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「彼女たち」研究序説

作者: 丸屋嗣也

 かつて、この日本に存在した「彼女たち」をご存じだろうか。

 彼女たちは2000年代の早い時代に登場した。そう、ちょうど日本が忌まわしきあの戦争へと向かっていく前夜に当たる時代だ。あれほど最悪な独裁体制に至ってしまった歴史を知っている者からすれば想像できないことであろうが、当時は高度な民主主義社会であった。後に続く時代とは違い、言論の信教の自由や報道の自由が高いレベルで保障され、誰もが自由にそれらの諸権利を行使できる社会であった。ではなぜそのような自由社会があのような制限社会へと移行してしまったのかについてはこの小稿では立ち入らない。だが、歴史家として言っておこう。この時代はいわば、「自由社会と制限社会との波打ち際」だったのだと。彼女たちの誕生したこの時代は、後の世から指弾されるような各種法律が成立した時代でもある。ある歴史家は、「あの時代こそはのちの圧政国家への扉をノックした時代である」と定義しているほどだ。

 とにかく、そんな二つの時代の波打ち際に、まるで泡のように登場したのが彼女たちである。

 しかし、彼女たちは恐らく実在しないことだろう。

 彼女たちの存在を示すものは、ウェブ上にわずかに残るテキストの切れ端でしかない。皆に置かれても周知のとおり、歴史学においてウェブ上の史料の取り扱いは非常に難しい。データというものは本質的な年代特定が難しい。紙史料のように、紙の材質やインクの配合などといったモノからの成立年代特定ができない。極端な話、彼女たちの存在を示す史料のほとんどがウェブであるため、その全てが現代人による捏造である可能性も疑われており、事実そう主張する学者もいる(例を挙げれば、スガオ・マウントによる史料批判研究がある)。

 しかし、私はスガオ・マウントの立場には立たない。

 彼女たちは実在しない。しかし、彼女たちが“実在する”と語られたという事実には意味がある、というのがわたしの立場である。

 彼らは合理的精神の持ち主であった。しかしながら、当時の風俗を見ると、妖怪の実在を信じ(ここいう『信じる』とは、盲信しているという意味ではなく、ある種の娯楽物として消費している、と言い換えてもいい)その妖怪のために腕に巻く道具を作ったりもしているのである。

 ここで参考になるのは、明治~昭和前期までに語られたくだんであろう。

 牛の体に人間の頭を持つと伝わる件は人語を解し、疫病の発生や戦争の起こり、その終結などを予言し、それからしばらくすると死んでしまう、とされる。合理的精神から鑑みて、人語を解する人面牛身の生物などいるはずもない。これはすなわち、明治維新から始まる富国強兵政策、そして西洋列強に連なり最後には終戦を迎える激動の時代にあった人々がある種の必要性を以て共有した“物語”なのであろう。

 そう、彼女たちもそのような存在である。

 彼女たちには名前は与えられていない。ただ、彼女たちは大抵女子高生という形を取り、一人で行動していることは稀である。そして彼女たちは自分から史料の書き手になることはない。彼女たちの言葉を拾っているのは彼女たちに偶然居合わせたと証言する人物である。

 彼女たちは常に賢明である。証言者にとって目から鱗が落ちる(とされる)情報を彼女たちは話す。場合によっては彼女たちの一方がある出来事に否定的なことを言ったとしても、もう一人が打ち消すことで最終的に証言者にとって好ましい結論を代弁する形になっているのである。

 もちろん彼女たちの民俗学的研究は始まったばかりであるからして、結論を口にするのは時期尚早である。しかし、わたし個人の見解を述べるなら、彼女たちが殊更に語られるのは、往時がやはり「自由と制限の狭間」にあった時代だからであろうと想像する。

 誰しもが自由に語ることのできる社会であった時代ではなく、少しずつ言論が不自由になっていったこの時代、民衆の間には言論を放つということに対して抑圧があったのではないか。そして、自分の意見を世に問う際に、どこにも存在しない彼女たちの存在を語ることによって自分の意見を口にしていたのではあるまいか。

 繰り返すが、まだこの研究は始まったばかりである。ぜひ、研究者の皆様にこの議論に参加していただきたく思っている。

 史料上では、「マックで横の席に座った女子高生たち」と呼ばれる彼女たちの研究に。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今の時代で過去の歴史語る際も絶対こんな感じになってるのあるよ。と思いながら読みました。
2014/08/26 20:33 退会済み
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