朝日が眩しい。
………。。
…うん、垂直落下している間はつまらないので自分のことを整理しておこうか。
俺が新しく転生する世界はアルフレイア。
剣と魔法の世界などと非常にざっくりとした抽象的な説明を受けたが、要するにこの世界は人間が覇権を完全に握ったわけではないというところらしい。
古の伝説…とかでは決してなくドラゴンが実在していて、あとは普通の野生動物の他に魔物というのが存在している。
人間達の中でも特に勇敢な大多数は、その魔物という種類を日々狩ることで、自分達の安全を確保しているし、また毛皮や牙、骨、血肉…大きいところでは尻尾まるごとなどを掻っ捌いて売っさばいて金に換えて生きているらしい。
正直な感想を聞くか?俺は原始人みたいだと思ったぞ。だって生き抜くのが大変過ぎるからな。
でもあるかどうか不明の血の気が引いた俺を目にして、神様とやらはこう言った。
『いえ、魔法で発展してますから。』
この世界は物理化学は全く発展しなかったらしい。
何故かと言うと、元々このアルフレイアでは魔物が強過ぎて、人間達は小さな村もどきを作って疲労困憊で生きるのに必死だった。
だから神様は魔物が持っていた力である魔法を人間にもあげたそうだ。
そうしたら人間は魔法に依存するようになって、自力で火を起こす方法も自力で土を耕す方法も、また自力で家を建てる方法も全部全部忘れて、魔法で作るようになったらしい。
魔物を撃退出来るようになって、そして国を建てたのすら魔法依存なので、要するに物理化学が発達する余地はなかったらしい。
まあでも、魔法なんて神様が後天的に与えたものだから、当然人間は魔法を使う力が他の動物よりは少ないらしい。
他の動物…いや、種族と言った方が正しいな。
この世界ではエルフやドワーフ、あとこれはざっくりとした言い方だが魔族ってのも居るらしい。
魔族のことを人間は知恵を持った魔物と軽蔑しているようだが、聞いた話によると魔族の方が好感が持てる。
魔族は知恵を持った魔物という二つ名通り、魔法を先天的に使える。
だから魔族にとって魔法とは別に特に重要なものというわけでもない…言ってしまえば魔法を使えることはステータスにならない、ということだ。
だから魔族は別のことを重要視する。
それはどのくらい知恵が働くか、だ。
要は知的になれるかということだな。
魔法で家を建てられるのは当たり前だがそれを使わずにやってみるとどうなるか、魔法で水浴びを出来るのは当たり前だがそれを手で作ってみるとどうなるか…などなど、聞いた限りではこの世界の人間よりは人間らしいと思う。
ただし、手が極端に細い魔族や手が極端に太い魔族が俺が考えてるように全て几帳面に仕上げられるわけがないし、それにストレスが溜まると破壊衝動などに駆られて色々壊すらしい。
知的はステータスだけどまだ実践途中ってところか。
やはり細かい作業が得意なのは人間なんだろう。
その点、アルフレイアの人間は損をしているとしか思えないが…まあいっか、魔法使えるのは面白いし。
ああ、俺のことについてもまとめておかないとな。
俺が新たに転生するのはエドワードとケイシーの間に生まれるテオドルって奴らしい。
俺が気持ち新たに生を受けるのは、真下になんとなく見えるような気がするこの村、名前をアルム村で、エドワードはこの村の村長の息子で割りかし金持ちだ。
だからその息子の俺は幼少期から畑の手伝いとか無しに遊べるしーー。
『…お、い、聞こえ、るか……、……なエラー、が、…お…い』
『な、なんだ?!』
『き、危険…すぐ、…ちら…に…はや……引き返……、早…く』
唐突に大声が響く。
急いで拡声器を使ったような不協和音みたいなそれに、俺は顔をしかめながら耳を塞いだ。
エラー?危険?引き返す?
なんのことだ、俺の転生がなんだって言うんだよ。
このまま落ちれば、普通に自動的に転生が完了するって言ってたじゃないか。
それなのに…いや、そんなこと言うのはやめよう。
今は対策を考えないと…いや、しかし、下の身体に引きずり込まれるように落下してる俺に何が出来るというのか。
『引き、…せ、早、…はや、…引き』
『ああもう分かってるよ!!』
理不尽な要求を振り払うように頭を振りながら上に飛ぶように踏ん張る。
…踏ん張るってなんだよそれ。
大丈夫、俺は軽い、俺はかの通り半透明だからどこへでも飛んでいける筈だ。
そう祈って願って信じて思い込んで飛べば…。
なんとかなるわけないだろうが…!!!
