ページ13 新たな敵
元の世界では最先端技術のはずの水素で走る燃料電池車がこの世界では普通。
水素ステーションもあちこちにある。
緑豊かで、自然エネルギーを使った発電のみで、電気を供給する。
だから、空気が全然違う世界だ。
「妃波、どうかした?」
「あ、ううん。
この世界は、考えられない位エコだなぁって思って。」
「エコ?」
「自然に優しいって事だよ。」
「へぇ〜」
「私の世界は、ビルとコンクリートとアスファルトだらけで、
緑は少ないし、空気も汚れてて…こんな話しててもつまらないね。」
「いや、そんな世界もあるんだって勉強になったよ。
1時間位走るから、聞きたい事あったら聞いて。
打ち合わせとかしてるけど、
最終チェックだから平気だよ」
「わかった、ありがとう」
それから王子様はヨリヒトさんと話し始め、
結局そのまま予定地に着いた。
「妃波も行く?」
「お邪魔でしょ?」
「たいした事じゃないから、おいで?」
「…わかった」
王子様と共に役所みたいな建物に入った。
かしこまったのは苦手だから、ちょっと憂鬱。
でもこれが終わったら海!だもんねっ♪
そう思ったら気分も晴れた。
―――「今日は遠くまでお越し戴いてありがとうございました。
今回の件は、これで進めさせて頂きますので。」
「お願いしますね。
また様子見に来ますから」
私が?をいっぱい浮かばせてる間に会議は終わった。
「はい、いつでもお待ちしております。
あ、王子様方はこれから海へ向かわれるのでしたね?」
「はい、そうですが」
「では、少し遠回りをして下さい。
一昨日から、この先の道で、
何人も怪我をする事件が起きております。
被害者はみな揃って、鎌鼬のように風に切られた、
と言っていたので、解決の手立てがなく…」
私と王子様は顔を見合わせた。
もしかして…と。
「わかりました。
ありがとうございます」
それだけ言って、王子様は車に乗り込んだ。
私も急いで乗る。
運転手さんは道を聞いているよう。
ヨリヒトさんは次の日程の調整をしているようで、
まだ2人とも外にいた。
「ねぇ壱斗くん…もしかして…」
「俺もそう思う。
多分、スタールージュの仕業だ。」
「おまえ達の読みは正解だ」
突然後ろから声がしてハッと振り返る。
そこにはリッシュがいた。
「え!?リッシュ!?」
「あたしもいるよー♪」
フィーナも現れた。
「フィーナ!!いつからいたの?」
その質問にリッシュもフィーナも当然という顔をして言った。
「お城だよ?」
驚く私とは正反対で、王子様は冷静だった。
「スタールージュの化け物って事は…行かなければ、だな?」
「アホの妃波と違って、
壱斗はいつも冷静で、
分析も早い。さすがだな」
カチン。
「アホとは何よっ!
私だってすぐに気付いたわよ!!」
「そーゆう事じゃねぇんだよな〜」
リッシュの言い方に物凄く腹が立ったけど。
またここで言い返したら、
倍アホって言われそうだからやめとこう。
「…でもリッシュ、
私、弓矢おいて来ちゃったんだけど…」
「それぐらい、俺様が出してやるよ!!
だからアホだって…」
「リッシュ!!
あたし達の常識は、人間にとって非常識なんだから!」
フィーナが私を擁護してくれた。
「ここからが問題だ。
どうやって、ヨリヒトとヤスオさんをここに足止めするか…」
ヤスオさんは運転手さん。
「うーん…」
「あ、そうだわ!
グリニーダが強力な睡眠草を作ってたはずよ。
壱斗クン、グリニーダと会ってたのよね?」
「確か…何かあったら名前を呼べって言ってた…」
「ん?わしを呼んだか?」
王子様が言い終えるのと同時位に、
突然現れたのは小さめの…お爺さん?
「え、誰!?」
「おぉ、ぬしは初めましてじゃったな。
わしは見ての通りのじじぃじゃよ。」
「グリニーダ!」
「おぉ壱斗、わしを呼んだじゃろ?
用件はこれかの?」
そう言うとグリニーダは懐から、
不思議な花を取り出して王子様に渡した。
青地に黄色の水玉模様の大きな花びら。
花の中心は蕾みたい。
「これ…」
王子様には見覚えがあるみたい。
「これが睡眠草、その名も睡花蘭じゃ。」
「綺麗な花だね」
「わしが丹精込めて咲かせたんじゃ。
当然じゃよ。ホッホッホ。
しかし、こいつはちょっと照れ屋さんでな。
花びらの付け根をくすぐってやらんと、
顔を出してくれん。
顔を出したら、眠らせてくれと頼むがよい。
くれぐれも機嫌は損ねんようにな。
こいつは、きちんと褒めてやらんと、
強力な睡眠を引き起こす花粉を辺りに撒き散らしてしまうからのぉ。
じゃあ、わしは…あぁ、いけない。
ぬしの名を聞いとらんかったのぉ」
「あ、私?妃波です!」
「妃波、良い名じゃな…いつでも呼ぶが良い」
そう言いながら、グリニーダは光の中へ消えていった。
…リッシュに置き土産をして。
「…あれね、ガミガミヤシ。
グリニーダの、リッシュに対するお叱りを代弁するのよ」
フィーナがコソッと教えてくれた。
ちっこいヤシがちっこいヒヨコをめっちゃ怒ってるっていうなかなか面白い光景。
私達3人はとりあえず、笑うしかなかった。
「…とりあえず、やってみようか」
王子様はグリニーダの言ったとおりに花の付け根辺りをくすぐった。
…………。
いきなりパアアっと花が咲くように、
蕾の部分が開き、
女の人のような顔が浮かんだ。
「ウフフ…だあれ?」
花が話し始めた。
「え?あ…はい、壱斗といいます…」
「イチト?なにか用事かしら?」
「お願いします!外に居るあの人たちを眠らせてください!!」
王子様が花に向かって頭を下げた。
「ウフフ…いいわよ」
花が宙に浮き、くるくる回りだした。
「…凄い……」
花がしゃべってる時点でかなりぶっ飛んでる気がするけど…
見とれている内に、外ではヨリヒトさん、ヤスオさん、役所の人が揃って地面に崩れ落ちた。
「終わったわよ、イチト。」
「お花さん、ありがとう!!」
「あたしは睡花蘭。
いつでも必要になったら呼んで…」
花はパアアンと弾ける様に消えた。
急いで私達は車から降りた。
「壱斗くん…死んでないよね?」
「大丈夫、寝てるだけだよ」
3人の脈を確認した王子様が言った。
ちょっとほっとした。
かなり爆睡しているよう。
「よし、おまえ達、今の内に先を急ごう…目をつぶれ」
いつの間にか、ガミガミヤシから開放されたリッシュが言った。
私と王子様は急いで目をつぶる。
私達を光が包む。
「目をあけていいぞ。」
「……これは」
昨日脱いで、お城に置いて来たはずのライムグリーンのミニドレスに変わっていた。
弓矢も目の前に置かれている。
「それがおまえ達がスタールージュを相手にする時の衣装だ。
昨日も言っただろ?
特別製だと。
ただの服じゃ、すぐに破れちまうがな。」
王子様も一緒だった。
「さて、着替えも済んだし、行こうか」
私達は見えぬ化け物と戦いに行く――――。