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2_トライスター

 3つの場所で生まれた小さい波紋は、静かに拡がっていた。

 

 

 

友姫ゆうき、ちょっと」

 卓球部の練習が終わり、帰り支度をしている最中の少女を、学ランの少年が呼び止めた。

「何、芳芽ほうが

「これ、見てくれないか」

 彼が掌に収めたスマートフォンの画面には、動画が流れ始めていた。卓球台を挟んで少年が二人、既に試合は始まっているようだ。

「インハイの動画? ……いや、普通の練習風景っぽいんだけど」

「僕も初めて見る選手だ。8月の頭くらいからこういう動画が何本かネットに上がってるんだが――とりあえず、『視て』くれ」

「ん。うん」

 意味深な溜めを作って言う少年に促され、端末の画面へと目をやる少女。




「うらぁっ!!」

 誠二郎の3球目攻撃が、相手の真逆を突いてコートに突き刺さる。

「11-6、マッチトゥ皆川」

 歯を剥き出しにして笑う誠二郎とは対照的に、コートの周囲は嘆きとざわめきが重い空気と共に蔓延していた。

「な、何てこった……県大ベスト16の龍田先輩がこんな簡単にやられるなんて」

「あいつ、本当にまだ高一なのか? 俺らじゃまるで歯が立たねえっ!」

 敵意、羨望、困惑、興味。様々な感情の視線を向けられながら、それを気にすることもなく誠二郎は相手へ歩み寄る。

「あんがとよ、相手してくれて。いきなり来て練習邪魔しちまって、悪かったな」

 差し出された手に、相手は首を横に振りその手を握り返す。

「いや、こちらも悪くない体験ができた。……その様なスタイルの選手は、今日日珍しいからな」

 龍田は目にかかりそうな前髪をかき上げながら、台上に置かれた誠二郎のラケットを見た。使い込まれたペンホルダーラケットは、赤色の表ソフトラバーを天井に向けてその身体を休めている。

「裏面打法も使わずの、徹底した前陣速攻型か」

「ただの速攻じゃねェよ。『超速攻型』だ」

 誰よりも早く、そして速く攻める。それが誠二郎のプレースタイルだった。卓球未経験者が卓球用のラケットと聞いて想像するのは、おそらく大体は裏ソフトラバーの貼られたものだろう。表面が平坦な裏ソフトラバーと違い、彼の使う表ソフトラバーには前面に渡って僅かな凹凸がある。玉離れを早くすることで、ボールに変化をつける回転量を犠牲にすると共に、相手の変化球への対応力を増加させているのだ。

 誠二郎はリスクを恐れない。本来なら2本に1本取れれば及第点の相手のサービス時でも、リターンから果敢に打って出る。ともすれば蛮勇とも呼べる行動はしかし、彼にとっては当たり前の選択だった。

 相手の拳が届く前に、相手を打倒する。先手必勝――それこそが、彼がこの世界に足を踏み入れてから一度として変わらぬ気質である。

「成程。流石は噂に聞く『群馬の星』だな」

「……ん? 何だ、そのだっせえあだ名」

 聞きなれない呼称に、誠二郎は口端を歪める。

「何だ、知らないのか。自転車で日本縦断しながら、道中の卓球選手に試合を吹っ掛け回ってるキレッキレの群馬人が居る――って噂。こっち(学生卓球)界隈じゃtwitter辺りで結構話題になってるぞ。動画も何本か上がってる」

「マジか? どーも疎いんだよ、ネットだ何だってのは。あと群馬は外国じゃねーからな」

 言いながら、周囲をぐるりと見回す誠二郎。

「今の試合も撮られてんじゃねーのか、おい」




「――1セット目頭から、2球目攻撃の奇襲で流れを掴んだね。相手の実力はどうなの?」

「『龍田 健造』。今年のインハイ長野県予選でベスト16まで駒を進めた、確かな実力者だ。中陣からの展開が得意なシェークドライブ型で、特にスピードと回転量のあるパワードライブは『ドラゴン・ドライブ』と呼び名がつく程、地元じゃ有名らしい」

