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PAGE.8

 ガーンゴーン、ギーンゴーン

 教会の年季の入った鐘の音が、街中に響き渡っている。俺はそれを、少し離れた小高い丘で聞いていた。

「終わった、な……。」

 安堵のようで、諦めにも聞こえるような呟きが落ちた。草の上に足を延ばして座り込む。彼女はもう、ぜったい俺のものにはならない。その事に、少しの悲しみと嬉しさがある。


「本当に、よろしかったのですか?」


後ろから突然声がかかった。俺は振り返らずに答える。

「相手はこの街の領主様だ。誠実だし、彼女を本当に愛している。…何より、彼女が選んだ人だ。きっとだれよりもお互いを幸せにできる。」

「そういう事ではなく、アレク様の気持ちが…。」

「驚いたな。…お前らは、俺が彼女と親しいのを疎ましく思ってただろう?」

 振り返るとそこには、大人と子供の挟間ぐらいの年頃の少年が数人立っていた。

 彼らの服装は、普通の町人の装いだが、その気配のなさが普通ではない。……そうした技術を、彼らは幼い頃より仕込まれているのである。


 彼らは”王影”___国王直属の、暗殺・諜報組織である。


 仕える王を選び、その王の為にはどんなことでも涼しい顔でこなす。存在すら、知っている者は限られている。

「……確かに、私達は陛下から、あなた様を丁重に迎えるようにと仰せつかっております。…そして、その障害となるものは、最悪の場合処理してしまってもよいと。」

(…やっぱり良かった。俺がもし彼女と心通じていたならば、絶対に行かなかっただろうから。)

 俺は安堵からため息をついたのだが、そいつは勘違いしたのか慌てて言い募る。

「陛下は決して、あなたを軽んじていらっしゃるのではないのです!ただ……。」

「分かってるよ。陛下にとって俺は貴重なコマだ。わざわざお前らをつけてくれているのだって、そういうことだろう?……でも、本当に感謝している。今日、彼女の結婚式まで待ってくれてありがとう。」

「いえ、こちらはまだ余裕がございますし。」

 そっけない言い方だが、こいつがそういうしゃべり方しかできないのはもう知っている。

「なんだか、お前らと一か月前に会ったのが遠い昔みたいだな…。」


 ___アレク、いえ、アレクスト・オーガッシュ様。

 ___我らは、隣国ハーシェ王国の使いの者です。我が主の命により、至急王宮においでください。


 こいつらが突然俺の前に現れ、そんなことを言ったのは、隣町で使用人として配達に回った帰りだった。こちらの動揺も気にせず、彼らは無表情な声で続けた。

 ―――オーガッシュというのは我が国の公爵家の名でございます。そして、あなた様はその家の前当主のご令嬢クレーウィニア様が産んだたった一人のご子息なのです。

 ―――はっ?ふざけんなっ!俺にはもう死んだけど確かに両親がいた!・・・じゃあ母さんが公爵家のお姫さんだったのか!?

 ―――いえ、そういう事ではないのです。

 ……そしてこいつらは説明してくれた。俺の母親、いやクレーウィニア嬢は娘の頃、屋敷に通っていた従僕と恋に落ちた。

 そして、子ども(俺)ができて、最初は反対していた父親(前当主)にもしぶしぶ認めてもらえたらしい。

 しかし、その恋人が突然の事故で死んでしまい、彼女はとてもショックを受けた。なんとか俺を産むまでは持ち堪えたが、産んですぐに心と体が限界だったのか、亡くなってしまった。

 ……俺の両親はその家の馬子とメイドで、しばしば二人が会うのに協力していたそうだ。

 母も父も死に、冷たい目をむけるであろう貴族社会の中で生きていくより、いっそただの平民の子供として育った方がいいのではないか……そう思ったクレーウィニア嬢は死ぬ間際、亡き恋人の親友だった父と、その妻で自分に忠実に仕えてくれていた母に俺を託したんだそうだ。

(そんな・・・)

 初めて知った事実に、頭がくらくらした。しかし、表面上は平静を装いながら話を続けた。

 ___で、今更隣の国のオウサマが俺なんかに何の用?親父もお袋も死んでるし、そんな侯爵家の庶子一人を探しに来るなんてなんかあるんだろ?

 ______実はクレーウィニア様が亡くなり、前当主様も体を壊してしまったことで、オーガッシュ公爵家には直系の後継者がいなくなってしまったのです。そこで前当主様の弟君の嫡男殿……アレク様にとっては従兄君になりますね……を養子に迎えて家を存続させたのです。

 ___しかし、現当主様は、公爵家の身代を食いつぶす勢いで放蕩を繰り返し、領民からも嘆願状が王宮に届けられているのです。そこで国王陛下が、昔その家の令嬢が死んだ婚約者の子どもを産んだという噂を思い出され、その子どもを新しい公爵家の当主にしたらどうかと提案されたのです。

 _____国王陛下は最大限の後援をすると申されました。……アレク様、どうか我が国に来てください!

 そう言うと、そいつらはまたばっと跪いたまま頭を下げた。それを見ながら、俺は尋ねた。

 ___なあ、俺はお前らの国について何も知らないし、両親と一緒に暮らして、二人が死んだ後に出会った大切な人たちもいるこの国が好きだ。……だから行きたくないって言ったらどうする?


お読みいただきありがとうございました!

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