『警告、…けい、警…引き…せ、は………。』
その内、俺の周りに黒いもやが漂い始めた。
手を伸ばして払っても、その霞は決して消えてはくれず、視界が黒に染まる。
そして不思議なことに落下しているような感覚すらもなくなった。
いつの間にか耳が聞こえない。
五感全てが無くなったような感覚に、俺は頭を抱えて座り込む。
『俺の…俺の、転生ライフが…ぁぁぁ』
折角、転生したってのに、新しい世界にドキドキワクワク感じてたのに、俺の転生ライフは、転生する前に終わるのか。
こんな真っ暗闇の中でずっと、このまま、、
…そんなことあってたまるか!
地面があるのか無いのか、その感覚すらないから、取り敢えず目も耳も使えないまま、頼る壁とかも無しに俺は半透明の身体で歩き続ける。
三半規管が駄目になってそうだが、身体を待ってるわけでもないから問題なく歩けている。
多分すごくカッコ悪い小股だがこの際そんなことはどうでもいい。
歩き続けること俺の体内時計で約一時間。
何の音沙汰も進展もない。
ああもう、神様でも何でもいいから助けてくれよ…!!
『ヤット…見ツケタ』
『…あぁ?』
突然、ノイズのようなものが頭に響いた。
機械音のような、それでいて声のような。
立ち止まって辺りを見渡しても黒しか見えない。
頭に流れ込んできたノイズは、どれだけ待ってもそれっきりで、俺がイラつきながらもう一度呼びかけようとしたその瞬間。
『…ガッ…ハッ』
肺と心臓を一気に刺されたような痛みが俺を襲った。
血は流れない。
その代わりに黒いもやが俺の身体から流れている。
呼吸が出来ない。
魂には必要ないのかもしれないが、無意識にしているその動きを急に止められると、身体の芯が冷え切るくらい怖い。
怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!
!!
血を失ったわけではない、それでもそのおぞましさとショックと壮絶に突き抜ける痛みが俺の意識を暗転させた。
◇◆
「…ッ!!」
目覚めると死ぬほど眩しくて、思わず目を瞑りその上に腕を乗せて影を作る。
ん?眩しい?
俺はええと…確か暗闇で刺されてブっ倒れた筈だ。
声もどきのノイズしか知らないが、あいつ今度会ったら半殺しじゃ済まさない…まあそれは置いといて。
取り敢えず全て無視して起き上がると、辺りは真昼間の草原だった。
俺の知らない間に暗闇からは抜け出せたようだ。
ああ、あと落下したのはこのアルフレイアの世界で早朝の頃、だから昼まで俺は寝てたわけか。
…つか。
「こほん、あー、あー、、」
俺からは明らかに人の声が流れている。
思わず自分を見ると、それは半透明でも何でもなく、普通の、それなりに筋肉の付いた男が見えた。
あれ、俺は無事に転生したのか?
しかし、俺が転生する先はテオドルというアルム村の孫だった筈だ。
しかも生まれ立ての赤子。
こんなちょっと鍛えた男では決してない。
じゃあ、これは誰だ?
…間違っても俺の元の身体じゃないことだけは分かる。
ああ、そうさ、顔は見てないが身体だけでもこんなカッコ良くはない。
絶対ない、あり得ない。
…何か悲しくなってきた。
取り敢えず俺はこの男の身体に転生したんだろう。
理不尽な神様もどきからの説明とは全然違うが、幼少期から始めるのも大変だろうと思っていたから良しとする。
で、ここはどこだ?
そしてこの男は誰なんだ?
「おーーーーい」
無駄だとは思うが神様を呼んでみた。
想像の通り無駄だった。
数多ある世界を統括する様々な神様の中には、転生する者に破格の条件を与えたり、会話機能を持たせて世界の内情を報告させて楽しんだり、凄い時には転生者に付いて行ってしまうのも居るらしい。
そして大体の場合そういうのは優しくてドジっ子で可愛らしい美女神様なんだとか。
しかし残念なことに、俺の神は全く可愛気がない奴で、俺のことになんか興味もないような定型文の応対なんかしやがって、チートもないわ、挙句の果てに心臓刺されても無視だわで、本当…。
「…いっ…!!!」
神の悪口など言うものではない、いいか?これ教訓な。
刺された肺と心臓辺りが軋んで、俺は立っていた足をもつれさせて転び、草の中で確認する。
胸には黒い文様が浮かんでいた。
刺された場所が刻印のように刻まれている。
「はは…」
これなんて厨二病?