 停止した動画の拡大画面を操作し、龍田から誠二郎へと視点を移す友姫。

「……うーん」

「何か気になるか? 悪いがコメントの前に、もう2本視てくれるか」

 アルバムから新たな動画を選択し、再生ボタンを押す。映るのはやはり卓球台、そして今度は少年と少女。




「っ、マジかっ!?」

 ブリジットと対峙する汗だくの少年――『椎名 隼人』。中学時代にそのペンホルダーラケットから繰り出される数々の台上技術から『虚空の魔術師(ウィザードオブスカイ)』と形容された彼が、今はその橙色のボールに翻弄されていた。

「6-11、マッチトゥ……桜庭」

 一礼してからタオルを手にとり、顔を拭って一息吐くブリジット。180を超えるかという並外れた体躯にベリーショートのブロンド、意思の強さを嫌でも感じさせる瞳は周囲の男子すらもたじろがせる迫力があった。ついでに言うとその豊満なバストも男子をたじろがせた一因である。

「……まさかとは思ったけどよ。うちのエースが、女に負けるとは――」

「やめて下さいよ、先輩」

 ボールフェンス越しの背後で囁く声を、椎名は制止した。ブリジットに歩み寄り、握手を求める椎名。

「性別は関係無い。お前は俺より強かった、だから勝った。そういう事だな」

「そういう事、だ。私も性別それに特別な拘りは無い。お前の強さも、確かに見せてもらった」

 握手を交わす両者。全力を出し切った者同士、初対面なれど十年来の付き合いの如き繋がりが確かにそこにはあった。

「しかしよ。俺もちょっと前までウィザードだ何だと呼ばれちゃいたが、お前――ブリジットのアレはどういう魔法だ?」

魔法(Magic)? ああ、そんな大仰なものじゃない。ただの偶然と積み重ねの形、だ」

 彼女の戦法は、その身体を存分に活かしたパワードライブ主戦系だ。昨今の流行を取り入れたフリック・チキータも当然の如く使用するが、それはあくまで布石。巧妙に、あるいは強引に、全ては彼女の望む展開へと引き摺られていく。

「イギリスでは蛇の槍(スネークランス)と呼ばれていたが」

「あぁ、正にそんな感じだ。曲がるドライブ相手は初めてじゃねえが、お前の打つのはマジで軌道が変態的なヤツばっかだな」

 彼女の右腕から放たれるドライブは、まるで相手のラケットをすり抜けるように右へ左へと軌道を変える。その変化量は高校トップレベルはおろか、プロですらも目を見張る境地にあった。

「ていうか、日本語もえらく上手だな。こっち住みじゃねんだよな?」

「今は旅行者という身分、だ。言葉は基礎を学んでからは大体、マンガや軽い小説で覚えた」

「軽い小説……ああ、ライトノベルっつー意味か? マンガは俺もたまに読むけど、何か好きなのあんの?」

「スポーツ物が好きだ。『スラムダンク』『キャプテン翼』から、当然『ピンポン』も読んだ。今は『鉄風』や『少女ファイト』が熱いな」

「……こっちの好みもやや変化球だな……」

 雑談に興じる二人を人の群れから捉えていたスマートフォンのカメラは、そこで記録を終えた。

「――東京の魔女トーキョーウィッチ、記録終了」




「でかいなー。大学生だよね?」

「今年で17だそうだ。こちらの教育制度に当てはめるなら、中学3年のお前も1年後には彼女を相手取ることになるな」

「うぇ、マジか」

 動画の表示される画面をインターネットブラウザに切り替え、ローマ字の並ぶページへと飛ぶ。表示されたページには、ブリジットの写真があった。

「向こうの同年代じゃ、国内でも五指に入る実力らしい。ブンデスリーガ参戦も近いという噂だ」

「プロ志望か。凄いね、私と2つしか違わないのに」

 そう言いながらも、彼女の目は届かない何かを見る瞳ではなかった。先に行って待っていろ――そういう瞳。

「ラスト、行くか」

「おっけ」




 異様な姿だった。全身黒タイツにデフォルメされた笑顔の仮面。ふざけた格好から繰り出されるのは、意外にも堅実なプレイングだった。

「……ふぅ」

「9-11。マッチトゥ、えっと、仮面の人」

 眼鏡に垂れる汗を一拭きし、仮面の対戦相手はぶるぶると首を振った。

「何なんです? これは」

 仮面の男を指差し、対戦相手――『鴨川 幸雄』は訊いた。仮面の男を挟んでその後ろに立つ白衣の女がそれに応える。

「あー、気にせんでええで。まだ実地試験の段階やし、正式な返答はも少し待ってえな」

「無理っすよ市屋先輩ィ!! いきなりうちの大学乗り込んできて全身タイツ男と卓球で試合させられた挙句こいつめっっっちゃ強いし! 気にするなってのが無理っスよ、一体そっちの大学で何の研究やってんスかぁ!?」

「相変わらず急にテンション変わるなぁ、キミは。別に脱法ドラッグとかはキメとらんから安心して」

 白衣の女――『市屋 はな』は、手招きで両コートの後ろ・両サイドに立たせた映像記録者を呼ぶ。

「うん、問題なく撮れとるね。この試合も適当に切り取ってようつべに上げといてな」

「了解しました。あ、別働の2組も新しい動画を送付してきてますが」

「んじゃそいつもよろしくー」

 市屋達が情報のやりとりをしている間に、鴨川は仮面の男との意思疎通を試みていた。

「日ペン表裏おもてうらの速攻型か。卓球歴は長いのか?」

 鴨川の言葉に、仮面は少し迷ったあと曖昧に頷く。

「……とりあえず、人間は中に入ってるみたいだな」

 自分のシェイクハンドラケットをくるくると回しながら、探るように言葉を続ける。

「市屋先輩は確か、大学の研究室で医療用パワードスーツの研究をしてたはずだ」

 仮面の男は応えない。

「その全身タイツが、新型のスーツなのか?」

 質問に対し、仮面の男は両腕の大きな×で意思を示した。

「戒厳令ってことね。ま、今ので大体分かった」

 ラケットを置き、右手を差し出す鴨川。

「握りつぶさないでくれよ。あの人の作るブツは確かに優秀だが、たまにやりすぎがあって怖い」

 仮面の男は差し出された右手を握る。スーツ越しからでも互いの熱気が確認できる程に、彼らの血は沸いていた。

「次は日本選手権でリベンジ――といきたいところだが、こんななりで卓球してるってことは理由有りなんだろうな」

 気が向いたらまた来てくれ、と言い残し、鴨川は体育館の外へ出て行った。仮面はその背に向かい、一礼する。




「……この動画以外の情報は?」

「無い。ちなみに相手は現在大学2年生の現役選手、高校までで3度の全国大会出場経験があるオールラウンダーだ」

 口に手をあて、考え込む仕草をする友姫。

「前陣速攻で、バックは裏面打法も使って捌く――それにしたって、この速さは」

「僕の知る限りでも調べてみたが、これ程の速さの選手はプロでもそうそう……」

「そう。そこ」

 我が意を得たり、というように友姫が割り込む。

「速さはプロに並ぶレベル、戦術も練りこまれてて勝負どころの判断も良い。それなのに、時折おかしな動きをする」

「そうか? 僕は特別、何も感じなかったけど」

「下手っていうのともちょっと違うんだよね。違和感、そう、どこかが奇妙にずれてるような……」

「勝てそうか?」

 唐突な芳芽の質問に、友姫はノータイムで応えた。

「無理だね。少なくとも今出てる情報だけじゃ、はっきり付け入る隙は見当たらない」

 彼女もまた、シェイクハンド裏裏うらうらのオールラウンダーだった。同じ戦型の鴨川が敗れたことは、絶対的ではないものの線引きの基準にはなる。

「ふん。桜庭の方は」

 今度は腕を組み、少し考える。十数秒後、結論がその口から発せられた。

「厳しい。初対面の初戦なら落とすだろうね」

 対応策を練ろうにも、まずあのような技術を持つプレーヤーは周囲に居ない。イメージだけでのトレーニングにも限界があるし、その判断は妥当と言えた。

「なら、皆本はどうだ」

 人差し指を軽く振りながら、数秒。

「7-11、9-11、11-8、11-8、11-6。5セットマッチなら」

「ほう」

 彼になら、勝てる。彼女はそう言った。

「あくまで今得た情報だけで考えた場合の話だけどね」

「そうか。付け入る隙でも見えたのか?」

 彼女は首を横に振った。

「……逆かも。残念だけど、あの人には――長所が、視えなかった」

 誠二郎の致命的な欠陥。友姫はそれを、一目で暴いた。

今回初登場の二人、多分この後は出ません。

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